④
「どうしたんだ?」
不思議そうな顔した店長に、颯斗はすぐさま我に返った。
そうだ、ここは各界の著名人御用達の高級カフェだ。
どこかで見かけたことのある有識なセレブが訪れるなんて、めずらしくもなんともない。日常なのだ。
だからと、颯斗はそこで男を追求することをやめてしまう。
「いえ、なんでもないです」
頭を切り替え、今度こそ早朝の常連客を迎えようと入口付近へ立ったところ、カツカツと高いヒール音を鳴らし、女が足早で店内へと駆け込んできた。
テレビとは無縁の勤労苦学生である颯斗でも知っていた、大物女優であった。
「いらっしゃいませ」
店内のスタッフ全員が、丁寧にあいさつをする。
だが、まるでその女にはあいさつが聴こえなかったか。ただならぬ気配で、窓際に座る例のあの男の席まで、一目散に進んでいった。
離れていてもわかるピリピリした空気。
修羅場だろうか。
実は、このカフェでの男女の痴情のもつれはめずらしい光景ではない。だからといって、朝からやりあう光景を目にするとなると、正直うんざりとする。
嫌な予感しかしない。
「颯斗、コーヒーお願い」
「承知いたしました」
運悪く、淹れたてのコーヒーがキッチンからあがってくる。
正直なところ、颯斗はできればあの二人のところへ近寄りたくなかった。
しかし、そうも言ってられないので、淹れたてのコーヒーをトレンチへ乗せると気合を入れて例の席へと向かった。
「大変お待たせ致しました。こちら、ブラックコーヒーのホットになります」
コーヒーカップを男の前へ置いた瞬間、颯斗は勢いよく左腕を引っ張られた。
え……?!
バランスを前に崩した颯斗は慌てて右手でテーブルを押さえ、自分の身体が男の上へ乗っからないように必死に踏ん張った。
その瞬間、颯斗の唇に何か柔らかいものが押し当てられる。