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階層世界  作者: 如月
1章 第一階層
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007 玉ねぎ刈り

 続々と参加者が集まる中、グリードとエーレの二人は他愛のないことを話して時間をつぶしていた。が、時間になったのか畑に付属されている宿舎から職業案内所の職員が歩いてくるところが二人の視界に入った。


「そろそろ、始まるみたいだね。」

「そうだな。さぼったりはしないんだな。」

「当たり前でしょ。仕事に来たからにはやりますよ。それにまじめに働いてる風を出した方が貢ぎたいって思わせられるでしょ。とびっきり可愛くてそれに驕ることもせず、まじめに働いてる姿は人の胸を打つのです。貢がれるためには必要なことなんだよ‼分かった?」


 そんな風に力説するエーレの姿は傍から見ると、これから頑張ると気合を入れているようにも見えたが、言っていることはクズそのものだ。だが言っていることは完全なる事実であり、否定できるものでもなかった。だって、そんな子がいたら天使じゃん?


「分かったよ。確かにそうだな。」

「分かったならよろしい。それで、貢いでくれない?」 


 エーレはニシシと笑みを浮かべて、小首を傾げ瞳を輝かせて言った。それは活発な女の子がおねだりをしているように見えて、なんとも言い難い気恥ずかしさというか、背徳感みたいなそんな複雑な感情をグリードの胸に湧き上がらせた。


「分かったよ。貢ぐよ。時間つぶしにもなったし、楽しい時間だったからな。」

「ありがとう。貢君。」


 エーレの悪魔のようなあくどい笑みで言われたその言葉は、声の調子からも冗談と分かるものだが、逆に意地悪をしたくなるというのが男の性というもので、例にもれずグリードも仕返しを敢行する。それがエーレの狙いであるのだろうとも。


「やっぱやめるわ。」

「あー。ごめんって、冗談だよ。貢いで、ねっ?」


 グイっとグリードに顔を近づけて上目遣いで見上げるエーレ。その目は心なしか潤んでおり、その完璧に整った顔つきでされるとどんな男でも頷いてしまうであろう破壊力を秘めていた。

 また、ぐっと握りしめた両手は胸の前で組まれて少し震えているように見え、あたかも緊張しているようで、勇気を出しているようにも見えた。それに騙されない男はいないだろう。もし騙されなくとも、まぁいいかと相手の要求を飲んでしまいそうな、そんな魅力的な姿であった。

 特に先ほどの表情の後にやられると、その魅力的な笑みはか弱く女の子らしさというものを引き立たせて、より魅力的に見えることだろう。


「くっ。それには勝てないな。」

「ふふ、嬉しい。ありがとね。」


 その返答に最高の満面の笑みを浮かべて礼を言うことを忘れないのも、貢ぐ側としては気持ちよく貢げるというものだ。

 ギャル風な美少女に、活発な美少女、悪魔な美少女や、清楚な美少女。それらを一人で楽しめるなんて、なんて贅沢なものだろうか。それだけエーレが努力しているということでもあるのだが。




 職業案内所の職員が作業員たちの前に立ち、辺りをゆっくりと見渡した。人数確認のためと変なものの持ち込みがないかの確認である。職業案内所からしたら商売のため、勝手をされると困るので威圧するためということもある。

 監視員にゆっくり一人一人を確認するように見られると、見られた側はやましいことなどなくても嫌でも緊張してしまうというものだ。


「さて、皆さんお揃いのようですね。皆さんは玉ねぎ刈りに一度でも参加したことはありますか?無いのなら、手を挙げてください。」

「はぁーい。」


 エーレが元気よく手を挙げた。その声にその場にいる全員の視線がエーレに向いた。そして、エーレの美しさに息を飲んだ。また、その顔に浮かんでいた純粋無垢そうな表情に魅せられ、目を放す選択肢を完全に消し去った。


「……。」

「職員さん?」

「……えっ。あ、あぁ。あなたは初めてなのですね。分かりました。では、あー、そこの君。頼みましたよ。」

「分かりました。」


 職員に指示されたグリードは頷き了承した。そのグリードには不躾ないくつもの視線が向けられた。男の醜い嫉妬である。その視線の中には男だけでなく女の視線も混ざっており、そちらも同じようなものであった。本当の美しさというのは性別の垣根を超えるものだろう。


「よろしい。では、早速始めてください。時間になったら呼びますので、それまでは各人で作業を行っていてください。くれぐれもサボるなどということはしないでいただきたい。その場合処罰が下るので頼みますよ。では、解散。」




 グリードとエーレの二人以外の全員が解散したところでグリードとエーレは対面した。


「それじゃ、やりますか。エーレは初めてだったよな。」

「はい。仕事をしたことがなくて。分からないことばかりです。」

「ん?口調どうしたんだ。」


 エーレは先ほどのギャルのような口調とは違い、清楚そうな声色と口調とへ変化していた。その口調の変化を変に感じたグリードはエーレに問うた。それに対してのエーレの返答はいかにもわざとらしい口調でなされた。


「いやだなぁ。口調に変化何てありませんよ。」

「あー、なるほど。分かったよ。」


 その返答にエーレの意図を理解したグリードはエーレに対して頷いてみせて、了解という合図として示した。エーレは仕事を他の人間に肩代わりさせるつもりなのだ。仕事の成果を貢がせるために、汚れを知らないということを殊更に強調したのだろう。そちらの方が男は好くのだから。


「そうです。こちらの方が都合がいいんです。」

「とりあえず、向かおうか。あっちでいいか。」


 グリードの指した方向は人が一番密集した場所であった。そちらの方がエーレにとってはやり易いだろうという判断によるものだ。それは正解だったようで、満面の笑みを浮かべてエーレは頷いて見せる。その結果、また周りの視線は強くなったが。


「分かりました。私にいっぱい教えてください。」




「どうやるんですか?」

「玉ねぎは実の根元部分を持って、上に引っ張るだけ。はいこれ。」


 ともに移動した二人はその場にしゃがんだ。エーレはグリードに顔を向けて指南を請うた。実践して見せたグリードはエーレにそれを寄こしてみせた。それを受け取ったエーレはまじまじと玉ねぎを見て一つ頷いた。


「へぇ、そんな感じですか。」

「あぁ。やってみて。」


 その様子を見ていたグリードは実際に収穫をするように言った。それに頷いて見せたエーレは足元にある玉ねぎに根元部分を持ち、引き上げようとした。しかし、引き上げることなく作った声で言った。


「うぅ~。力が入らないですぅ。」

「そうか。がんばれ。」

「ひどくないですか。」


 グリードはスルーして自分の分の仕事をし始めた。ちなみに、この時周りにいた男たちはグリードに強い視線を一つ向けた後、せっせと収穫を始めた。ちらちらとエーレの方を見ながら。とても分かりやすいものたちだ。


「きゃっ。」

「どうした?」


 短い悲鳴にグリードはエーレの方を向いた。そこには涙目になって肩が少し震えているエーレがいた。その演技力は一流のものであり、周りのエーレに盲目になった男たちを騙すには充分であった。なんとなくエーレのことが分かってきたグリードは、どうということがないとすぐに分かったが。


「虫が怖くって。」

「あ、そう。」


 そう言ったエーレの言葉に周りにいた男たちはせっせと虫を排除し始めた。単純な男たちである。グリードはそんな男たちを残念そうに見るだけであった。自分だけは分かっているというのもエーレのやり方の一つではあるのだが、それに気が付いているのだろうか?

 こういうものは考えれば考えるほど、疑えば疑うほどどつぼにはまってしまうものだ。だからほどほどに距離を取って、幸せでいられる姿を信じればいいのだ。そうして一線を引いていれば、多少の出費でいい夢を見られる。破産するほどにのめり込む前に。




 エーレが収穫をし始めてしばらく経った後、ある男がエーレに向かって玉ねぎを渡した。エーレにいいところを見せたかったのだろう。周りで見ていた男も何故かそわそわし始めたがエーレに特に何かをすることもなく、エーレの様子を伺いながら作業を再開した。


「これあげるよ。」

「あ、ありがとうございます。でも、いいんですか?」

「……お、おう。君のためならいくらでも持ってくるよ。」


 少しの笑みをこぼして、その後困ったような表情を浮かべるエーレに男は見惚れていたが、エーレの言葉に我に返り言葉を返した。


「えぇ、でもそれでは皆さんに迷惑がかかっちゃうんじゃ。」

「大丈夫だから。」


 力強い言葉で肯定した男にエーレは少しばかり困った顔をしながら上目遣いで言った。その表情で完全に堕ちた男はエーレの言葉であれば、どんなことであろうとも聞いてしまうだろう。ちゃっかり皆さんなどと言っているエーレである。


「ホントですか?」

「もちろんだよ。」

「……そうですか。ありがとうございます。」


 エーレは少しの間をおいてから、はにかむ様に微笑みを浮かばせ礼を言った。内心ではちょろいななどと思っても表には出さないものなのだ。しかし、この男チョロすぎるけど。

 その後、幾度も男たちがエーレに玉ねぎを貢ぎ、エーレはあっという間にノルマ分を達成してしまった。ふと、玉ねぎを貢ぐってどういうことと思ってしまったが、そこには突っ込まない方がいいことなのだ。


「ふふふ。ノルマ達成です。」

「いや、怖いな。」

「これが私の仕事の仕方ってやつです。」


 仕事が達成できれば究極的には何でもいい。そういうものだろう。その過程がどうであれ結果として仕事は出来ている。その、仕事ができているという事実が重要であるのだ。特にこの世界では金を稼ぐためなら、何をしてもいいというような世界なのだから。


「なるほどね。まぁ、いいんじゃないか。」

「私の仕事は愛嬌を振りまくことですから。それに、ちゃんと自分でやった分はありますし、全く仕事をしていないってことはないので。」

「そうだな。」




「終了だ。どうだ、ちゃんとやっていたか。」

「はいっ。」


 職業案内所の職員が作業者の前に立ち作業の終了の宣言をした。それに対して朝のままの元気にエーレが手を挙げて返事をした。普段にない元気のよい反応に職員が目を瞬かせてエーレの方を向いた。


「おっ、どれどれ。おぉ、初めてでこれだけか才能あるんじゃないか。」

「そうなんですか?それなら、助けてくれた皆さんのおかげです。」

「そうなのか。確かに周りの者たちは普段より多少少ないか。だが、初心者を助けたということと、ノルマを達成していることで処罰はなしだな。安心しろ。では、集計と換金をしてから各々解散だ。」


 周りの作業者が普段より収穫量が少ないのも仕様のないことだろう。皆が皆エーレに構っていて、すべての時間を収穫に使えたわけでないのだから。しかし、それでもノルマを達成できたのはエーレが途中で迷惑をかけたくないと言い、それで皆がやる気になったからこそだろう。

 職員からの話を聞いた後にグリードが向かったのは農地に付随した買取場である。森と草原の境目にあった休憩所と同じような場所である。違いはサービスがなくただ買取のみの施設となっているくらいだ。しかし、収穫物を売るために仕事に来ているためそれだけで問題はないのだが。


「次の方。」

「はい。」

「玉ねぎ102個ね。いくついる?」

「12個ください。」

「売る分は90ね。」

「はい。」

「銅貨43枚と石貨20枚ですね。はいどうぞ。」

「次の方。」


 買取に関してはかなり簡素なものだ。売る数に自身が持って帰る数。売る数に応じた金額。それだけだ。作業者は多くおり時間の短縮のためだ。

 それに、この後も収穫を行うものが入れ違いで来るため、出来るだけ人をいない状態にしたいのだ。そのため、賄賂などの取引は禁止となっている。




 玉ねぎの売却が終わったグリードは、エーレが外に出てくるのを待っていた。そして、エーレが出てくるのを確認すると声をかけた。


「どうだった。たまねぎ刈りは。」

「服汚れたし。マジ最悪。もうしたくない。」


 そう言ったエーレの顔に浮かんでいたのは苦々しい顔であった。言葉の通りにもう、エーレは玉ねぎ刈りを二度としないだろうと思わせるそんな顔であった。それに対して苦笑を零しグリードは話す。


「いや、だいぶ楽してたじゃん。」

「ふっ、あれは楽とは言わないのだよ、リド君。当然の結果なのだから。」

「お、おう。相変わらず、すげぇ自信だな。」


 当然の結果と言ったエーレの言葉にグリードは思わずたじろいだ。そんな風に言い切ったエーレの目には強い意志しかなかったからだ。他の一切の色がなく本心から言っていると簡単に分かるものであった。その目に思わず気圧されてしまったのだ。


「それに本当に楽するなら、自分でやるし。」

「ん?おかしくないそれ?」

「ノルマ分を達成した後はサボってればいいんだから、自分でやった方が早いでしょ。今日いた男たちは役に立たなかったし、私のほうが早くできるというものさ。これなら一人で作業をしたかったものだよ。」


 そう言ったエーレの言葉は事実である。基本的にエーレは貢がれたいなどと言いながら、努力を欠かさないのだ。そんなエーレが普通の能力の範疇に収まっているわけもなく、その努力の分だけ他とは能力に差が出ている。

 努力は裏切らないとは言わないが、エーレの努力は物心がつく前から始まっている。もっと言えば、生まれた瞬間からエーレは努力をしているといってもいいかもしれない。それにエーレの努力は質も違うものであった。

 そのエーレが第一層程度で燻っている男どもに能力的に負けるはずがない。それだけの話なのだ。


「なんか、とんでもないこと言ってんな。」

「あっ、リド君は別だよ。無駄に話しかけてこないし、黙々と作業してたし。リド君みたいなのばっかだったら、楽だったのにな。」

「褒められてる感じはしないが、そう言ってくれるとありがたいよ。」


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