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接遇には厳しい店長からの教えを守り、颯斗は開店前だが受け入れ態勢を整えようと意気込む。
六本木の一等地。
世界的に有名なラグジュアリーホテルのある複合ビルの一階に店を構えている高級カフェは、選ばれた有識者しか利用するこが赦されていない。
いわゆるセレブと呼ばれる層のみが利用できる、高級サロンのような紹介制のカフェだ。
家庭の事情で都内の有名私立高校の特待生である貧乏な颯斗にとって、チップ制度もあり、時給も高校生にしては信じられない額を提示してくれる治外法権のようなこのバイト先は、この一年以上、高遠颯斗のライフラインとなっている。
「いらっしゃいませ、おはようございます」
開店準備をしていた店長が、先ほどの客へ接客をしているのだろうか。
爽やかで声の通る、低い声が聴こえた。
遅れて颯斗が店内へ戻ると、男は既に窓際の一番奥のソファ席へ案内なく、独り腰かけていた。
ただ座っているだけなのに、今までこのカフェで目にしたどのセレブよりも洗練されたできる男のオーラを感じる。
「颯斗、行けるか?」
早朝だろうがなんだろうが、いつだって最高の給仕係としてスマートに徹している完璧な店長に声をかけられたら、断る理由などなにもない。
「はい」と応えると、いつものようにトレンチへ飲水用のグラスと小さめのカラフェを乗せ、先ほどの男のもとへと向かった。
いつもと同じだ。
同じように水を出すだけだとわかっているのに、どういうわけか今の颯斗はひどく緊張していた。
例の客が、人知れず放っているセレブオーラのせいだろうか。
それでも傍に近寄らないわけにはいかない。だから、恐る恐る男の座る席へと近づいた。
この緊張感は、はじめて体験するものだ。