019 対邪神官2
「ムフフフ。一応は攻撃がはいっているみたいですねぇ~。」
「ちっ。うざってぇなぁ。」
「ムフフフ。やはりここは私に有利なフィールドですからねぇ~。そう簡単には負けられませんよぉ~。」
私の有利なフィールドという言葉通り、ここは邪神官にとって欲しいものが多く揃っている。例えば死体であったり、例えば真っ平な戦場であったり、例えば広すぎない空間であったり。仲間を死体の数だけ増やし数で押せる邪神官にとっては有利過ぎた。
だが、それでも邪神官の方に戦況が傾かないのはレイジという男のスペックのなせる業か、それとも全力を出さずに膠着状態を創り出そうとする邪神官の思惑によるものか。どちらにせよ戦況はいまだに動くことなない。
「そ・れ・に・し・て・も~。予想よりも弱いですねぇ~。もっと強そうな気がするんですけどねぇ。これだったら、あの雑魚のエミリーでも負けないと思うんですけどねぇ~。」
「あぁ?」
「いえねぇ~、エミリーって言う女騎士がいるんですけどねぇ~、その部隊なら今の君であれば抑えておくことくらいは出来るはずなんですよねぇ~。」
「……。」
「それなのに出来ないのは何故なのかなぁ~。なんて思うわけですよぉ。不意打ちでもしましたかぁ?それともぉ~、あいつが予想より雑魚だったとか?」
邪神官の言葉による攻撃は確かにレイジには効いていた。元々レイジは気が長い方でない。その上膠着状態の戦闘にフラストレーションも積もっていた。さらには認めた敵を侮辱する味方であったであろう邪神官にレイジの怒りは溜まるばかりだ。
握る拳はより強く、秘める感情はより熱く、そしてその瞳に籠る炎はより美しく一つ、また一つとボルテージが上がっていく。より強く身体が昇華されていく。目の前の敵を倒すため。目の前の敵を完膚なきまでに屈するため。その身から上がる熱気が激しさを増す。
「お前、バカだな。もういいぜ、終わりにしよう。」
「ムフフフ。図星ですかぁ~。でも、そう強がってもねぇ~。あなた程度なら負けはしませんよぉ~。」
「愚かな男だ。特別に魅せてやろう。」
瞬間。空気が震えた。轟々と大気が震え、舞い上がっていた砂煙はレイジを中心に吹き飛ばされその空間がクリアになる。グリードと森で闘争したときの一つ上。より美しく磨かれた気は何処か神聖さも合わさり、まさに竜神の威光のような雰囲気を醸し出す。
「はっ?」
「いつまでも戯言に付き合ってはいられないからな。……それに、あの女騎士エミリーはよくやった方だ。仲間を侮蔑する愚か者などよりも、な。」
「ハハハ。冗談だろ?お前何者だよ。……英雄体質か?」
さすがの邪神官も先ほどまでの挑発的で人を子バカにした態度を消し、今度こそ真っ向から全力でレイジを迎え撃つ構えをとる。その額からは一つ冷や汗が流れ、そのプレッシャーの大きさを物語っていた。
「冗談でも何でもない。その身できちんと感じ取るのだな。英雄という存在を。」
「……あー、選択ミスったか。さて、踏ん張らないとな。」
「……。」
「ムフフフ。その程度で私に勝てるのですかぁ~。あなたは神の御力に屈するのですよぉ~。」
それでも邪神官は態度を崩すわけにはいかない。それが己の任務。ここに存在を許されている理由なのだから。だから自分の心を誤魔化すように、レイジへと本心を悟らせぬように嘯くのだ。その言葉を合図にレイジと邪神官の戦闘は激しさを増す。
激化した戦闘はそれでも膠着状態を崩すことはなかった。状況はあまり変わっていないのだ。確かにレイジの能力は一段も二段も上に上がっただろう。しかし、殴る蹴るが基本攻撃のレイジは敵を一体一体処理するのみだ。
それでも攻撃の余波などで多少なりともダメージを与えてはいるが、死体を操る邪神官には届いていなかった。死体を壊す速度が上がった程度しか影響がなかったのだ。
「ムムム。やりますねぇ~。」
「お前もな。もっと早く終わらせるつもりだったんだがな。」
「あららぁ~?それにしてはお粗末ですねぇ?」
ハハハハハ。と笑う邪神官であるがその心の底は焦りでどうにかなりそうであった。今は確かに膠着状態だ。持久戦に持ち込むことまではよかった。しかし、傷一つさえつけれていないのだ。それは焦りもする。
それも死体というのも有限だ。そこにある分しか使えないのだから当然であろう。いずれは負けが確定した勝負。どうにかしなくてはいけないのにどうにもならない状況。それが邪神官の心に膿を溜める要因となる。
「本当にな。やはりこの身体は昔に比べて厄介だ。」
「……ハハハ。才能をそういわれると困るなぁ。」
「才能ね。そんなにいいものではないぞ。」
「ムムム。隣の芝生は青いってやつですかな。そぉーれ。」
まさにとはこのことだ。英雄体質により何らかの欠如はある。しかし、それもあまりある強大な能力のことを考えると釣り合うどころか、おつりがくるくらいだろう。それが邪神官の考えである。そして欲しいと願う理由でもある。
それでもあるものでどうにかしなくちゃいけないもので邪神官は困ったものだろう。だからこそここで邪神官は手札を切る。無詠唱による闇魔法:ダークランス。本来であればその攻撃はレイジに傷一つつけることは叶わなかったはずだったが、足を貫いた。
「……これは。」
「神の力を混ぜてみましたよぉ~。無詠唱でもなかなかの威力でしょぉ~。」
「これは厄介だな。一つ見せようか。威光。」
「おおっ、っと。」
ふむと頷きながら傷を見るレイジだったが、次の瞬間、先ほどとは比べ物にならないプレッシャーがレイジの身体から放たれる。そのプレッシャーに身体を一瞬固めた邪神官にレイジは拳を握りしめ殴りにかかる。
が、それを寸でのところで邪神官は避け、近くに待機していた死体をレイジにけしかける。しかし、その死体を適当に拳を振るうだけで壊したレイジは追撃を仕掛けようとするが、眼前に闇魔法:ダークランスが迫ってくるのを見て退避した。
「よく避けたなぁ。」
「くっ。まっじかぁ。これは勝てんな。逃げるか?」
「逃がさないぜ?」
「それはどうかな?ほぉら、竜神戦鎧。竜神戦剣。」
竜神戦鎧と竜神戦剣唱えた瞬間に邪神官と死体たちに光が包み込んだ。傍から見たら何も変わっていないように見えるが、しかしその肉体の強度が数段階は上がっていることにレイジは気が付く。
「まだ強化できたのかよ。」
「手札はまだまだ残ってますよぉ~。」
「……演技はまだやめないのか。」
「演技も何も、私は私ですともぉ。」
そうやってまたも嘯く邪神官である。どこから本当でどこまで嘘なのか。それはレイジには分からないし、邪神官自身にも分からないだろう。それに分かる意味もないとどちらもが言うだろう。知ったところで何かが変わるわけでもないのだから。
「そうかい。隆気に身体強化、威光だけでは無理か。」
「ハハハ。それだけでここまで押されているこっちの身になって欲しいよ。」
「ここまで俺に手札を切らせていることを誇るんだな。」
「うっわぁ。いやだねぇ。英雄ってやつは。」
あまりの能力の違いに邪神官は嘆く。有利な戦場で、相性も良く、さらにはドーピングもあってそれでもレイジに勝つことができないその理不尽さにそうする他なかった。それに手札を全部出させることさえ出来ていないのだ。英雄とは凡人からしたらずるい存在だ。
「仮にも英雄体質ではあるからな。」
「敗色濃厚だなぁ。」
「覚悟の内だろ。衝拳。」
衝拳。それは相手の内側から崩す技だ。拳に溜めた気力を練り相手の体にあたった瞬間に波のような衝撃波にして打ち込む。それにより内臓をぐちゃぐちゃにかき乱したり、鎧を貫通してダメージを与えたりすることができる。
達人にもなると身体のどこかに掠らせただけで脳まで衝撃を到達させ、脳をも破壊することができる一撃必殺の技だ。特に気力の消耗が比較的に少なく済むこともこの技の凶悪さに拍車をかけている。とはいえ、それは達人の話だ。レイジはその域に到達していない。
「二体抜きか。」
「いいや?もっとだぞ。」
「はぁ~。まじかぁ。最終的にこうなると思ったよ。」
レイジは確かに達人ではなく、その技も完璧とは程遠いだろう。しかし、腐っても英雄体質。その技はその若さから考えられぬほど巧く、鋭かった。その余りある気力によって何体もの死体を一度に破壊できてしまうほどには。
それには邪神官も嘆きを通り越して呆れるほどだ。そしてその事実は今までの戦法が通用しないことを指し示していた。だからこそ邪神官は死体を動かすなんてことをやめて、その手に持っていたメイスをレイジの方に向けて構えた。
「なんだ、それやめるのか?」
「まぁ、意味ないですしねぇ。それなら自分で戦った方が強い。」
その言葉通り、邪神官が自分の身一つで戦った方がまだ勝率は高いだろう。死体を操るのはそれだけで神経を使うものであるし、その効果が薄いと分かれば必要などないのだ。それに魔力の無駄遣いというものだろう。
だからこそ、邪神官は好戦的な笑みを浮かべてみせるのだ。絶対に敵わないと悟りながらも、それでも足掻くために。
「くくく。いいねぇ、もの足りないと思っていたんだよなぁ。」
「ハハハ。それなら期待しておくといい。私は少し強いですよ?」




