020 対邪神官3
「ムフフフ。では行きますよぉ~。」
「はっ、さっさとかかって来いよ。」
「お言葉に甘えさせてもらいましょうかっ。」
邪神官の言葉と同時に闇魔法:ダークランスがレイジを襲う。ただ、無詠唱とはいえ単発での攻撃魔法だ。レイジはそれを軽々と避け邪神官に向けて駆けだす。その瞬間にレイジの数十m先の地面から黒い壁がせりあがってきて、レイジの進行を妨げる。
その壁は闇魔法:ダークウォール。指定の位置から高さ約4m前後の幅約50㎝程どの四角形状の壁を作成する魔法だ。もちろん魔法の行使者により形状、大きさは異なり強度も熟練者と初心者では比べ物にならない。
その壁に対してレイジは破壊という選択ではなく、後退するという選択を取った。レイジにとって壁を壊すのは簡単なことではあったが、それを邪神官が分かっていないわけもなく何らかの罠だと考えたのだ。
「闇魔法か。うぜってぇ。」
「なんといっても至高の属性ですからねぇ~。」
「はんっ。何が至高だか。俺にほとんどダメージを与えられていねぇじゃねーか。」
「ムムム。闇魔法をバカにするとは愚かですねぇ。」
そんな会話を交わしながらも互いの間合いを測り合う二人。片やは接近戦に持ち込みたいレイジ、片や中距離戦で戦いたい邪神官。その二人の思惑がぶつかり合い緊張感のある空気が二人の間を包み込む。
「そういうなら闇魔法とやらの力を見せてみろよなぁ。」
「言われなくとも見せますともぉ~。」
「ならかかって来いよ。」
「そういうあなたこそ、何もしませんねぇ。近づくのが怖いんですかぁ?」
黒い壁越しに会話を交わす二人である。お互いにじりじりと相手の行動の読み合いをしながら、この場を打開する方法を探す。邪神官は自身の有利な空間の形成。そしてレイジはその空間の打破方法。レイジは瓦礫ばかりの周りを見渡しながら思考を進める。
「はあ、怖い?この俺様が?冗談も大概にしとけよなぁ。」
「ムフフ。凄んでも怖くありませんねぇ。ほぉら、早く攻めてこないと罠がどんどん張られていきますよぉ。」
「ちっ、めんどくせぇ。」
「ムフフ。来ないですねぇ。」
「このままじゃあ、埒が明かねぇなぁ。」
突如としてかがんだレイジは足元にあった瓦礫を壁に向かって投石した。その瓦礫はダークウォールを破壊するとともに、黒い渦のようなものに圧縮され虚空へと消えた。もし先ほどレイジがその拳で破壊していたら、その拳が餌食になっていただろう。
「ムム。あなたの投石は少々厄介ですねぇ。闇魔法:ダークランス。」
「ちっ、お前のそれの方が厄介だろうが。」
「ムフフ。そう言って魔法をたかが石で壊さないで欲しいですねえ。普通は壊れないはずなのですがねぇ。」
「気力をこめれば壊せるに決ってんだろ。」
通常、魔法を石などで破壊することはできない。ただし破壊を狙って起こすことは可能だ。当然だが、魔法は効果を発揮させることで消せる。魔法ごとの発動条件、効果の発揮条件は違うためその全てを破壊することは叶わないが、簡単なものであれば簡単なことではある。
「やれやれこれだから嫌なのですよねぇ。まぁ、いいですけどねぇ。闇魔法:ダークネスマイン。ムフフ。見えない機雷を避けきれますかねぇ。」
「……うぜぇが、突っ込むしかねぇ。」
「ムフフ。脳筋ですねぇ。そんなんじゃあ足元を掬われますよぉ。」
「はっ、うるせぇ。てめぇごときにどうにか出来る俺様じゃねぇんだよ。」
事実、レイジに有効打として与えられる攻撃を邪神官は数種しか持ちえない。その全てが邪神官の元から持っている力ではなく、借り物の力に過ぎない。そのため扱い方などという面において素人同然であり、レイジに対して効果的に扱うことは難しかった。
それでも一工夫すれば有効打を与えることもできるものだが、油断など一切していないレイジに対して罠を仕掛けるなど並大抵のことではなかった。
「竜神の威光、竜神戦剣、竜神戦鎧、闇魔法:ダークエンチャント。」
「近づかれること前提かぁ?魔力切れにでもなったのかよ。なぁ?」
「ムフフ。さぁあ、どうでしょう?あなた自身で確かめてはどうですかぁ?」
「言われずともそうするさっ。おらぁ。」
投石。爆発。これでレイジの目の前から機雷は完全になくなった。この後で無詠唱で唱えられたら分からないが、その機雷の威力は相当に弱くレイジを揺らがすものではない。これでレイジと邪神官の直線状にはレイジに対して邪魔するものはない。
「ムムム。やはり投石だけでも厄介ですねぇ。闇魔法:夜の帳。」
「はっ?視界を奪う魔法か?面倒なものを。だが、無意味だ。」
すかさずレイジは気法の気配感知を発動させる。これでレイジは自分の周りのことを目が見えずとも分かるようになった。そう気法を扱えるものに対して、それも熟練者なみに使えるものに対しては目が奪われることなどなんともないのだ。
「ムムム。しかし、精度は低いのではないですかぁ?」
「ははははは。何を言っているんだぁ?俺は英雄体質だぞ?」
「は?それは流石にずるいだろ。そんな見えているように動かれては溜まったものじゃない。だけど。」
「うおっ。……ぐっ。」
突如レイジは足を穴に引っかけ体勢を崩す。そのレイジの一瞬の隙を逃す邪神官ではない。レイジの横方向から、後方から闇魔法が飛ぶ。それをどうにか無理矢理足を穴に引っかけて力を込めることで身体を地面に倒れさせた。
が、それでもすべてを避けきることはレイジには出来なかった。その結果、レイジの横腹には神力による強化が入った闇魔法:ダークランスが直撃した。これにはレイジの身体も傷つき血が流れる。
「ムフフフフ。それよく効きますよねぇ。闇の帳の中では闇魔法を感知できないんですよねぇ。だから、足元を掬われる。言葉どおりねぇ。それでも魔法を躱したあなたは流石ですけどねぇ。」
「くっ、べらべら喋ってんじゃねぇ。そこは俺の間合いだっ。」
「へぇ、それはこちらにとっても間合いですがねぇ。」
「ぐはっ。」
殴りかかったレイジの腹に鉄の棒のようなものがぶつかった。それは邪神官の持つメイスだ。邪神官はただレイジの動きに合わせてメイスを突き出したに過ぎない。本来、レイジは気配感知により邪神官の間合いを測れているはずであった。が、しかし間合いをいつの間にか外されていたのだ。
「ダークエンチャント。これも便利ですねぇ。こちらの武器の間合い分からないでしょぉ。クフフフフ。」
「くはっ。確かになぁ。確かにそっちの武器の間合いは分からねぇが、そんなのは関係ねぇ。もう今ので大体分かった。もう俺に攻撃は当たらねぇ。」
「ムフフ。何を強がりを言うんですかねぇ。」
レイジが間合いを外させられたのは闇魔法:ダークエンチャントと闇魔法:闇の帳のコンボである。闇魔法:闇の帳の効果は以下の通りだ。
1、一定領域内の闇魔法使い以外の感覚を鈍らせる。
2、一定領域内の闇魔法の性能を向上する。
3、一定領域内の闇魔法を隠匿する。
4、一定領域内の魔法行使者の感覚を拡張する。
以上の4点である。そう闇魔法:闇の帳は目を視界を奪うことが効果ではない。一定領域を自分の有利な空間として確立させるのがこの魔法だ。特に3,4の効果は驚異的であり、この領域内では闇魔法を感知できず、かつどこからでも闇魔法が放てるのだ。だからこそ、闇魔法:ダークエンチャントをかけられた部分が感知できなかったのだ。
「そうでもねぇ。勝ちは確定した。あとは消化試合だぜ。」
「ムフフフフ。どこが消化試合なのか教えてほしいものですねぇ。」
「はっ。お前のお得意の闇魔法とやらはもう意味ないぜ。ほらよっ。」
「はぁ?何をしたんだお前?」
「簡単なことだ。魔法を掴んで投げ返しただけだ。」
意味の分からないことをレイジはいう。魔法を手で掴むなど考えられはしない。大体、手で掴んだ瞬間には魔法の効果が発揮されるはずなのだ。なのに発動しないことは不可解だ。それに闇魔法:闇の帳の中では感知ができないはずである。魔法を掴むなど道理に合わないのだ。
「はぁ?意味わからんことを。魔法が掴めるわけがっ。ぐはっ。」
「押し問答などする気はないなぁ。ただの事実を言っているだけなのだからなぁ。」
「馬鹿なっ。くそっ、やはり近距離戦では分が悪いな。」
「ふんっ。」
「ぐっはぁあああ。」
決着。動揺していた邪神官は大した抵抗もできずにそのままレイジに殴られてその身を壁まで吹き飛ばされた。その瞬間に闇魔法:闇の帳が解除された。もはやここまでだ。邪神官に戦う力は残ってはいない。
「星が奇麗だな。」
「くっ、そ。」
「もう諦め……!!」
その瞬間レイジの背筋は凍った。絶対に敵わないと本能が叫び身体が微かに震える。それでも気丈にいつの間にか邪神官の横に立っていたフードで目まで隠した人間を睨みつける。そのレイジの反応にフードの人間は笑う。
「ははは。悪いな。この勝負はお預けにしてくれないか?」
「……誰だ、お前。」
「誰かなんてのはどうでもいいことじゃないか。それで引いてくれるのか?それとも……どうする?」
そのフードの人間の言葉と共に空気が震えるようにレイジは錯覚した。先ほどまだフードで隠れていた目は言葉と共に空気で浮かされ、その瞳から額に繋がる傷と何も写さない左目が今のレイジには空恐ろしく感じさせた。
「ぅっ。ぐっ、はぁはぁ。てっめぇ。」
「ほう。なかなかやるものじゃないか。やはり将来有望だな。」
「はぁ、はぁ。そいつの仲間か?」
「そうとも言える。それだけじゃないがな。で?引くのか、引かないのか?」
その言葉一つ一つにレイジの神経は緊張を伝え、全身を震わせていく。だが、それは決して畏れではなかった。不甲斐ない自分への怒り、自身が見下されるという屈辱。そしてプライドが気づつけられている堪えがたき苦痛。その全てがレイジの闘争心を煽っていた。
「くっ、引くわけが……。」
「レイジ。引きましょう。」
「ぁ。は……はい。」
だが、そんな闘争心も彼女の前では全くの無意味であった。彼女はミリアム。色街の女王のような女だ。事実女王かもしれないのもたしかだが。そのミリアムのお願い、命令を聞かぬ男などどこにもなく、レイジもその例外ではない。
「すまないな、お嬢ちゃん。」
「いいのよぉ。その代わり、私たちを見逃してくださいねぇ。」
「ああ。約束しよう。」
「ええ、ありがとう。」
ミリアムは余裕の態度で男に望んでいた。しかし、内心では恐怖、恐れでいっぱいであった。この男に戦闘という面において勝ち目はないことが分かっていたのだ。それに妙な態度を取った時点でやられる。その確信があった。
だからこそ、誠実に敵ではないことをアピールしなくてはならなかった。そうでないと今頃終わっていただろうから。彼女の言葉の前に喉を潰す、命を刈り取ることなどこの男にとっては造作もないことなのだ。
「いや、こちらこそ助かった。戦ってしまったら、あまりの弱さに潰してしまったかもしれないからな。」
「つっ。いてて、もっと早く来てくださいよぉ。」
「悪いな。ちょっとやることがあってな。」
「まぁ、いいですけどねぇ。」
邪神官とそのフードの男は親し気に話している。その間には確かな信頼関係があり、絆を感じさせた。その様子にミリアムはほっと息を吐きだした。もしもう少し遅かったら、その時は二人、レイジとミリアムはどうなっていたか分からなかったからだ。
「ふっ。相変わらず生意気だな。アッシュ。」
「げっ。本名はやめてくださいよぉ。」
「ああ、すまなかった。お嬢ちゃんも達者でな。いずれまた会おう。」
「ええ。また会いましょう。」




