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4.捕食者


 闇夜を貫くような発砲音が響き、カッライスは早くも後悔していた。

 衝動で撃ったのは恐怖心に他ならない。吸血鬼の息の根を止める銀の弾丸は無限ではない。再装填だって大きな隙を生む。これまで相手にしてきた吸血鬼相手にはしなかった愚行でもあった。

 当然ながら弾丸は当たらなかった。だが、ルージュは大人しく歩みを止めて、呆れたようにカッライスを見つめてきた。


「怖がりな子ね。ほら止まってあげる。だから、少しは落ち着きなさいな」


 そう言って、ルージュは再び微笑んだ。

 カッライスはその懐かしい顔をまじまじと見つめた。毎日当たり前のように見ていた顔だが、ここまで美しく、怖いと感じたのは初めてだった。

 ずっとルージュを仕留めるために修行してきたはずなのに、いざ目の前にすると思い出や欲望が渦巻き、冷静さが失われてしまう。

 これもまたルージュの妖術なのか、あるいは、カッライス自身が抱える柵のせいなのか。

 しかし、カッライスだってもう子供ではない。震えたまま一方的に捕食されるわけにはいかなかった。

 内心で覚悟を決めるカッライスを、ルージュは小ばかにするように笑いかけた。


「ハンターなんて小汚い仕事お止しなさい。あなたにはもっと愛らしい姿がお似合いよ。ねえ、覚えている? 幼いあなたは綺麗なおべべを気に入って喜んでいたわね。赤色が好きだったの。可愛らしく着飾ってやると、無邪気に跳ねまわって。本当に可愛かったのよ」

「悪いがお喋りに付き合う気はない。だが……遺言くらいは聞いてやるよ」


 カッライスが敵意を込めてそう言うと、ルージュは笑みを崩さぬまま呟いた。


「遺言?」


 その途端、周囲の空気がじわじわと変っていった。


「それはこっちの台詞よ」


 直後、ルージュは動き出した。

 カッライスはまたしても反射的に発砲した。狙いはルージュがいたはずの場所。的確だったはずだが、やはり当たらなかった。

 相手はただの獣ではない。吸血鬼を仕留めるには、もっと確実にやらねばならない。

 そんな事はカッライスにだって分かっている。けれど、ルージュが相手だからだろう。回避も攻撃も曖昧なまま、ルージュに接近されてしまった。


「ねえ、ベイビー」


 瞬く間にルージュはカッライスの真横に立ち、銃を構えるその手を掴んでしまった。


「言い残したいことがあるなら仰いなさい。あなたを今も待っているあのメス犬に、この私が聞かせてあげましょう」

「アンバーは……関係ない」


 唸るカッライスにルージュは囁いた。


「そうかしら。私は知っているのよ。昨夜もお楽しみだったわね。同じ寝台の上で、あんなことやこんなこと。ずいぶんと仲が良いのね」


 そして実に甘い声でルージュは呟いた。


「まるでかつての私たちみたい」


 神経を逆なでしてくるようなその挑発に、カッライスは怒った。力任せにルージュの手を振り払い、間近で発砲する。

 しかし、やはりルージュには当たらなかった。銃が効かないなんてことはないはずだ。不意打ちが決まれば、致命傷を負わせられるはずなのに。

 カッライスは半ば焦りつつ、ルージュの気配を追った。

 ルージュは生粋の吸血鬼だ。その身体能力の高さは、ただの人間であるカッライスと比べることすら出来ない。しかし、いかに相手が一方的な捕食者であったとしても、カッライスは負ける気なんてなかった。

 ネズミだってその気迫でネコを怯ませることがある。狩人はそこでさらに武器を使うことが出来る。そうやって、歴代の狩人たちは恐ろしい魔物たちを退治してきたのだ。


 ルージュだってそうやって退治されてきた吸血鬼の一人に変わりない。

 絶対に倒せない敵ではない。


「逃がすか!」


 カッライスは再び発砲した。

 ルージュは闇夜に紛れて隠れている。だが、その香りは忘れようにも忘れられない。かつて共に眠った夜のことを思い出すその香りのことは。


「お前は……お前だけは、わたしが殺す!」


 カッライスは唸り、発砲を続けた。

 けれど、いつの間にか、ルージュの狩りもまた始まっていた。



 吸血鬼たちの狩りは、その摩訶不思議な妖術を駆使して行われる。

 ルージュを睨んでいたはずのカッライスはいつの間にかその術中にいた。

 自信の記憶から生み出される幻聴や幻視といったものに惑わされ、集中力だけでなく精神そのものを乱そうとしてくる。

 それ自体は、カッライスがこれまでに仕留めてきた吸血鬼たちの技と何も変わらない。それでも、ルージュが相手となると、これまでとはだいぶ印象が違った。目の前にルージュがいるだけで、幻覚によって蘇る記憶の重みが変わってくるのだ。


 だが、カッライスにだってプライドはある。

 一人前の狩人になるために、カッライスは吸血鬼の妖術に対抗するための修行を積み重ねてきた。

 吸血鬼たちは誰も彼もが尊大だ。絶大な自信があるのか、獲物を甘く見る傾向がある。そのため、その獲物に妖術を破られるとそれだけで大きな隙が生まれるのだ。

 そして、ペリドットの下での修行で磨かれたカッライスの天性の武器こそが、吸血鬼の妖術に惑わされない勘だった。


 ──そこだ!


 奪われた視界の中で、それでもカッライスは銃を構えた。

 見えない場所に狙いを定め、そして撃つと、幻術はぱたりと止んでしまった。

 ルージュはすでにすぐそこまで迫っていた。銃弾はその頬を掠っただけだ。それでもルージュは驚いたのだろう。目を見開き、真っすぐカッライスを見つめていた。


「やるじゃない」


 ルージュは囁き、そして再び姿を消した。

 すぐにその気配を探ろうとカッライスは身構えるも、その前に背後から冷たい手は伸びてきた。焦るも時は遅く、ルージュの強い力がカッライスの動きを制した。


「でも、甘いわね」


 そう言って、ルージュはカッライスの手を握り締めた。


「さあ、この危険な玩具は没収しましょう。少しは楽しかったわ」


 囁くその声には妖術でも込められているのだろうか。カッライスは身動きが取れなかった。すぐに振り返って銃弾を撃ち込むだけでいいはずなのに、それですべてが終わるのに、ルージュの力に逆らえなかった。

 呆気なく、カッライスの銃はルージュに奪われた。ルージュはそのまま容易く銃を放り投げる。牙を持たないカッライスにとって大切な武器が闇夜に吸い込まれていく。カッライスはその光景を見つめていることしか出来なかった。

 ルージュはそのままカッライスの手を握り締めると、軽く口づけをした。


「すっかり大きくなってしまって」


 ヘビに巻き付かれたカエルのように、カッライスは動けなかった。


「あなただけよ。大切にしまっておいたはずなのに、よりによって食べ頃に盗まれてしまった獲物は。予定が狂うって本当に腹立たしい。長い間ずっと食べるのを楽しみにしていたものを奪われて、どれだけ苛々したことか。でもいいわ。少し手の込んだ料理だったと思いましょう。ねえ、ベイビー」


 ルージュはうっとりとした声で囁き、その牙をカッライスの首筋に当てた。


「悪く思わないで。恨むなら、神様を恨みなさい。私に拾われた時から、あなたの運命はもう決まっていたのだから」


 そして、カッライスの首筋に痛みはもたらされた。


 ──いやだ。


 死への恐怖と拒絶が、カッライスにわずかな力を与えた。必死にもがき、逃れようとしながら、カッライスは自身の懐に手を忍ばせた。

 こちらの牙は一つではない。銃を失おうとも、奥の手はまだある。諦めない。まだ諦められない。焦りながらもがくカッライスの手に、隠し持っていた銀のナイフの柄が当たった。

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