⑥
「巻き込んで悪かった。クリーニング代と慰謝料だ」
「いえ、頂けません」
毅然とした態度で颯斗は諭吉を突き返す。
だったら余計、その金はもらえないし、そもそも腕を掴んで引き留めるなよと内心で大きく悪態をつく。
だいたい「金で解決」できるという思い込みが、そもそもイラッとする。
貧乏苦学生だから、人一倍、金銭が関わるやり取りには敏感なのかもしれないが。
お客様第一で躾けられている颯斗は若干引きつった接客スマイルで、なんとかその場を交わした。
遠くから店長が、心配そうにじっと見ているのがわかる。
ダメだ。
お客様のおもてなしが優先だ、と颯斗は頭のなかで呪文のように何度も唱えた。
「いえ、本当に結構です。その代わり、また今まで通りこの店をご利用頂いてくださればそれで結構ですので」
クレーム対応時のマニュアルに載ってそうな台詞を口にし、颯斗は全身で受け取らないオーラを出し、会釈してその場を早急に辞した。
いつもだったらチップを受け取るのだが、今日に限っては絶対に受け取ってはいけないと脳内で警鐘がなる。
厭な直感は、意外と当たるものだ。
店長のところへ戻ると、さっそく負の連鎖が始まった。
「風邪ひくから今日はもうあがっていいぞ」
たしかにこの状態では接客などできない。
だが、生活費がかかっているバイト代という名の颯斗のライフラインは……。
「……事故だ」
さらば俺の早朝割り増し時給。
大きく嘆きながら、颯斗は暖房を入れて間もない肌寒い更衣室でギャルソンのシャツを脱いだ。