お稲荷さんは移さない
「へえ。 乾物屋の大旦那さん、ですかあ」
「へえ、じゃあねえですよ。ったく。いったいどこのクソ坊主だよ?いや、流れてきた乞食坊主か?ともかく、そういうおかしなことを吹き込むやつがいたんでしょ」
「たしかに、この頃、そういうのをお祓いだかして、お金をまきあげるうさんくさいお坊さんもいるようですが。・・・あのセイベイさんが、そんなのにかつがれて、その気になりますかねえ?」
「だって、現になっちまってるんですよ?」
皿の上の大福の粉をまき散らすようにつかみあげ、ヒコイチはそれをにらみながら、かぶりつく。
向かいで、う~ん、と腕を組むお坊ちゃまに、いいですかい?と大福を掲げてみせた。
「 きっとそいつに《息子に気をつけたほうがいい》、とか言われてんですよ。 じいさんは『隠居』っていったって、いまだに店のほう、大番頭通して仕切ってましたし」
「実質、セイベイさんがまだ、店主なのか・・・」
「まあだ、任せらんねえとか言って、どうにも、自分の息子のことを《信用》してねえらしくって。―― 新しいお社のことも、結局なんの神様をいれんのかは、おしえちゃくれなかったが、『はじめから、お稲荷さんを移す気はない』なんて言いやがって」
「ふうん。お社のつもりはないのか・・・」
「なんだかおかしいこと言って、『作り始めるのに、理由がちょうど良かった。お稲荷さんの新しい社を思いつきでつくろうとして、息子の反対を聞いて移すのを、やめる』 ―― そういうことにしてえって」
「・・・じゃあ、《お稲荷さんのお社》じゃないわけだ。 それで、作った本当の理由を知られたくないのか・・・」
「だからあ、きっと『乾物屋』を成仏させる為だかの、なにがしかの仏さんとか観音さまだかを入れるってんでしょ? どこぞの『坊主』だかがじいさんに、カンジュウロウは成仏してねえって思わせてるんだから。 じいさんに信じこませて、入れ物をつくらせて、で、最後に高い金ふっかけて、自分で彫った仏像をわたしてから、お祓いだか祈祷だかして『ほい、成仏したよ』ってもんでしょ?」




