015 オークションへ
「両者構えて、始め。」
その言葉にバーゲンは、先ほどと同じように地面に手をついて武器の作成を始めた。それに接近するゴードンという図は、まさに先ほどと同じ展開であった。
そして、これもまた同じようにゴードンが完全に接近しきる前に武器の作成を終わらせたバーゲンが相対する。先ほどと違うことと言ったら、バーゲンの武器が片手剣になったことだろう。
「また、さっきと同じ展開だな。結果もどうだろうな。」
「やってみるまでは分からんだろ。」
「ははは、全くその通りだな。」
そうこうしているうちに、二人は武器を打ち合うことができる距離にあり、そして両者が指し示したように互いの武器を振るった。その結果、バーゲンの作った武器は僅かばかりではあるものの欠けた。一方のゴードンの方の武器は無傷である。
バーゲンの武器は土製と考えると当然の結果だろう。ゴードンの使っている武器は金属製のものであり、切れ味、硬さ共に比べるまでもなく、バーゲンの武器よりも優れているのだから。
「ちっ。」
「やはり、柔いな。急造だとこんなもんか。」
「所詮は土だからな。それに。」
「おっ、と。それ、ありなのかよ。」
ゴードンの足元から突然、剣が生えた。バーゲンの仕業である。実のところ、わざわざ武器を作成する際に手を接地させる必要などない。魔力を届かせればあとは媒体さえあれば、どうとでも出来るのだ 。
そのため、相手の足元で武器作成をすることも可能である。ただし、魔術を使うものが相手の場合、魔力で場の支配権を奪い合うことになり、よほどの差がない限り相手の直ぐ側で魔術を発動することは叶わない。ゴードンは魔力の心得がないために、出来たことである。
魔術を人体の内部に作用させることは原則、出来ないようになっている。というのも、人体という場はその人自身が魔力によって支配をしているためだ。それは魔術の心得のないものでも同じである。
その性質上、人体に近いほど場への干渉力が強くなり、反対に遠くなるほどに弱くなる。場への干渉力、それが魔術師としての強さの指標の一つであろう。
その点、バーゲンは並かそれ以下程度でしかない。純粋たる魔術師というものでないのだから、そんなものかもしれないが。
「武器を作ったに過ぎないからな。」
「ははは、無茶苦茶だな。でも、いいのか?手札を見せつけて。」
「サービス、だ。さっきの試合で手札を明かさせたようなものだからな。」
「無駄に律儀だな。損するぞ。」
呆れえたように言うゴードンである。律儀というのは人としては好まれるものであろうが、この世界においては欠点でしかない。騙し、騙されに適性がないのと同義であるのだから。
「そうかもな。だが、俺はこういう人間だからな。」
「そうかい。こっちからは、何も言うまいよ。」
何故だか、この二人の間に妙な友情のようなものが芽生え始めているようだ。今日初めて会ったというのにもだ。
「ふっ。司会よ。ルールには反していないはずだが、大丈夫か。」
「オッケーでーす。」
バーゲンの問いに対して、片手に丸をつくりながらひらひらと手を振って、軽い調子で答えるのはメディアである。司会がこんな適当な感じでいいのだろうかと思わなくもないが極論、盛り上がれば何でもいいのだろう。
「司会もこう言ってるしな。」
「あの司会、適当だからな。大体オッケーって言うしな。」
「聞こえてるぞー。」
がおーとかいいながら両手を挙げながら言うメディアであるが、その姿は恐ろしいということはなく、可愛らしいというものだった。身内ノリ的なものだ。
ちなみにだが、会場というのはそこそこ広いもので、もちろん肉声で会場全体に声が届くはずがなく、拡声器を用いて声を拾っている。そのために会場全体に戦闘中の音などは運ばれており、会話内容なども聞かれているのだ。
下手なことを言うと身が危険であるため気を付けないとならない。
「おっと、あとで怒られるかもな。」
「戦闘中に悠長なものだな。」
「常に余裕は持て置かないとな。」
「さて、仕切り直しだな。」
「ああ。」
ゴードンの言葉にバーゲンは頷いて答えた。二人は己の武具を構えなおして相対した。その時にちゃっかりとバーゲンは土で作った盾を用意しており構えた。それに一瞬ではあるが、ゴードンはジトッとした目をしたが特にいうこともなく気を引き締めなおした。
「……。」
「……。」
二人の間に僅かばかりの時間、沈黙が降りた。その沈黙は二人に程よい緊張感を与えて、目の前の戦いへの集中力が高まった。
「行くぞ。」
「来い。」
そこからの戦いは早々に決着がついた。結果から言うとゴードンの勝利である。やはり、接近戦闘においてはゴードンの方が一日の長があった。それに、武器の性能差というのもまた大きな影響があっただろう。総合的にゴードンの方が能力に優れていたというほかない。
他の敗因を挙げるとするのなら、盾を持ってしまったことだろう。盾は攻撃を防ぐという点においては特に優れているが、その分意識というのをどうしても攻守で分散させなければならず、特にバーゲンの場合はそこに武器の作成についても意識しなければならずに、意識する部分が多くあり、対応が遅れがちであった。
また、すぐ壊れてしまう盾などお荷物でしかなく、逆に自身の行動を阻害しているほどだった。それらが敗因として挙げられるだろう。
一戦目からその後にいくつかの試合が終わり、会場の空気が温まり切りそうな時である。
「案外に面白いな。こういう場所は。自分にも出来そうな技術というのも見かけるし、出来ないであろう技術も参考になる。」
他の人の戦い方を見るというのは、グリードにとって他にない機会であり、自分にはないアイデアというのを取り入れることができるものであった。
それに、相手がその技術を使用してきたときの対処法というのも考えられるため、自分自身がその技術を活かせなくとも、見る、知るというだけで力となるのだ。
「それなら、良かった。でも、そろそろだから。」
「あぁ、分かった。十分ここは楽しめたからな。次行くところも楽しみにしておくよ。」
「そう。」
それからちょうど二戦が終わったところで、イリアはグリードに言った。
「そろそろ。」
「分かった。」
グリードは耳元で囁いたイリアの声にグリードも小声で囁き返した。それに少しくすぐったそうに身を捩った後で、イリアはミリアムに声をかけた。
「お姉ちゃん。ちょっと、売店見てくる。」
「着いて行った方がいい?」
「大丈夫。グリードに着いてきてもらうから。」
「あら、あらぁ。」
分かりやすくニヤニヤしながら言うミリアムである。人の恋愛話ほど面白いものはないのだろう。特に身内の話だと今後を考えるとどうしても興味が向くし、遠慮がいらないため余計に面白いものだろう。それも仲がいいからではあるが。
「そんなんじゃないから。お姉ちゃんとだと、ナンパが鬱陶しいから。」
「そうねぇ。確かにそうかもぉ。」
「いや、自分で言うのかよ。」
「事実でしょぉ。」
「まぁ、そうだろうけど。」
つい突っ込みを入れるグリードであるが自信満々に事実だと言われてしまっては、否定することもできず、引き下がるほかなかった。それが事実と全く違っていたのならまだ言葉を続けられていたかもしれないが、事実に相違ないために反論できなかったのだ。
「そんなのいいから、行こ。」
「あいよ。」
「最初はびっくりしたわ。堂々と売店に行く、なんて言うから。」
「そう?嘘はつきたくはないもの。」
嘘を吐きたくないというのは、嘘ではないのだろう。その考え方自体はこの世界では珍しいものであったが、仲の良い家族間であることを考えるとおかしなことでもないのかもしれない。
「まぁ、売店というのは、確かに嘘じゃないわな。」
「そうよ、嘘ではないから。」
「逞しいことで。」
「こんな女は嫌?」
そんな風に言って首を傾げてみせるイリアであるが、如何せんイリアは大人というほどに成熟しているようにも見えないし、それに無表情で言われてもなんとも反応に困るだけのことだろう。グリードとイリアは恋人でもないのだし。
「女って年でもないだろ。」
「どんな年齢でも女は女。それに、女性に対して年齢のことは禁句。」
「それは失礼しました。」
そんなイリアの言葉に特に反論することもなく頷くグリードであった。内心何を言っているんだなどと思っても、言わないのがこの男である。そうじゃないと話が進まないしね。
「いい。一回目だから。それに、大人だからね。」
「そうだな。」
「……。何よ。」
そんなグリードの内心を見透かしているのだろうが、イリアにとってもこの話題は触れ続けていたいものではない。しかし、不服なことには変わりはなく、それが態度にも出てしまうのも仕方ないことだろう。それこそが子供らしいのだろうが。
「いーや。何でも。」
「そう。」
「そう言えば、地下オークションってどこでやってるんだ?」
「ん。」
「は?」
そう言ってイリアは指を下に向けた。それに対して理解できないとでも言うように、顔をしかめてグリードは問い返した。それは問い返すという感じでもなかったが。
「だから、下。」
「ここの?」
「そう。闘技場の地下にある。」
その言葉の通りに闘技場の下にオークション会場は存在する。何故そんなことになっているかというと、防衛のためである。珍しいものを奪い取ろうとするものはどうしても出てくるものだ。
そのものに対する防衛策としてそこに置いてある。まぁ、普通に考えて闘技場に参加する人間は自分の腕に自信があるものだろう。そんなものたちがいるのを利用しない理由はないだろう。それに、これは闘技場参加者にも悪い話ではない。
オークションの稼ぎの一部から賞金は捻出されているのだ。賞金を得るために会場を守ると考えると、それは当たり前のことなのだろう。
「そうなんだ。だか闘技場か。」
「そう。」
「今、移動をしている人は参加する人?」
先ほどから、グリードとイリア以外にも移動を始めているものたちがいる。もちろん、そのすべてがオークションに参加するということではなく、帰宅するものや売店に向かうもの、手洗い場に行くものなどそれは様々だろう。
しかし、一定数はオークションに向かうものであるということにも相違はない。
「そうだと思う。そろそろ開始の時間だから。」
オークションへの道を歩いているとき、角を曲がろうとしたグリードは、向かい側から走って来たであろう人物に当たった。
その人物は灰色のマントを着ており、頭をフードで覆いつくしてその顔を伺うことはグリードは出来なかった。そのマントには赤い色の紋様のような装飾がほどこされており、その紋様は炎の龍のようだった。
「いたっ。ごめんなさい。」
「……。」
「ったく。角を曲がるときに走るなんてなんてやつだ。前を見えてるようにも見えないし。」
「大丈夫?何か盗まれてたりとか。」
そのイリアの言葉にグリードはポケットなどを探ったが、何かが盗まれてということはなく、本当にただぶつかっただけであったみたいだ。急いでいたのであろうとグリードは一人で納得した。だからといって、怒りはおさまらなかったが。
「ひったくりでもなさそうだし。何なんだあいつ。」
「そうね。灰色のマントに、赤い紋様。魔術師とか。」
「あぁ、そうかもな。そんなことより、誤りもせずに行くとはな。……って、他人のこと言えないな。そういえば昼はよそ見してたし。」
「ホントにね。」




