⑤
は……?!
ナニ、が今、起きている……?!
押し当てられたものが何であるか確認する間もなく、颯斗はパーンという破裂音を聴いた。
時間差で、左頬へ痛みが走る。
もしかしていま、目の前の女性客に殴られたのだろうか。
この短時間で起きた情報量の多すぎる展開に、颯斗は目の前の現実を処理しきれないでいる。
「何よ! 今度は、その若い男だっていうの?!」
混乱していると、女がヒステリーに叫ぶ声がした。
「だから言ったはずだ。あなたとはもう会わない、と」
冷静に男は応えていたが、なぜか颯斗の左腕をギュッと掴んで離さない。
さりげなく振り払おうとしても、その手は頑なに離そうとせず、颯斗は混乱する。
もしかしなくとも、これは道ずれということか……と厭な汗をかく。
「こんなつまらない平凡な男のどこがいいのよ? しかもまだ子どもじゃない」
聞き捨てならない女のフレーズに、内心颯斗はムッとした。
「つまらない平凡な男」であることは、たしかに否めない。
でもせめて、まだ高校三年生なのだから、発展途上くらいに表現を留めてくれればいいのに、と心の中で反論する。
悶々としていたところで、あろうことか女は置いてあったカラフェを乱暴に両手で掴んだ。
まさか、と颯斗が予想した瞬間、男目掛けてその中身を派手にぶちまけていた。
咄嗟に颯斗は男の盾となり、カラフェの水を一滴残らず全身で浴びていた。
無意識だった。
巻き込まれるのはごめんだと思っていたのに、なぜか身体が勝手に動いていたのだ。
濡れた颯斗を前に、女の顔からみるみる内に血の気が引いていく。
「冷てっ……」
颯斗の呟きを聞いた途端、女は謝罪もなしに、逃げるようにしてカフェから立ち去ってしまう。
十一月の早朝から水浴びか、と自嘲する。
時間をかけ、セットした髪やアイロンのかかった白いワイシャツはびっしょりだ。
条件反射でつい盾になったとはいえ、どうして朝からこんな目に?
というか冷静に考えて、だいたいあの女優……どうみてもイケメンなあの男の恋愛相手が颯斗だなんて、普通に考えて……おかしいと思わないのか?
恋は盲目だから?
それともセレブたちの恋愛事情は、一般人の常識ではとうてい理解できない世界の話ってことなのか──?
呆然と立っていると、男はマネークリップから無造作に諭吉を何枚か取り出し、颯斗の掌へ強引に握らせてきた。