お坊ちゃま
むかいで、新しい茶を急須に足す男が、嬉しそうに何度もうなずく。
「そうそう。そういう方だからこそ、ですよ。 ―― 本当は、ご自分の息子さんとも、もっと良い関係になりたいと思ってらっしゃるのかもしれない。それができないから、ヒコさんみたいな、見かけも中身も正反対の、何の因果もない男を選んだのかもしれない。 ああ、これ、いいなあ。次の作品にいかせそうだなあ・・」
「どうでもいいけどよう。おれだけじゃこんなに食いきれねえぜ。―― お坊ちゃま」
皿に積まれたそれとは別に、まだ紙に包まれたままの草色の甘物を睨んでみせる。さあどうぞ、とすすめた『お坊ちゃま』は、いまだひとつにも手をつけない。
「それとも、例の作家先生方の集りへ手土産ですかい?」
さきほど、ちらりとこぼしたようにこの『お坊ちゃま』、金と時間をもてあましているもんだから、なにやら文筆活動なるものをしていらっしゃる。
同じようなことをしている人間が集まり、『同志』と称して月に何度か集まり、互いの書いたものを批評しあったり、外国の本をまわし読みしたり、たまに自分達で本を作ってみたり。―― が、いまだ、そのうちの一人も、ちゃんとした出版社から声がかかったこはなく、『同志』とよぶ他の人間が、あきれるほど金がないのを知っているこのお人よしは、そいつらのパトロンもしている。
―― なんの得もないだろうに。
呆れた目をむけるこちらへ、相手は見開いた目をむけてきた。
「―― だって、女性はみな、これぐらいぺろりと召し上がりますよ。手土産も無しで話を聞こうなんて、そりゃヒコさん、無粋な前に、『世の中、なめてますよ』」
「・・・・」
その言葉は、自分が毎度この世間知らずな男に投げつけてやるものだ。




