まだ
「 ―― 残念ですが、ぼくなど、元々、世俗にまみれて暮らしている道楽者ですので、ここに来たのは、ヒコイチさんのせいではありません。 ・・セイベイさん、―― 今日は、乾物屋さんは、まだ来ませんか?」
「――――」
ゆったりと、隠居は両手で包んだ湯飲みを口へと運んだ。
「 ―― ああ、まださ 」
ひとくち、味わうようにして首をかしげると、微笑んでそうこたえた。
眼にしたヒコイチが、これは、セイベイは本当にボケているのかもしれないと思えるような、どうにも、おかしな笑い顔だ。
「セイイチさんに、自分の命を狙っているのかと、詰め寄りましたか?」
隠居は、ようやく顔をもどし、遠慮もみせずに問い続ける男を眼にいれた。
「・・・詰め寄った覚えはないねえ。 ―― ただ、そう、聞いたのは確かだ」
いったい、ボケているのか、いないのか・・・。
こちらの反応をうかがうように、おかしそうな表情をのせた年寄りに、それこそ詰め寄りたいのを、ヒコイチはぐっと我慢する。
「そうですか、では、失礼いたします」
いきなりお坊ちゃまは腰をあげた。
隠居はまた、庭の池を眺め、こちらを向くことはなかった。