018 対邪神官1
レイジが女騎士と戦っている最中のことだ。いつの間に合流したのかゴードンとバーゲンの二人組は邪神官と対峙していた。しかし、二人揃っても被害は食い止められなかったのか、リング内には死体が幾つか転がっていた。
「う~ん。大きい口は叩きすぎるんじゃあ、ありませんねぇ~。ねぇ、ゴードンさ~ん?」
「相変わらず、口は達者だな。まだ俺を仕留めることもできてないって言うのにな。なぁ?バーゲンよ。」
「そうだな。神の力を借りているというのにその体たらく。ほとほと呆れるよ。」
「くくく。もっと言ってやれ。」
「ムムム。はぁ~。あなた方も口は達者ですね~。あなた達の守るべき人たちはこう、なのに~。確かメイクさんとマディアさんでしたっけぇ~?」
そう言って邪神官が解説役、司会役を行っていた二人の生首を掲げて、胡散臭い笑みを深めた。そしてお手玉をするように宙に投げたりして遊ぶ。もう何度もそんなことが繰り返されたためか、虚ろな目をしたままの二人の頭は一部が凹んでいた。
「貴様っ!!」
「バーゲン。」
「す、すまん。」
「ムムム。めんどくさいですねぇ。観客席でも抵抗はあるみたいですし。なんともままならないものです。」
首を横に振りながら悲し気な声の調子で言う癖して、邪神官はその顔に湛えたままの胡散臭い笑みを崩すことはなかった。それどころか笑みを深めてさえいる。
「さて、続きと行こうか?」
「そうですね~。正直な話をするとですねぇ~。私の役目はもう終わっているんですよぉ~。」
「何ッ?」
「私は陽動。こういえば分かりますか~?」
陽動。ゴードンとバーゲンの二人に信じられない言葉が耳に届いた。それを意味するのは本命が他にあり、かつただの引き付け役にここまでの被害が出されたという事実である。そして、当然本命はもっと強いものがいるはずで。
「まさか、オークションか。」
「イグザクトリー。正解です~。な、の、でぇ~、私もう何もしなくてもいいのですよねぇ~。もう、消化試合感も出てますし~。もういいかなぁ~なんて思ってたりするわけですよね~。」
ぱちぱちぱちと一層のやる気をなくしたように手を叩く。その時に二人の頭を放すのを忘れたのか、頭を持ってやっていたためにぼこぼこという音が響くのみだった。その音に気付いた邪神官が頭をその辺に放った。
「ゴードン。」
「待て、バーゲン。嘘かもしれん。」
「だが、本当だったら。」
邪神官の言うことが嘘でないという確証はない。しかし、この二人は確信していた。確かにオークションの方に本命があるということを。邪神官がただの陽動でしかないという事実が。
「あぁ、確認は必要だ。あいつは俺が引き付ける。おまえはそっちを頼む。」
「分かった。」
「相談は終わりました~?行きますよ~?」
「闇魔法:ダークランス。」
黒の魔素が槍の形となり、バーゲンに直進する。質量を感じさせない動きで動くために重力などの力の影響を受けない特性があることが伺える。これが土魔法などであれば質量が存在するために曲線を描いて着弾するのだ。
その分、質量がないので物理的な影響力は非常に低い、いや皆無と言ってもいいという欠点も存在している。それはつまりエネルギーが魔法という現象にすべて使われているというわけで、一概に悪いとは言えない。一長一短である。
「ちっ。」
「クソっ、闇魔法ってなんだよ。」
「ムフフフ。至高の魔法ですとも、えぇ~。ムムム、闇魔法の解説をしたいところなんですが、秘匿技術なんですよねぇ~。う~ん。仕方ないですねぇ~。」
秘匿技術とはその名の通りに一般に公開されていない技術群である。主に単一組織が技術を独占しており、その情報は表には一切というほどでない厳重に管理されている。それは単に危険であるという理由もあるが、切り札になるからである。
特に闇魔法は、というよりも闇属性自体が秘匿技術の一つであり、それと相反する光属性もまた秘匿技術の一つである。この二例は特異な事例であり、属性そのものに技術の管理が行われる厳重っぷりである。
「ケチケチすんなよ」
「そう言われましてもねぇ~。見て学んでください~。闇魔法:ダークホール。」
「それやめろやっ。」
「性格悪すぎんぞっ。」
地面に黒い穴が開き、二人を奈落のそこに落とそうとする。その二人はへんてこなダンスを踊るようにじたばたと回避している。その二人のへんてこなダンスを見て、より一層深い胡散臭い笑みを浮かべる邪神官は相当に性格が悪いのだろう。
「ムフフフ。誉め言葉ですねぇ~。ちなみに~。」
「ぐっ。」
「なっ、無詠唱!!」
無詠唱。詠唱工程を完全に省き魔法効果を発動させる技術である。出力はかなり落ちるものの即発性があり、敵の意表を突けるため重宝されている。特に目隠しなどを目的に使用されることが多く、その間に詠唱魔法を行うのが今のトレンドである。
とはいえ、その出力は人を害するというほどに高いというわけでなく、本当に牽制にしか用いられない。実際に魔法にあたっても体制が多少崩れたとはいえ、リカバリーができないほどでもなかった。
「そうなんですよねぇ~。詠唱とかいらないんですよねぇ~。基本技術ですし~。」
「おいっ、大丈夫か。」
「あ、ああ。しかし、やばいな。」
「ムムム。負けてしまいましたか~。やれやれ、使えない駒ですねぇ~。」
その時、邪神官の放つ雰囲気が激変した。怒りとは違い、呆れだろうか。レイジが女騎士を殺した瞬間であった。仮にも仲間であるはずなのにそうとは思えない言葉を吐く邪神官を見れば、かの組織の不健全さのようなものが垣間見えるだろう。
「こいつっ。」
「落ちつけバーゲン。こいつの策略に引っかかるのか?」
「ムムム。さっきからちょいちょいうざいんですよねぇ~。」
「あっ?」
「お、おまっ……ぐふっ。」
次の瞬間、ゴードンの腹に穴が開いた。それに一早く気が付いたバーゲンであったが、邪神官の次の攻撃が完成しており、そのバーゲンを貫いた。それでも死なないのは人間の生命力ゆえか、しかし間を置かずして死ぬだろう。
それほどに傷は大きかった。それは傷というよりは欠損と表現した方が正しいだろうものだった。なんといっても、腹に黒い穴が一つぽかんと空いているのだ。それなのにその穴からは血などの、あるはずのものが零れ落ちないのだ。
「処理かんりょ~。では、本命と戦いますかぁ~。これは本気を出さなくちゃですねぇ~。」
「あぁ。間に合わなかったか。」
レイジがその場に辿り着いたとき、その場にあったのはただの死体のみであった。リング内からは一切の生物が対面する二人以外からはなくなったのだった。死屍累々。その言葉が今の状況ほど似合うということはないだろう。
「えぇ。流石に君とやるのは本気じゃなくてはいけないですからねぇ~。」
「力量ぐらいは分かるみてぇだな。」
「それはもちろんですよぉ~。竜神の威光を使っても負けそうですからねぇ~。ちょっとずるしますよ~。少し待って欲しいくらいですよ~。」
「まぁ、またねぇけどなぁ。」
そう言ったレイジはその拳を握りしめて、邪神官を殴るために戦場を駆けた。
戦闘を開始してからいくらの時間が経っただろうか。今の二人の戦いは膠着状態が長らく続いていた。攻めて攻めて攻め続けるレイジとそれをかわし続ける邪神官。どちらもが有効打がないままで進行していた。
「くっ。やり、ますねぇえ~。」
「はっ、お前こそなぁ。」
「ムムム。なんとも厄介なものですねぇ~。これだけ手を尽くしても届かないのですからぁ~。」
決して全力ではない二人であるが、本気ではある二人だ。お互いがお互いの命を喰らおうとしのぎを確かに削ってはいた。しかし、どうにも決着がつかない。二人はだからこそ待っていた。場の空気が変わる瞬間というものを。
今のままでは決着がつかないことは誰よりも自分たちが分かっていたのだから。
「まぁ、お前が俺様に届くことは永遠にあり得ないだろうからなぁ。」
「ハハハ、本当に嫌になる。」
レイジの言葉にふと本心を零す男である。レイジの言葉に自覚があるからこその本心である。正々堂々の勝負であったなら、男はここまで勝負を持たせることは叶わなかっただろう。
竜神の威光あってこその現状であることは、誰よりもこの男が理解していた。そんな自分を情けなく思うのと同時に、負けたくないという意志がより強く、強固なものとなり心を補強するのだ。
「おぉ?それが本性かぁ?」
「……ムフフ。本性とか、仮面とか私にはありませんともぉ~。えぇ~。」
「嘘つきがよぉ。」
邪神官の言葉は確かに嘘であるが、そこを暴くのは野暮というものでもある。何よりもどんな事情があろうとも、二人が和解するなどと言う選択はなく、最期の最期まで敵同士であるのは確定しているのだから。
「このままの膠着状態では埒があきませんねぇ~。で・す・の・でぇ~。準備かんりょ~でぇ~す。闇魔法:マニピュレート。」
「なんだぁ?」
「ケタケタケタ。」
「カタカタカタ。」
地面が揺れる。黒い影がリング状のそこらから立ち上がり、そしてレイジを囲うように包囲した。黒い影は人型のようで身体全身を小刻みに揺らしていた。その時になる音は何かをこすり合わすような、何かを笑うような音であった。
「一人では勝てないですからねぇ~。増やさせてもらいますよぉ~。」
「ちっ、死体かぁ。だが、もろいなぁ。」
レイジが拳を振るい死体に拳が当たった瞬間に死体はボールのように弾け飛んで、その身を地面で爆散させた。爆散した影はそのまま元の形を形成することなく、影の中に消えるように散っていった。
「ですよねぇ~。そうなると思いましたよぉ~。ですのでぇ~、闇魔法:ブリガンディン。闇魔法:ブリングカース。」
「あぁ?強化魔法かぁ?ちっ、めんどくせぇなぁ。」
「ムムム。これでもあまり持たなさそうですねぇ~。」
確かに先ほどよりも硬くはあるが、そんなものはレイジにとってはほとんど関係ないことだ。一発で爆散しないのなら、爆散するまで殴ればいいだけである。それを素で出来るほどの能力はあるレイジだ。問題はない。
「当たり前だろうがぁ。俺様をその程度で止められると思うなよなぁ。」
「嫌ですねぇ~。本当に嫌ですねぇ~。」




