③
こんな緊張感は、はじめてだった。
無粋だと思ったが、いったいこの人物はどれほどのセレブなのだろうと探るような視線を向けてしまう。
だがすぐに、店長から「客のプライバシーは絶対に詮索するな」と念押しされていたことを思い出し、邪心を捨て、清い心に入れ替えた。
「ホットコーヒー、ブラック」
グラスを置く間もなく、艶のある低音がそう伝えた。
男は颯斗のほうなど、一度足りとも目をくれようとしない。
否、実際にはサングラスをかけていて判断しかねるのだが。
いつもだったらそんなこと、気にならないはずのことが、どうしてかこの男に限って颯斗は気になってしまう。
「かしこまりました」
ようやく男の前へグラスを置くと、颯斗ははやる気持ちを抑え、オーダーのためにレジ隣のカウンターキッチンまで戻った。
「颯斗、大丈夫か?」
不意に店長から声をかけられ、がちがちに自分が緊張していたことに気がつく。
「あ、はい」
キッチンのスタッフへホットコーヒーブラックお願いしますと伝えた後、颯斗はあれ、と訝しんだ。
そういえば、あの横顔──どこかで見たことある、 と。
誰だったかと逡巡し、思い出せなくて、ついその場で考えこんでしまう。