012 いざ、目的地へ
「お姉ちゃん。」
「ん?なぁに。早く行きましょう。」
「待って、グリードが話があるらしいわ。」
その言葉にグリードは微かに希望を持った。イリアが自分の味方をしてくれるのだと。最も本当にイリアがグリードを助けるために言ったわけではないのだが。グリードの言葉である、殺されかけたというものがどういうことなのか聞きたかったのだ。
殺されかけた原因を知っておかないと自分もそうなるのかもしれないのだから、イリアは聞いておきたいと思っただけである。特に助けるという意図は存在しない。
「ん?なぁに?」
「いえ、行っても殺されかけますよ。だから行かない方が絶対いいです。」
「だからぁ?わたしが殺されるわけないじゃない。殺される理由もないしぃ。」
ミリアムの言葉には絶対の自信がこもっていた。そう、それは世界の中心はあたかも自分のものであるかのように。何らかの確信でもなければ、そのような色は見せられないだろう。その確信というのがどのようなものかは分からないが。
「いえ、甘いですよ。自分は何もしていなくても、殺されかかりましたし。」
「へぇ。でぇ?」
「いや、でぇ?って言われても。殺されますよ?」
「こう見えても、わたし強いんだよぉ?」
その言葉には一切の説得など受け入れない様をグリードに感じさせた。自分に対して絶対の信を置くものを説得など出来ようはずもないだろう。自分の言葉以外に何ら心を動かすなどということはなく、自身というものを貫くのみであるのだから。
「そ、そうなんですか。」
「うん、そうだよぉ。じゃあ、行こうかぁ。」
「……はい。」
肩を落として了承の意を呟くグリードは、それは見方によっては叱られた後の子供のようにも思えて、成人男性近くの男がやるようにな仕草ではないだろう。大の男がやると何とも情けないものだ。
「うわ、情けなっ。」
事実、イリアもその様が情けなく思えたのか、思いっきり情けないというほどだ。説得できないのは仕方ないとしても、その仕草はイリアにとって受け入れ難いものなのだろう。イリアは大人に妙な期待を持っているのだ。変に子供が大人に憧れるなんてことはよくあることだ。
「うるさいわっ。絶対説得なんて出来ないだろ、これ。」
「ホント、情けないわ。こんな大人にはなりたく無いものだわ。」
「じゃあ、どうすれば説得出来たんだ?」
「さぁ、知らないわ。出来たことないもの。説得。」
妹であっても、絶対的な我というものを揺るがすことは叶わなかったのだろう。それほどまでに我が強いと生きにくいものであるとも思うのだが、それでもうまく生きてこれたのだろう。それも容姿のおかげだろうか。
「なんだよ、それ。自分もできてないのに、よく他人に対して言えたものだな。」
「子供に対して正論パンチとか引くわ。」
「……まぁいいや。それより着いてかないとお姉ちゃんが先に行っちまうぞ。」
イリアの言葉に対して反論が思いつかなかったであろうグリードは話を変えることによってやり過ごすことにした。それにしても話を変えるのが下手であったが。子供に対して大人気ないというのも事実であったのだから、反論など出来ようはずもないだろう。
「そうね。あたしたちも行きましょう。」
三人が着いた場所にいたのは、やはりあの時の男であるレイジであった。高笑いの時から分かっていたとはいえ、グリードは実際にレイジの姿を見た瞬間に身体が重くなったような錯覚さえ覚えた。
グリードはあの時の森のことがトラウマとなっているのだ。無理もないだろう。いきなり殺されかけたのだから。それに話が通じない奴ほど厄介なものはないのだ。レイジは典型的なそういうタイプだろう。
「ねぇ、あなた。」
「あぁ?誰だぁ?」
「わたしを知らないのぉ?」
「知らないなぁ。でもお前の身体、滾るなぁ。」
そう言って舌なめずりをするのを見ると、なんとも下種のように見えるのだが、レイジは気づいているのだろうか。まぁ、気づいていないのだろう。気づいていたら、その仕草をするわけもないのだし。
これもレイジの見た目のせいでもあるのだから。いや、真面目そうなやつが舌なめずりをしても、下種に見えるのには違いはない。レイジのほうがより凶悪に見えるというだけだ。
「滾る、ねぇ。でしょぉ。わたしの身体はすごいでしょ。見ただけで果てるものもいるくらいよぉ。あなたはどうかしらぁ。」
「ふはっ。おもろそうなやつだな。相手を願おうか。」
「あらぁ、こんなところでぇ?」
こんなところでと言いながらも満更でもなさそうに見えるのだが、それはどうなのだろう。ミリアムにとってはどこでも変わらないことなのかもしれないのだが、人としてどうなのだという話だろう。
それに対してレイジも特に気にした様子が見えないのだから、この二人は末期なのだろう。二人は似た者同士とはいえ、こんなことまで似なくてもいいとも思うのだけど。
「場所なんてどこでもいいだろう。さて、今すぐやろうぜ。」
「って、待てよ。何をする気だ、こんなところで。」
そこで堪らず二人の間に入って止めるのは常識人であるグリードである。このまま二人に話させたままであると、話が進まないし変な方向に話が転がっていきそうで、ここで止めておかないとひどい目にあうのだ。
しかし、グリードにとっても他の周りの一般人にとっても、二人の間に入っていくというのはかなりきついことだろう。というのも、基本的にこの集団は顔がよいのである。それにレイジは一般的に怖いという風に言われる容姿であり、絡まれたら堪ったものではない。
それにグリードは一度戦闘において対峙しているのだ。そのレイジの戦闘力の高さは知っているはずで、恐怖というものを感じるはずなのだ。それを抑えて二人の間に入るのだから、とても勇気のいることだろう。実際にはグリードは恐怖心を感じていないのだが。
「あっ?なんだ。って、お前はいつぞやの。お前でもいいぜぇ。どうする?」
「はぁ?どっちでもイケる派か?」
「あらぁ、わたしを優先してくれないのぉ?」
「あぁ、そうだなぁ。ならよぉ、三人でならどうだ。」
グリードが間に入っても、話の方向は変な方向に向かっていった。二人の間に入ったというだけでグリードに敬意を称するべきだろう。それはそれとして、グリードのせいでより一層混沌としてきたのも事実だ。
「って、だから待てよ。お前らこんなところで何をしようとしてるんだよ。」
「あぁ、そんなの決まってるだろう。なぁ。」
「えぇ、決まってるわぁ。」
グリードの質問に対して、二人はお互いに頷きあった。そう、それは長年一緒にいた幼馴染のように、本当に目だけで会話しているように見えた。実際は二人は初見のはずだし、目で何て会話できるはずはない。
しかし、二人の間にはお互いを完璧に理解しているような雰囲気を感じられた。
「それは?」
「闘い。」
「夜のね。」
「あっ?違うぞ。殺し合いに決まってるだろ。」
どうやら二人の間にはすれ違いがあったみたいだ。その二人のどちらの答えにしても、街中でやることでないことは同じなのである。グリードは二人の答えの差に安心を覚えた。
ここまで差があれば今すぐにはどちらも始まらないだろうと。それにレイジが夜の戦闘の方に同意していたらと思うと、グリードは今の状況に何とも言えない安心感を覚えた。
「えぇ。……はぁ、萎えるわぁ。でもぉ、いいわわたしの用事に付き合ってくれるなら、考えないこともないわぁ。どうする?」
レイジの答えにグリードが安心感を覚える一方で、ミリアムはというと死んだ顔をしていた。まぁ、それもそうだろう。完全にプライドを傷つけられたものであるし、乗り気だった気持ちをどこに向ければいいのだという話だ。萎えるというのも仕方のないことだろう。
「おう。それでいいぜ。で、用事は?」
「付き合ってほしいところがあるのぉ。一人人数が足りなくてぇ。」
「あぁ、そうなのか。いいぜ。それが終わったら俺に付き合ってくれるんだろ。」
「えぇ、もちろんよぉ。そうしたら、証明してあなたの愛というものを。」
「愛?がなんだか知らないが、それが必要ならどれだけでも証明してやるぜ。」
ここだけ聞くと情熱的な男の告白のように感じるからおかしなものだ。実際には二人の間には一般的な恋だとか愛というものはなく、利己的な何かがあるだけだ。それを愛と名付けたものと、闘争と名付けたもの。その二つの違いに過ぎない。
「あなたの思う形の愛でわたしを魅せて。」
「それがお前への殺意だとしてもかぁ?」
「そうよ。きっと魅せて、ね。」
本当に二人は似た者同士なのだろう。どこに価値を置くかは別としても、しかし自分の在り方というものを決めて揺るぐこともなく、自分の在り様のままそう在る。そういう存在であるのだ。そういう意味で二人は似た者同士なのだ。
決定的に違うのは愛を求めるか、闘争を求めるかだろう。それさえも二人の本質とは少しずれており、また違うものでもあるのだが、一つの基準として二人の定めたものなのだろう。
「くはははは、いいねぇ。あぁ、その笑みはゾクゾクするぜ。」
「そういうあなたも、ね。」
そう言う二人の顔に張り付く表情というのは、この世のものとは思えぬ醜悪なものであり、しかしそれ故に人間らしく、その他の一切を魅了するような笑みであった。どちらもが共存したその笑みは見るものすべてをそれ以外の景色やら、人やらを見えないようにするもので、その笑みのみに視線を行かすものだった。
証拠に街の中にある者たちは全て二人の方を向き静止しており、異変に気付いた第三者が二人を見つけ、また静止してを繰り返して一つの音さえもそこら一帯から消し去った。
だが、この二人のみはその笑みというものに対して、静止することもなく会話さえしてみせた。グリードとイリアである。どちらもが耐性があるのだ。イリアは言わずもなく、ミリアムを近くで見てきたのだから当たり前だろう。
グリードは前もレイジの表情を見ているのだ。二回目なのだから、魅了されることもないだろう。それにグリード自身も同類なのだから。
「これが悪い癖ってやつ?」
「そう。愛とかなんとか言って、気に入った人間を試すの。」
「試す?」
「試す、というよりは何だろう。愛に狂ってる?」
狂っているその表現が一番合うのだろう。何らかの譲れないもののために自己の在り方を決定づけて、それを忠実に守り抜く。その狂信的な自己への在り方というのは、まさしく狂っていると表現するほかなく、実際にそうなのであろう。
だからこそ、その者たちは揺るぐことなく、誰の説得さえも聞かないのだ。そこに少しでも揺るがないものが接しているのなら。揺らぐことなど、到底できやしない。
「何だそれ。」
「すべての人の愛を自分のものにしたいとかなんとか。あたしもよく分からない。」
「それは分からないな。でも、本気なんだろうな。それ。」
「そうね。本気、なのでしょうね。」
「あんな笑みを見せられたらな。」
「呆れた姉です。」
そんな風に話すイリアであるが、呆れたなどと言いながらも、その姉のことを自慢に思っているのか、その表情には笑みが浮かべられており、本当に姉のことが好きだということが容易に分かるものであった。
「さて、話はついたわぁ。行きましょぉ。」
「で、どこに行くんだ?そろそろ教えてくれてもいいだろ。」
この質問は何回目だろうか。三回目くらいか。もうだいぶしつこいような気もしないでもないが、逆に答えないのも答えないので擦りすぎなような気もするのだ。どちらも、どっちだろう。
「そうねぇ。もう教えてもいいかしら。イリアはどう思う?」
「いいんじゃないかしら。秘密にする理由もないわ。」
「えぇ、じゃあ何で秘密にした。」
「何となく、じゃないかしら。」
その返答は適当なものであった。自分で秘密と言いながらも、その秘密にした理由がないというのはどういうことなのだろうか。グリードにとってはここで、サプライズと言われた方がまだ、納得できるというものだ。
もしくは理由もなく秘密にするというのはおかしなことではないのだろうか。
「自分が秘密にしたことでしょ。かしらって、どういうこと?」
「なぜ秘密にしたかなんてわざわざ覚えてないでしょ、普通は。そういうこと。」
「そういうものか。」
その返答に対してグリードは納得したように頷いた。まぁ、納得せざるを得ないというのが正しいのだろうが。それ以上の答えを望めそうもないのだし、聞いても無駄なことだろう。それにそれ以上を知ったからと言って、何かが変わるわけでもないのだし。
「でよ。最終的にどこ行くんだ。」
「闘技場よぉ。」
「おお、闘技場か。それなら、都合がいいぜ。ちょうど行きたいと思ってたんだよ。前座としては十分だろうしなぁ。」




