#8 逢魔時
久しく味わっていなかった緊張感。
昼間戦い続けたシリュウと交代で夜間戦闘に入って数時間が経つ。四方八方に松明を灯してはいるが視界は十分ではない。遠視魔法を間断なく広げ続け、見知った魔物なら早々に叩くか見逃し、未知の魔物なら様子を見たうえで叩く。
「これは……知らんな」
ガサガサと木々の隙間から出てきたのは六本脚のツノを持つカエル……のような魔物だった。
チャキと舶刀を向け、警戒する。
さぁ、来い。
『ボーッ』
一鳴きと同時に口を開けるカエル。往々にしてあるのが口から魔法を放つタイプと、舌を伸ばしてくるタイプで、どちらにせよ遠距離攻撃なのは初動で明らか。
しかし、こいつは違った。
ビョンと六本の脚で地を蹴ったかと思いきや、猛スピードで飛びかかってきたのだ。
「うぉっ!?」
左に身を翻し突進をかわす。
ガシュッ!
空を切ったが、この噛みつきの攻撃力は侮れない。カエルの分際で口の中は鋭い牙がびっしり詰まっていた。
攻撃をかわされたカエルの目はギョロリとこちらを向いている。着地の前にまたもその大口を開け放ち、今度こそ奥から舌が伸びてきた。
刃で受け止めて斬り裂いてやろうと、俺は舶刀を縦にかまえて受け止める。思惑通りズブリとカエルの舌の先端に舶刀の刃がめり込んだ。
(このまま舌ごと真っ二つにしてくれる!)
「おらっ!……え゛!?」
突進しようと踏み込んだ瞬間、カエルの舌が急激に引っ込み、食いこんでいた舶刀ごと引き込まれてしまう。
「まてまてまて!」
持って行かれまいと必死にふんばるが、引きの強さは尋常ではなかった。
「ぐっ! なんて力っ!」
『ボーッ!』
まるで綱引きをするような構図で両者舶刀を取り合う。大事な剣をカエルなんぞに食われるわけにはいかない。俺は左手に火球を浮かべ、カエルの顔面に叩きつけてやった。
「―――火球魔法!」
ボゴォッ!
だがカエルは火球をものともせず、依然舶刀を引き続けている。よく見ると体の表面が粘液で覆われ、ヌルリとした光沢を帯びていることに気が付いた。火をものともしないのはこれが要因だろう。
(なら、これはどうだ)
俺は舶刀を持つ手に魔力を集中。その属性を火に変換して舶刀に熱を帯びさせた。
『ボーーーッ!』
不気味な重低音をノドから響かせる。刃が食い込んだままの舌先は焼けただれ、今にもちぎれそうなのだが、それでもなお舶刀を放そうとはしなかった。
(もしかして……放さないんじゃなく、放せないのか?)
カエルの舌の粘着度合いは持ち主の意のままに操れるわけではなく、これまで舌についたものはことごとく飲み込んできたのだろう。
そうこうするうちにカエルの舌先は焼き切れ、互いに綱引きから解放される。怒ったのかは定かではないが、舌を斬られたカエルは再度大口を上げて飛びかかってきた。
「そんなに食いたいなら、食わせてやる」
俺は舶刀の刃を上に、切先をカエルに向け、
『ボッ!』
一鳴きして大量の牙を剥きだすカエルの口に、赤々と熱を帯びる舶刀を突っ込んでやった。カエルは喉奥に武器を突っ込まれ、口を塞ぐ事ができずにもがいている。
そのまま口の中から舶刀を上に振り抜き、顔面の上半分を左右に斬り裂いた。
『ボッ……ボ……』
低い断末魔を上げ、カエルは消えていった。
「これが大量に出てきたら厄介だな……どれどれ」
遠視魔法を広げ、魔物が接近していないことを確認して地図の裏に書いてある魔物の一覧を見てみる。
しかし、よく探しても今のヤツは載っていなかった。
「うーむ、新種だったのか? 一応書いておくか」
俺は収納魔法から紙と筆をとり、姿形と攻撃手段、粘液の効果で火が効かなかった事などを書き記した。
そして長くも短い夜が明ける―――
「おはようございます!」
「おはよう」
ぐっすり眠ったシリュウが元気よく朝の挨拶する。片や夜通し戦いと警戒を続けた俺。合間に飯を食い、小休止も挟んでいたのでそれほど疲れてはいないが、寝床に横たわれば即熟睡する自信はある。
「なんです? これ」
シリュウは適当に置いてある飯と飲み物と一緒に、夜の内にしたためておいたカエルもどきのメモを拾い上げる。
「ぷっ……こっ、これお師がかいたです?」
「そうだが?」
「とかげ? それとも犬です?」
「……カエルだ。六本脚のな」
「くくく……なーっはっはっは! お師、絵ぇへたです! ざまぁないです!」
なんと失礼な奴か。まぁ上手いとは思ってないが、そこまで笑われるとは心外だ。ぶん殴りそうになる右手をなんとか抑え、代わりに水をがっぽがっぽと飲んで溜飲を下げる。
「ほ、ほぅ? これよりうまく描けると?」
「これよりへたにかく方がむずかしいです!」
言うではないか……その実力、見せて見ろ。
「俺が寝てるあいだにこいつらに囲まれてろっ」
「お師のじゃくてんを見切った! 今日のシィはさいきょうです!」
火に耐性を持ち、強力な粘着力をもつ舌。素手を主にするシリュウがあの舌に運よく絡めとられれば苦戦して悲鳴をあげるはず。
俺はそう願い、木属性魔法の樹霊の意思で移動させた木の上によじ登り、枝葉のベッドでふて寝した。
◇
五日目の昼である。
今日の夕刻をもって一旦ハンタースに戻ることになる訳だが、あぐらをかいて座る俺の横には手に入れた魔力核と、シリュウが狩った魔物の魔力核が山積みされている。
シリュウの魔力核は俺の倍以上あるところを見ると、俺が寝ている朝から昼のあいだもずっと狩り続けていたという事だ。一昨日辺りから未知の魔物も見なくなり、俺は迎撃もそこそこに見逃すことが多くなっていた事を鑑みても、シリュウのタフさは目を見張るばかり。
「おりゃぁっ!」
バガンッ!
『ブフォオ゛ォォォ……』
ズン
トロールは上空から頭を蹴り潰され、フラフラと二、三歩ふらついてから膝を突き倒れる。
ちなみにトロールはC級指定の魔物で、中級冒険者の登竜門とも呼ばれる有名な魔物である。どこから拾って来るのか、巨大なこん棒による攻撃と酸をふくむ吐しゃ物は、汚くも危険な遠距離攻撃で決して侮れない。
そのような相手を難なく倒してしまうシリュウの見事な蹴りに俺は舌を巻いた。
トロールを倒し、近隣に魔物の気配を感じなくなったシリュウは後ろで見物していた俺に寄り、横にちょこんと正座する。
「はごたえがないれすねぇ」
モキュモキュと歯ごたえのある干し肉を食べながら、魔物への不満を口にした。一昨日の晩に俺の収納魔法から出てきた食事は有料だった事を知ったシリュウは、俺の手持ちで最も安上がりな肉を買い上げている。
まぁ、それも借金なのだが。
「はやくおいしい肉がたべたいです」
「干し肉を笑うやつは干し肉に泣くぞ?」
美味いモノを知った者は安価な携帯食では満足できなくなる。これも人の性というものなんだろう。
小休止を挟んだシリュウはすっくと立ちあがる。俺の遠視魔法に魔物がかかったタイミングでの始動にまたもや驚かされた。
(無属性魔法は亜人のシリュウには使えないはず。相変わらずの野生の勘か)
嘆息を上げると同時に魔物の反応をよく視ると、それは初日の夜に遭遇した例の魔物だった。
「(やっときたか……しかも二匹。これは見物だな)無理はするなよ?」
「お師のでばんはもうないです!」
俺の言葉にシリュウはポキポキと指を鳴らし、力強い宣言を残して魔物の気配のする方向へ走ってゆく。
間もなく一匹に会敵し、『このカエル見たことないですっ』と叫んでいる。その嬉しそうな声は、三日ぶりに現れた未知の魔物に興奮冷めやらぬ様子だ。
一応、俺のメモを見たはずなんだが……覚えていないのか、それほどに似ていなかったのか。どうか前者であって欲しい。
俺の時と同じように、カエルの初撃はやはり口を開けてからの突進噛みつきだった。
「のわっ!? こんのうそつきガエルめ!」
この意表を突く攻撃に、シリュウも俺と同じように驚く。戦いに慣れた者ほど、この初撃には驚くに違いない。
噛みつきをかわされたカエルの次弾はやはり舌での攻撃。だがシリュウはそれもあっさりとかわし、そのままの流れで火を纏う拳でカウンター攻撃を繰り出した。
ドッ!
『ボエッ!』
吹き飛んだカエルは地面に仰向けにひっくり返り、ジタバタと苦しんでいる。
「よわいぃぃ」
がっくりと肩を落とすシリュウ。二匹目が迫っていることを察知しているのか、さっさと終わらせようと、とどめの火球を両手に浮かべた。
しかしカエルは諦めていなかった。仰向けのままグィと首を向けて口を開け、舌を伸ばしたのだ。
今度はかわすことなく、下らない攻撃だと迫る舌先に火球を向ける。
バシュン! ―――ベチョ
「あ? ……わわわっ!?」
だが火球は盾の役割を果たさず、火球を貫いた舌が掌に密着し、シリュウはものすごい力でカエルに引き込まれていく。なんだかんだで俺と同じ末路を辿った彼女を見て、申し訳ないが笑いが込み上げてしまった。
「シリュ……だいじょ、ぶか?」
「むぎぎぎ……! お師っ、なんでわらってる!? でしがたべられてもいいです!?」
「俺の弟子はゆうしゅうだからなぁ。それくらい自力で何とかするだろ」
「ゆうしゅう……そうです! シィはゆうしゅうなでしです! ―――ぬがぁっ!」
あろうことかシリュウは反対の手でカエルの舌をつかみ、その場でグルグルと回り始めた。
『ボエエエエエッ!』
「もういっぴきはそこだぁっ!」
振り回され、いななくカエルをハンマー代わりにし、すぐ近くの茂みまで迫っていたもう一匹のカエルにカエルを振り下ろした。
グシャッ!
断末魔をあげる間もなく、二匹のカエルは潰れて消えていく。張り付いていた舌から解放された彼女からいつもの高笑いが聞こえてくる。
「参ったな、これは……」
あまりの力技とその機転に、俺も笑うしかなかった。
そろそろ引き上げようと二人して魔力核を布袋に詰め込む。シリュウが得た魔力核は手持ちの布袋には入りきらないので予備の外套を貸してやり、それを袋代わりにして何とか持ち運びに成功した。
ちなみに収納魔法には魔力を宿すものは入らない。魔力核しかり、愛刀の夜桜しかりだ。入れたところで陣間空間に留まらずにすり抜け、地に落ちてしまう。なので、俺も魔力核に関しては手持ちせざるを得ない。
「ねーねーおしー?」
「……何かな?」
ニマニマとシリュウが話しかけてくる。残念ながら、用件の想像はつく。
「もしかして今のカエル、お師がかみにかいたやつです?」
「さもありなん」
ワケの分からないことを言って誤魔化す。どこかの風人のお転婆姫と違い、シリュウならこれで何とかなるはずだ。
だが、俺の回避術に興味はなかったらしい。『ん』と手をだし、紙と筆を要求してきた。嫌な予感がしたので何とか師の矜持を守るべく、できるだけ偉そうにブツを渡してやる。
「……ほら。特別にタダにしといてやる」
「ありがとうです!」
(素直に感謝だと……っく、完全に俺の独り相撲だ。シリュウめ、こんなに手強かったか?)
スラスラと筆を走らせるシリュウはさておいて、ハンタースカードの通信魔法を使い、管制室へ交代の要請をしておく。
「1E10、ジンです。青で交代願います」
《 こちら管制室。ジン・リカルド様、五日間お疲れさまでした。初回で五日間とはさすがですね。すぐに手配いたしますので、交代の者が到着するまでライン維持にご協力ください 》
すぐに応答があり、これにて狩りは終了だ。長かったような短かったような、もっと手こずる場面もあると思っていたが、収穫量に不満はないし怪我も無い。
「承知した。ゆるりと―――」
言いかけたその時、大量の鳥類が空へ飛び立ち、森の気配がピンと張り詰める。
《 リカルド様? 》
『参られよ』の言葉は、前方からの気配で飲み込んだ。




