004 依頼達成
グリード辺りがだいぶ薄暗くなって来た頃、大体時間にして17時くらいだろうか。グリードは森から休憩所に帰ってきた。幸いのことながらといっていいのか、あの後グリードとレイジは出会っていないようだ。
「死ななかったんだな。」
「一言目がそれか?」
「おー、友よ。帰ってきてくれて僕は嬉しいぞ。ってか。」
冗談めかした声で大仰とした仕草を加えて門番の男は言った。最後は地面に唾を吐きつける勢いで吐き捨てていたけど。
「きもいな。」
そんな門番へのグリードの一言である。まぁ、確かにきもいが。
「だろ?そんなことより成果はそんだけか?」
「あぁ。面倒なことが起きてな。」
「ほー、珍しいな。お前が面倒に巻き込まれるなんて、面倒を避けるのが常なのに。」
門番の言葉の通り、グリードは面倒を徹底的に避ける傾向にある。この世界では誰もがその傾向が強くはあるのだが、グリードのは異常なほどであった。リスクは負わない主義であるのだ。
今日のように突発的なことはどうしようもないのだが。事前に分かっている場合は家に籠るくらいの勢いで、それを避けようとする。それこそが世界を生きるコツなのだ。
「今日の目標を完了した後だったからかな?まぁ、油断してたんだよ。」
「油断とはね。まぁでもよかったじゃねぇか。死んでねぇんだからさ。」
「死にかけたけどな。」
「マジでか?グリードが死にかけるとはな。何があった?」
心底驚いたという風に言う門番の男である。死ななかったんだな。なんて冗談が言い合える仲なのだ。門番もグリードの能力はある程度知っているだろう。それだからこそ、死にかけたという言葉に驚いたのだ。
実際、グリードは第一層においては確実に上位の戦闘能力を保有している。今回は最上位が出てきたにすぎないのだ。そうでもない限りグリードは死にかけたりしないのだから。
「レイジってやつに会った。」
「なるほどね。あいつなら不思議じゃないな。ってか、あいつから逃げれたのかよ。」
「まぁな。」
「あいつにはこっちも頭悩ませてんだよな。」
レイジという男は職業案内所からしても厄介者であったらしい。あれだけの戦力を個人として保有しているのだ。簡単にどうにかなるものではないのだろう。それに利益もきちんと出しているんだろう。
だからこその不問。いや、ただの厄介払いである。どうしようもできない存在であるからこその放し飼いと言う奴だろう。とっくの昔に諦められているというのが現実である。
「ほー、そうなのか。じゃ、そろそろ行くわ。」
「おう。じゃあな。今度なんか奢れよ。」
「分かったよ。んじゃ。」
「どうも。買取していただきたいのですが。」
「何かな?」
「これです。」
次にグリードが向かったのは休憩所に付属されている買取所である。素材を持ち帰るのが困難な場合や面倒な場合に取引してくれるのだ。相場よりも金額は落ちもするのだが、必要経費と言う奴だ。
それに逆にここで売った方が高くなるなんてこともあったりするため、よく組合員の中では利用されたりしている。
「ふむ。薬草12束、小鬼の魔石5つに、銀杏鳥の魔石4つに、その分の羽根か。岩鳥の卵は2つね。肉は売らないの?」
「土産です。」
「なるほど。まぁ、いいんじゃないかな。」
土産というのは賄賂のことである。そして、受付嬢のいいという言葉はそれを賄賂として持って行った場合に、満足してもらえるかどうかというものだ。いいは判定として問題はないことを指している。
まぁ、賄賂なんてものは貰った側でも判定が変わるものだから、絶対ではないがそれでも不満ということはない程度に大丈夫であるという保証は有難いものである。賄賂の不満が残るというのは、お互いにとって不幸な結果しか得られないのだから。
「いくらになります?」
「銅貨21枚と石貨26枚ってところかな。個計いる?」
銅貨21枚と26枚というのはおおよそであるが2126円ほどである。労働時間の7時間としての給料と考えるとかなり安いものである。時給303円で命を懸けるのは正直馬鹿らしいにもほどがある。
が、単純にこれは素材の売却分でしかないため、クエストクリアの報酬やハンスからの報酬を考えると金額としては悪くない値となるはずである。そうでなかったら職業案内所はブラックに過ぎるというものだ。
ちなみにほかにも硬貨は種類あり、それぞれ一枚で石貨は一円。銅貨は百円、銀貨は万円、金貨は百万円、白金貨は一億円、虹金貨は一兆円と言った感じである。お金の偽装は何があろうともできないようになっている。それがこの世界の法則であるから。
「いや、いいです。それでお願いします。」
「ふむ。分かった。はい、これね。他のサービスいる?」
グリードは受付嬢から紙とお金を受け取る。この紙は受領書に達成済みの判を押したもので、依頼の達成を保証するものである。これを街の門の側の職業案内所に渡すとクエストクリアとなる。
サービスというのは荷物の運送のサービス、護衛のサービスのことである。魔物を討伐しているからには荷物が行きより増えているのは道理であり、その荷物を街まで運ぶサービスである。
護衛の方も同様に森で戦い疲労して、街まで戻れないものを護衛するサービスである。どちらも有料である。
「いや、いりません。では、さようなら。」
「毎度。」
グリードが街に着いた頃にはもう辺りは完全に帳が降り、街の外では前を見ることが困難なほどであった。それとは対照的に街の中は光に満ち溢れていた。街灯型の魔道具のおかげである。
魔道具とは魔石に魔方陣という魔術の中の一つの技術を用いて魔法の力を発現できる術式を刻むものだ。様々な効果をもたらす魔道具は便利な一方で魔方陣を刻む繊細な技術や、魔方陣の効果を把握する頭脳が必要など選ばれた人間にしかその技術を学ぶことはできない狭き門なのだ。その分儲かるけど。
「おっ、グリードじゃねーか。」
「やぁ。これ土産。」
門番の男がグリードに気が付くと手を振り呼びかる。先ほどもそうだが、行くときは話しかけてくることなどないのに帰ってくるときは話しかけてくる。現金な奴らだ。もちろんそれだけが理由でもないのだが。
なんにしても金のためというのは変わらない。仕事だし当たり前のことではあるのだが。
「ふーん。銀杏鳥の肉一羽分か。いいじゃねぇか。」
「おっ。そりゃ、よかった。」
「道具のほうはどうだ。壊してないだろうな?」
貸し出し物品の返納を催促することは門番の業務の一つだ。というかこれが門番としての主な仕事といえるだろう。この世界はここ以外に街はなく、人間の侵攻は考えなくてもいい。
また、外から来る魔物に関しても門番が何か行動を起こす前にそこら辺にいた人間が逆に殺しにかかるくらいであるし。門番は他にやることがないのだ。あるとすれば賄賂を集めるくらいだろう。
受け取った賄賂は門に付属した超大型の冷蔵庫という魔道具に保管され、貢献度によって職業案内所の職員たちによって分配される。その時には貢献度が高いものから順に貢献度分だけ物品を持って帰ることになっている。
のだが、持って帰らなくても大丈夫である。その分お金が支給されるようになっている。余った品々は翌日に表通りにて販売されることとなっている。
「もちろんさ。はい、これね。」
「確かに。大丈夫そうだな。」
「じゃあな。」
「おう。」
次にグリードは職業案内所にやってきた。仕事の完了を報告するためだ。昼に来たのと同じように扉を開け、受付嬢のいる方に向かって歩いて行った。夜ということもあり、人が少なく早くも順番が回ってくる。
「どうもです。」
「あら、お帰り。」
「これお土産です。それと依頼達成分のお金よろしくお願いします。」
「あら、銀杏鳥の肉ね。ありがとう。卵はないのかしら。依頼を受けたと思うけど。」
このように賄賂に多少の不満がある場合は受付嬢のほうから言ってくる。ここで断っても問題はないが、円滑に業務を行ってもらうためには賄賂を追加することが賢明である。断ったところで業務をしてくれないなどということはないが。
しかし、気持ちよく仕事をしてもらうため必要な配慮というものだ。
「どうぞ、岩鳥の卵です。」
「ごめんなさいね。催促したみたいになって。」
「いえ、大丈夫ですよ。元々、渡すつもりでしたから。渡し忘れてしまっただけなので。」
「そうなの。よかったわ。では、依頼達成を受理します。達成報酬として銅貨22枚と石貨48枚ね。」
これで稼ぎは合計で銅貨49枚と石貨48枚、日本円にして4948円である。時給換算で706円ほど。プラスで食費代が何食か分賄えるので、割に合っているとは言えないが十分な稼ぎであるといえるだろう。
「やはり少ないな。討伐系はゴブリンだけだったからか。」
「そうね。薬草の納品とか採集系はあくまで素材分の金額が主な収入になるし。仕方ないわよ。」
だいたい、フルで活動するとなると10時間ほどだろうか。移動時間に計4時間かかるとしても6時間残る。6時間もあれば銀貨の一枚や二枚はいくだろう。2万は稼げると考えると考えるとそう思うのも仕方ないだろう。
もし依頼を効率的に朝から受けることが出来ていたと考えると組合員はそれなりの高給取りだ。もちろん、歩合制だからサボればその分だけ稼げる金額は少なくなる。だから、決してブラックじゃないんだぞ。