奈央の乳ガン
チュン、チュン。スズメの声で目が覚める。そうだ。今日はダーツプロへの編入試験の日だ。それに気づいてベッドから跳ね起きると、目覚まし時計を事前に止め、リビングに向かう。
もう奈央が起きていた。
「おはよう」
「おはよー」
「ダーツプロの編入試験だね。ここまで四日しか経っていないのが、おかしいけどね」
「ああ、そうだな。まさかこんなに早く、ダーツプロになれるとは思わなかったよ」
「編入試験を受ける前から合格した気でいるの?ちょっと慢心じゃない?」
「実技試験しかないのだから、どうせ受かる。いや奈央のためにも受かって見せる」
「ありがと」
朝ごはんを食べて、瞑想を開始する。二十分後、今日は少し時間がかかってしまったな。それでも、受験会場へは余裕で間に合う。
「いってきます」
「いってらっしゃい」
キスもしておく。なんか新婚みたいで良い感じだぞ。
電車に乗って試験会場へ着く。早く来すぎたようだ。喫茶店で時間を潰す。コーヒーを飲みつつ、今日の作戦を決める。やはり20のトリプル狙いしかないだろう。
さて、そろそろ試験の時間だ。三番の番号札を取って待つ。
これから三十分の猶予がある。三十分以内に来ない人には、受験資格がない。
時間になった。まずはカウントアップでふるいにかけられる。ダーツ台が四台並んでいて、四人ずつ試験を受けるのだが、注目は俺に集まった。何せ20のトリプルを外さない。
ここで人数は三割に絞られる。その後01とクリケットの点数で合否が決まる。
俺は一番の点数を取って合格した。すぐさま奈央と森崎さんに報告する。
奈央には電話で
「奈央、受かったぞ」
「おめでとう。どうだった?緊張した?」
「いいや、全然。余裕だった。一番成績が良かったんだぜ」
「へえ、それは凄いね。じゃあ今夜はお祝いだ」
「うん。楽しみにしてる」
森崎さんにはチャットで
「無事、ダーツプロになれました。ありがとうございます」
「本当かい?やっぱり伊原さんなら余裕だと思いましたよ。成績はどうだったんですか?」
「一番の成績を取りました」
「そりゃ凄い!私もうかうかしていられないな。これからはライバルだけど、よろしく」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
と送った。
そんな時だった。奈央の乳がんが見つかったのは。
定期検診に出掛けた奈央は、病院で乳がんの初期だと告げられる。幸いステージ0なので、手術なしで治療出来ることになった。
家に帰った俺はそう告げられた。悲しくてダーツプロになったことなんて、どうでもよくなっていたけど、奈央が
「お祝いするって決めたんだから、お祝いするの!」
と言って聞かないので、ステーキとケーキを食べることになった。
「大丈夫なのか?奈央?」
「ステージ0だから問題ないって。お医者様も言ってたよ」
「そうか、それなら良いんだ」
「レーザー治療はするみたいだけどね」
「うん、うん。それでも無事ならそれで良いんだ」
「大丈夫。そんな大事じゃないんだから。ほら、ステーキ食べよ」
そう言われて食べたステーキは味がしなかった。ケーキもしかり。
その日俺はLGにログインしなかった。
次の日、奈央に叱られた。
「もっと辛い病気の人もいるんだから、いちいちこんなことで落ち込まないでよ。LG内でもメソメソしてたら許さないんだからね!」
今日早速乳がんの治療に行ってくるらしい。
「俺も着いて行くか?」
と聞いたら、
「今日のお昼はチャーシュー麺でも食べて、復活しなさい」
と言われてしまった。暗に着いてくるな、と言われたと言うことである。