014 デモンストレーション
「ようこそ、今宵はお集まりくださりありがとうございます。私はこの闘技場の支配人です。最後にはイベントも用意しておりますので、是非お楽しみくださいませ。ここからは解説の二人に司会を担当してもらいます。それでは、よろしくお願いします。」
そう話すのは白いスーツに白いシルクハットを被った男である。その恰好は怪しい以外の何物でもなく、支配人というのが信じられないほどだ。逆にここまで怪しいと本当だと信じられるのだから、不思議なものだ。
「はーい。解説役のメディアですー。それとー。」
「解説役のマイクだ。早速だが、プログラムの第一番を始める。」
「第一番はー、本闘技場の戦士同士の試合ですー。選手の入場ですー。」
そうやって話す二人は、小柄な女と大柄な男の凸凹コンビである。その声の調子は元気のよいものと落ち着いた大人といった対照的なものであり、この二人が並ぶと多くのものが対照的な要素で構成され、いっそ清々しいほどである。
「西の門からは近接戦闘、最強!!ゴードン!!」
「ゴードンと言えば、闘技場の出場回数が我らが誇る戦士たちの中で最多となってまーす。その回数分だけ、闘技場内での経験がある分、有利かもしれませんねー。」
ゴードンというのは闘技場所属の戦士の中でも、実力的にトップに値する男である。いかにも歴戦の猛者といった風貌を持っており、ゴードンの顔には大きな傷がついている。
それにその肉体は鍛えあげられており、闘技場では副団長のような扱いをされており、人が後ろからついてくるような、そんな気持ちのいい人物である。
「そうだな。ゴードンは気力の扱いに長けているから、耐久力に優れてまた瞬発力にも優れている。ただ気力を主に扱うため消耗が激しいことに違いはないからな。ゴードンが敗北するとしたらそこだろう。長期戦に弱いからな。」
「なるほどー。ただー、長期戦をするにもゴードン相手だと、厳しいかもしれませんねー。」
「多彩な攻撃手段というのも、ゴードンの特徴といってもいいからな。相手に近づく手段も豊富である。どんな戦いを魅せてくれるか楽しみだな。」
そうなのだ。実はゴードンはその身体つきからは考えられないのだが、技巧派の人物なのだ。その手には槍を持っており、ゴードンはその槍を上に掲げてから、地面を叩くように槍を突き立てた。その結果闘技場は砂埃が舞った。
そのゴードンの仕草によって、闘技場の観客からは大きな歓声が響いた。どれほど人気かが伺えるものだ。最多出場というくらいだ。固定ファンくらいはついているというものだろう。
「そうですねー。楽しみですねー。では、続いてー。」
「東の門から、あらゆる武器を扱う武器王、バーゲン!!」
バーゲンと呼ばれた男が闘技場内に入場してきた。その男はゴードンとは装いが大きく違い、魔法使い然としたローブを羽織って登場した。その手には杖やほかの武器種はなく、武器王と呼ばれるにふさわしくないように思えるだろう。
特にゴードンと並ぶと、その鍛えられた肉体とローブで覆われた肉体とでの対比がすごく武器王などと冗談でも見えないものだ。
「おー。武器王のバーゲンですかー。」
「そうだな。武器王という名の通り、武器というものならあらゆるものを達人級に扱えるのが特徴だ。剣から、槍、弓まで。それ以外にも色々な武器をな。近距離、中距離、遠距離どこでも対応できる凄腕だ。」
「あれ?でもー、武器の持ち込みがないですけどー?」
「あぁ、バーゲンは魔術師でな土を操作、凝固して、強化することで武器としているんだ。だから、その場での対応力はバーゲンに勝てるものはいないだろう。」
その土の操作やら、凝固やら、強化やらは魔術というにはほど遠く、魔力操作の一つでしかなくい。ただの技術というだけなのだ。その基礎というのを習熟させると、魔術師としても一つ大きく成長することになるのだがしかし、ことバーゲンに関してはそんなことはなかった。
あまりにも才能がなかったのだ。魔術の一切を覚えることができなかった。それは英雄体質ではなく、ただの才能の欠乏でしかなかった。身体能力が大幅に強化しているということもなく、ただ単純に才能の欠片もない。それだけだった。
それでも、魔力操作は出来るのだから、武器王としては十分であった。武器の扱いに才があったのも大きかっただろうが、魔力操作によって忍耐力が鍛えられていたのも大きな要因だろう。武器を作り、武器を繰る。それで強くなれたのだから。
「なるほどー。それは強いですねー。」
「あぁ、強い。だが、欠点もある。武器は消耗品だ。それも土で作っているからな。気力のこもった攻撃をそう何度も耐えることはできないだろう。生成速度が破壊速度に追いつくかどうか、そこが勝負の決まりどころだろう。」
「そうなんですかー。生成速度が追い付けさえすれば、凌ぎ切れるというわけですねー。」
どちらもが、接近戦闘にこれまでの人生を捧げてきたようなものだ。技量的には同等程度であると仮定するなら、多くの武器種を扱えるバーゲンの方が有利に思えるのだろう。
「そうだろうな。だが、何が起こるかが分からないのが、戦いというものだ。そこが面白いものだがな。」
「はいー。解説ありがとうございますー。早速、戦ってもらいましょー。」
「その前に、だ。」
「なにー?」
首を傾げて、人差し指を顎に当てて言うメディアである。その仕草は実にあざといものであったが、そこがいいということらしい。もう、こう、アイドルのような立場になっているくらいだ。ちなみにメディアちゃんグッズも販売中だぞ。
「闘技場の規則説明忘れてるぞ。」
「あー。忘れてたー。」
「やれやれ。じゃ、説明しようか。」
てへっ。っと舌を出して、拳を作ってこつんと頭を打った。あざといぞ。あざといぞ、メディア。そこが可愛いんだが。マイクは完全にスルーしている。毎度の流れなのだから、スルーも仕方ないだろう。
「はーい。一つ、基本殺しはナシ。」
「基本って言うのは、魔物相手とか一部には大丈夫ってことだ。」
「次―。一つ、持ち込み武器は一つ。」
「二つ以上は原則禁止。だが、双剣などは二本でも、大丈夫だ。」
「最後ー。一つ、楽しむこと。」
「はい。というわけで、早速ですが、試合を始めてください。」
「お前と戦うのは初めてだな。バーゲンよ。共闘するのは何回もあるんだがな。」
「ふんっ。お前とは決着をつけたいと思っていたのだ。近接戦闘、最強だと?私がいるというのにな。」
二人の間に一陣の風が吹く。なんか決戦的な雰囲気を醸し出しているが、これは一回戦目であり前哨戦のようなものだ。こんなテンションはずっとは続かないので、安心してほしい。
まぁ、二人の間に因縁らしきものがあるのは事実なのだが。それも一方的なだけのものなのだが、そんなのはバーゲンにとってはどうでもいいことだ。バーゲンにとって因縁があると感じられるなら、そこにはれっきとして因縁があるのだ。一方的でも、だ。
「あぁ?そんなこと気にしてたのか。どうせ一層でそんなこと争っても仕方ないだろ。」
「その時点であいまれないのだ。どこでだって最強である。そういうものだろ。」
「ふっ。若いな。まぁ、お前ならなれるんじゃないか。」
ニヒルに笑ってみせるゴードンであるが、その表情は変に似合っていた。その表情にむかつきを覚えたバーゲンである。これは盤外戦術というものなのだろうか。それなら成功している模様だ。しかし、ゴードンにはそんな意図はないのだった。
「お前に言われることでもない。最強になるのは私なのだからな。」
「じゃ、やろうか。近接戦闘最強、ゴートン。行くぜ。」
「武器王、バーゲン。」
「はっ、それだけかい。味気ないねぇ。」
「十分だ。武器作成。」
そう言って地面に手を置き、呟いた瞬間に地面が動き土が弓の形となっていく。その最中もゴードンはバーゲンに接近しているが、バーゲンは慌てることもせずに自身の魔力操作に集中をしていた。そうしてできたのは最終的に長弓であった。
ちなみに弦は持ち込みである。といっても、ローブの一部としてである。従って闘技場の規則には反しない。
「おっ、最初は弓かい。近距離最強の座が欲しいんだろう。それでいいんか?」
「挑発には乗らんさ。ふっ。」
そうしてできた弓を引いて、矢を放った。その矢は放物線を描いてゴードンに迫った。その矢をゴードンは槍の柄ではじき返した。その様子を見て一本では足りないと見たバーゲンは3本の矢の軌道を考え、偏差撃ちで打った。
その三本の矢はよくよく計算通りに放たれて、ゴードンからしたらいやらしい位置に来ていた。その矢の一本は槍で弾き返し、もう一本はいつの間にか手に持っていた土の塊に気力の強化を加えて矢に投げて、最後の一本を半身になって避けた。
「おぉ、危ない、っと。セオリー通りだな。」
「セオリーだからこそ、強いのだ。」
その時には槍の刃先がバーゲンに当たる位置に来ていたため、そのままカウンター気味に槍を振るった。その槍は弓によって弾き返されたが、ゴードンは追撃を加えるためにバーゲンに近づいた。
「ははは、全くもって、その通りだな。だが、甘いな。」
「くっ。」
こう会話を挟んでいるうちにも、弓を変形させて剣の形に成形していく。しかし、不完全な出来のまま槍を差し込まれて、不完全な剣は刃の部分が崩れる。それを強引に押し返して無理矢理距離を離す。
両者がいったん距離を置いたことで落ち着く時間ができ、自然な不自然とした静けさが空間を支配した。その時間にその両者はほぼ同時に一息ついた。
「今までの流れ、ゴードンさんの言う通り、セオリー通りの動きですねー。」
「そうだな。近距離の得意な相手からは、距離を取っての攻撃。基本中の基本だな。」
「でもー、そう上手くはいかなかったみたいですねー。」
「ああ。ゴードンの使ったのは気法の強化法。その初歩の初歩、凝気だな。物質に気をこめて物質の硬さを強化するという単純な技法だな。だが、どこで土を持ったんだろうな。そんな仕草は見えなかったんだが。あれがなかったら一手少なくて体勢を崩せたかもしれないのだがな。」
「あれー?確かにそうですねー。あれじゃないですかー。槍を地面に突き立てたときに舞ってた土を。みたいなー。」
「いや、それにしては土の塊の大きさが大きいような気がするな。」
「不思議ですねー。種明かしでもしてもらいたいですねー。」
「だそうだが。」
「無茶言うなよな。まぁ、いいけどな。」
苦笑しながら言うゴードンである。手の平を上へ向けてやれやれとでも言うように、首を左右に振るその様は妙に似合っていた。
バーゲンはその仕草に若干の苛立ちを覚えながらも、話を進めるように促す。
「なら、聞かせてもらおうか。」
「まぁ、簡単な話だ。さっきメアリーちゃんの言った通りさ。ただ、そこに一工夫を加えたけどな。」
「それは何だ?って話だろうが。」
話を進めないゴードンにいよいよ態度にまでイラつきを出し始めるバーゲンであるが、そのバーゲンの様子を気にした様子もなく、ゴードンは平常を保つのみだった。案外、いい性格をしているのだろう。
「焦るなよ。まぁでも、こういうことさ。」
「あっ?なんだ、これ。身体が、動かねえぇ。」
「気力というのは不思議なものでな、特性を強化するという性質を持つんだ。」
特性の強化というのは、斬撃、打撃、刺撃、物理などの付加効果などの強化である。例えば付加効果として、斬撃の特性として状態異常付与強化。打撃の特性として部位破壊の強化、刺撃の特性として防御無視攻撃がある。
ちなみにここらの裏設定はあんま意味がない。一応、そういうのがあるってだけ。他には魔力の特性は属性値の強化であり、気力はそれら全ての効果の強化である。
「だから、なんだ。」
「その性質を極めれば、特性を気力に付与できるんだ。弾性力、というやつもな。」
「そんなことはおまえに出来るわけが。」
事実バーゲンの言うことはおおむね正しく、第一層でできるものはいないだろう。極めるというのは伊達ではないのだ。特性に付与というのはそれほどまでに難しいものなのだ。
「そう。俺には出来ない。だが、似たことは出来るのさ。」
「似たこと?」
「糸があれば、特性の強化を限界までできるのさ。強靭な糸。弾性力を持つ糸。そんな特性を持つ糸を。それは人間を縛るなど造作もない。」
無から有にすることは難しくても、有るものを加算するなどは簡単なことだ。そういうものだ。まぁ、似た性質のものでないと無理だけど。
「なるほどな。槍の柄に巻き付けてある布か。違反には当たらないか。」
武器などの柄、持ち手の部分には布が巻いてある。これは滑り止めや手を傷めないための工夫としてである。その布のほつれ部分の糸であっても気力さえ廻らせてしまえば、強靭な糸として利用できる。
それを利用して人体の要所要所を固めて、人間の身体を止めることなど簡単なことなのだ。
「そういうこと。こういう戦い方はあまり、好かないのだがな。まぁ、だからこそ周りの土を手に引き寄せる程度にしか使わないのさ。これはあくまで試合だからな。」
「っははは。完敗だな。」
「そう言うな。ちゃんと戦おうぜ。」
ゴードンは空気が読めるのだ。プログラムなども運営側だから分かるはずであって、そこら辺の時間管理もできるはずなのだ。完全にバーゲンはそんなことを考えて忘れているのだろうが。
「解説席のお二人さんはどうだ?」
「うーん。そうだなー。どうするー。」
「いいんじゃないか。」
「じゃー、試合ぞっこーでー。でも、接近武器縛りでよろしくねー。」
「だそうだ。では、所定の位置に戻って、始めてくれ。」




