⑮
「ちょっと、前向いて、くださいっ、てば!」
状況が呑みこめない颯斗は、龍ヶ崎の肩を強く大きく叩く。
「大丈夫だ。ハザード出して停まっている」
用意周到に準備していた龍ヶ崎は、再び颯斗へ唇を重ねた。
「……っ、ン……」
次第にキスの角度が深くなる。
鼻の奥の方から、まるで自分の声ではないような甘い声が無意識に洩れてしまう。
今の、誰の……声?
俺──の声?
とういか、どうして龍ヶ崎様は俺にキス──を?
「どうして……こんな……っ」
息継ぎすらままならない状態で、困惑した想いを吐露する。
名残惜しそうに、龍ヶ崎の唇が去っていく。
離れていった温もりに颯斗はもどかしさを覚え、龍ヶ崎の唇を後追いしてしまう。
「男同士でも、キスって案外気持ちイイものなのだな」
感心したように告げると、龍ヶ崎はニヤリと笑みを浮かべ、ぺろりと唇を舐めた。
キスを連想させるそのセクシーな仕草に、颯斗はひどく赤面する。
正式には、赤面したフリだったが。
龍ヶ崎に賛同するわけではないが、颯斗自身、密かにこのキスが気持ちよかったことに気づいてしまっていたのだ。
浅ましい自分の欲に堪えきれず、俯く。
「──もしかしてはじめてのキス、だったか?」
確認するように訊ねられた颯斗は、真実であるが故、いたたまれなくなる。
無言を貫くと、察しのいい龍ヶ崎もそれが答えだと気づいたようだ。
「ごちそうさまでした」
口許に笑みを浮かべていた龍ヶ崎の声は、心なしか嬉しそうである。
「ということで学校へ着いたぞ」
いつの間にか颯斗を乗せた車は、校門の少し手前で停車していた。
到底、部活動の朝練すら始まらない時刻のため、誰ひとりとして生徒は見当たらない。
「もう少し、ここで話さないか?」
キスをされたばかりの颯斗は、危機を感じて無言で首を振る。
危険すぎる龍ヶ崎とただ話すだけで終われるとは、到底思えない。
はっきり言って、平凡な高校生である颯斗には龍ヶ崎の相手は手に余る。
龍ヶ崎は予想に反して、それ以上無理強いすることなかった。
下車を希望した颯斗に素直に応じたのだ。
颯斗の自転車を車の後ろの空きスぺ―スから降車させると、再び運転席へ戻り進行方向へウィンカーを出した。
「ありがとうございました」
開いていた運転席の窓に向かって、颯斗はお礼と会釈をする。
色々あったが、送ってもらったことに対しての礼は欠かしたくない。
頭を上げると龍ヶ崎が、自転車のハンドルを掴んでいた颯斗を手招きした。
「なん、ですか?」
自転車を停め、恐る恐る近づく。
ウィンカーまで既に出しているというのに、今度はいったい何だというのだろうか。
龍ヶ崎といると、とにかく心がせわしい。
「知りたくないか? キスした理由」
真剣な表情で呟く龍ヶ崎に、やはりキスした理由があったのかと颯斗は思った。
知りたいか、知りたくないかと言えば、知りたいような気がする。
どうしてどこから見ても男くさい颯斗に、しかも何の取り柄もない学生に執着を見せるようなことをしたのか。
「だから、ハリウッドから帰国するまで俺のことを待ってろ」
相変わらず俺様だなと思ったが、素直に颯斗は頷いていた。
口腔内には、まだ煙草の苦味が残っている。
舌に残るそれを確かめながら、いつの間にかあの男を信じて待ってもいいかも……と、ほんの少しだけ思えてしまった自分がそこにいた。
あれほど危険すぎる龍ヶ崎に振り回され、警戒していたはずだというのに。
本当にあの日、魔が差したのかもしれない。
後にそのせいで、高遠颯斗の人生が大きく変わるとはつゆ知らず。
三か月後、ハリウッドから帰ってきた龍ヶ崎とのその先のお話はまたこの次に。
※2月のエピソード「アニバーサリー」へ続く




