011 姉妹
グリードたちがやってきたのは建物内にある一室であり、従業員用に作られた休憩室である。こういう仕事は結構な重労働であり、身体を休めるようにと作られている。その部屋には風呂やキッチン、エアコンなどが用意されており、その部屋で暮らせるほどだ。というか実際に暮らしているものがいるほどだ。
「お姉ちゃん。今、大丈夫?」
「はぁ~い。どうぞ~。」
そんな間延びした声の後にイリアとグリードは部屋の中に入っていった。そこにあったのはイリアの言葉が納得できるような性の権化とでもいうような女であった。男の本能をどうしようもなく刺激されるような甘いにおいを漂わせていた。
その女の腰まで伸びたストレートロングの髪は一切の癖というのがついておらず、その髪を指で梳くと髪の根元から毛先まで絡まることもないほどだろう。目元は垂れており、また左目の下には泣き黒子が一つあった。ちなみに黒子はそこの一か所だけでなく、うなじに一つ。太ももにも一つある。
「迎えに来たわ。」
「いつもありがとねぇ。」
「ううん。好きにやっていることだからいいの。」
姉と話しているイリアは変に大人ぶっておらず、年相応に見えた。相当に気を許している証拠だろう。日頃から、信頼関係がきちんと築かれているのだろう。そんな関係はこの世界では珍しく、そして美しいものだ。
金のために意地汚く兄弟、姉妹の間で争うなんてことはよくあることで、その中でこうして姉妹愛を体現しているのは素直に称賛するべきものだ。
「それでもよぉ。それで後ろの方はぁ?」
「グリードです。孤児院で偶々会って、付き添いです。」
そうやってイリアの姉に問われたグリードは丁寧に答えた。それはイリアへの態度とは雲泥の差があり、そのことに不満があったのであろうイリアが頬を膨らませるほどである。
まぁ、奇麗なお姉さんとちんちくりんな子供では態度が変わるのも仕方がないのだろうが、しかしそんなのは男側の事情であり、イリアにとってはどうでもいい事情である。
「これはご丁寧にどうもぉ~。わたしはミリアムですぅ。」
「あたしとは態度が違うわ。」
「それはそうでしょ。大人と子供だと相手の仕方は変わるに決まってるでしょ。」
子供で、しかも生意気なんだし。という言葉はグリードの内に秘められたようだ。言葉は秘められても態度には出るものだ。その少しの態度というのが怒りを抱いてる人間にとっては目につくもので、イリアの怒りを助長するばかりである。
「子供と大人とで態度を変える人間に碌なものはいないわ。」
「区別をつけるのが大人というものでしょ。」
「ロリコンのくせに。」
「違うってさっきから言ってるでしょ。これだから子供は。」
「なっ。」
やれやれといった感じで首を振りながら答えたグリード。その仕草は傍から見てもむかつくもので、当然煽り耐性などないイリアからしたら、我慢できるものではないだろう。実際にイリアは顔を真っ赤にして、口をパクパクと開いて声にもならない声を出した。
「ふふふ、仲がいいのねぇ。いいことだわぁ。」
「こんな奴と仲がいいわけはないわ。冗談はよして、お姉ちゃん。」
そんな姉からの言葉にイリアは怒ったようには部屋から出て行った。相当に嫌だったのだろう。怒鳴るという感じではなく、腹の底の方から凍えるようなそんな重くて寒々しい冷たい声だった。
その声によって空気が固く、冷めたようになり部屋に残った二人は、少し困ったような気まずげな表情で顔を見合わせた。数分の後にその空気を払拭するようにミリアムが顔に手を当てて、わざと明るく笑いながらグリードに話しかけた。
「ふふふ。ごめんねぇ。余計なこと言っちゃったかしらぁ。」
「いえ、こちらこそむきになって恥ずかしい限りです。」
「いいんじゃないかなぁ。小さい子と同じ目線に立てるってことでしょう。」
そんな風に言う姉というのは世間一般で言うところのいい姉というものなのだろう。それに姉としてだけでなく、人としても善良というほかないだろう。本当に善良であるというのなら、この仕事はしないのかもしれないが。
「ははは。そう言うといいように聞こえますけど、大人気がないってことですよね。やっぱり、恥ずかしいものですよ。」
「そうかしらぁ。」
「はい、そうです。」
「あの子はどこまで行ったんだろうねぇ。」
二人の間には何とも言えないような恥かしいようなそんな空気が漂い始める中、空気を換えるようにミリアムがグリードに話しかけた。当然に二人の間の共通の話題というのはイリアのことになるのも仕方がないだろう。
「確かに出て行ってからそれなりに時間経ってますね。」
「どうしているのか心配だわぁ。」
「そうですね。探してきましょうか?」
ふと、本当に心配になったのだろうグリードは、顔に不安を覗かせながらミリアムに問うた。自分の責任で何らかの事件に巻き込まれるなど、当然避けたいと思うのも無理はないだろう。
それだけでなく、どれほどお互いに同じ目線で悪態を吐こうがイリアは子供でグリードは大人であることに変わりはなく、責務というものがある。実際はないのだが、グリードはあると信じているのだ。そうでなければ世界は本当に糞だろう、と。
「う~ん。そうねぇ。」
二人が真剣に探しに行こうかと迷う中、突然扉が開いた。もちろん、知らない誰かが入ってきたのではなく、イリアが帰ってきただけである。
「あっ、ちょうど帰ってきましたね。」
「何?」
「いや、探しに行った方がいいかって、今ちょうど話していて。」
「ふーん、そう。」
「なんか、雰囲気が違うような?」
グリードの言うようにイリアの雰囲気というのが先ほどとは違って、少し冷たいというか、素っ気ないものとなっていた。まぁ、怒らせたのだからそうなるものなのかもしれないが。
グリードが雰囲気が違うと感じた理由のもう一つは、服装が違っているからだろう。先ほどまでは白を基調としたワンピースであったが、現在は黒と赤で構成されたゴスロリとなっている。雰囲気が真逆といってもいいものに変わっているのだから、違和感を覚えるのも仕方がないだろう。それにしては表情も乏しくなっているが。
「そんなことないと思うけど~?ちょっと疲れちゃったのかもしれないだけよぉ。あと、服も変わってるし。」
「そうなんでしょうか。」
「そうよぉ。ねっ?」
「うん。そう。ちょっと疲れただけ。」
言わされている感は満載であるが、しかしどう変わったかなどは関係の浅いグリードには分かるはずもなく、姉妹がそういうのならそうだと納得する以外にはグリードになかった。そもそも雰囲気が違うから何だという話であるし。
「そんなもんか。」
「じゃぁ、そろそろ行きましょうか。」
「今更ですけど、どこまで着いていけばいいんでしょう?」
廊下を歩いているときにグリードは疑問に思ったのだろう。本当に今更の話であるが、イリアが言った行きたいところというのが、どこなのか今の今までグリードは知らなかったが、この建物が答えなら用事は終わったはずである。
実際にはここの建物にはイリアが何度も来ているのだろうことは予想できるので、ここではないのだろうが、それならどこに行くのかが分からないグリードは素直に聞くことにしたのだ。
「あれ?イリアからは何も聞いていないの?」
「秘密って言われて。」
「なら秘密、ねっ。もうじき分かるわぁ。」
聞いたからと言って本当に答えが聞けるというわけでもなく、結果的に分からないままだということが、分かったのだった。それとこの後もまだグリードは帰れないということも分かったのだった。
「そうですか。」
「お姉ちゃんはどこで捕まえるの?」
「そこらへんにいるのでいいわぁ。どうせ寄ってくるのだし。」
捕まえるとはなんとも不穏なことを言っているが、悪いようにはされないと分かっているグリードであるため、特に逃げるなどのアクションを取ることはなかった。実際はこの後に酷い目に遭うのかもしれないのだが。
「そう。」
「お姉ちゃん。」
「あら、どうしてかしらぁ。いつもはすぐ寄ってくるのだけど。」
建物から歩いて何分ほど経っただろうか。寄ってくるといいながらも男が来ることもなく、もうすぐ目的地に着きそうになっていた。事ここに至ってようやく焦りというものが出てきた姉妹であった。
まぁ、グリードはそこらにいる男どもと比べても、相当に顔がよくそのグリードを見て話しかけるのを躊躇うものもおり、今の今まで話しかけられるということはなかった。イリアを連れていることも理由の一つであろう。
「ほんと、面倒。」
「何?男がもう一人必要なら呼ぶけど。」
「プライドが許さないわぁ。」
グリードの言葉にミリアムはそう返した。それだけスタイルがいいとプライドというのも出てくるだろう。街を歩けばすぐに男に声をかけられるのは当たり前。そんな状況で少しのプライドを持たぬものは、それこそ異常というものだろう。
「お姉ちゃん。面倒。もう、いいじゃん。」
「ふははは。」
そんな風に姉妹が話していると、大きな笑い声が辺りに響いた。その笑い声はいつぞやの森の中で聞こえてきたものと同じものであった。その声を聴いた瞬間にグリードの表情が歪んだ。あの時のことがトラウマのようなものとなっているのだ。
「何かしらぁ。」
「うわっ。嫌な声がした。帰っていい?」
「ダメ。許さない。」
グリードは本心からそう言っているとすぐに分かるような口調であったが、そんなことは関係ないとばかりにイリアは半ば言葉をかぶせるように拒否した。さっきのやり返しという意味もあるのだろう。そうでなくでも拒否されていただろうけど。
「行きましょぉ。」
「えぇ、本当に嫌なんだけど。」
「何かあった?」
「殺されかけた。」
「ふーん。面白そう。」
「うわっ。言わなければよかった。」
そこまで嫌がると逆に気になってきたのだろう。イリアはグリードに問いかけたが、その返答は酷いものであった。グリードが心底嫌そうな声で言うものだから、逆に興味を引く結果になった。
それに対して、面白そうという返答も中々に酷いものであったが、まぁ遠慮のない関係と思えばよい関係にも思えてくるだろう。会ってから、一日も経っていないのだが。




