黒猫
初めて訪れたときに、うっそうとした印象だった庭は、今の季節は緑も少なく、さっぱりとした様子になっている。
なるほど。
母屋に半分ほど背をみせた真新しいお社が、池のはたに建っている。
鳥居はまだない。
池を、ぐるりとまわり、庵が近付いていったとき、それが、聞こえた。
「―― そうかい。・・・ないねえ・・」
「――――」隠居の声だった。
思わず足をとめ、うかがえば、それ以上は何もきこえない。
気をとりなおし、自分がいつも入る、裏にあたる出入り口をめざし、脇にある小道へ入ったとき、がさり、と下生えの茂みに飛び込む影があった。
一瞬だけ見えた、黒い、体。
「・・・猫か・・・」
「なんだ、ヒコ、来たのかい?」
隠居の声に、ここにいる言い訳を思い出す。
「ああ、・・一条のお坊ちゃまが、これを届けろってよ」
裏口からはいり込めば、隠居は縁側を開け放ち、碁盤を出していた。
「 ほお。ヒコはまだ見捨てられてないかい? ―― いい友をもって心強いだろ?」
「だ、れ、が、『友』だよ?」
「ぼんやりした坊ちゃんだが、母親似で芯が強そうだ。 気が合うだろう?」
「・・・ったく。人の話聞かねえのは前からだけどよ、あんまりこうひどいと、ボケたのかとおれも疑いたくなっちまわあ」
隠居はがさついた笑いをあげ、そうか噂になってるか、と碁石を置く。




