自分に自信のない女の子をプロムに誘う方法
プロム……イギリスやアメリカなどの高校で卒業間近に開かれるダンスパーティー。男女ペアでの参加が基本であり、プロムまでにパートナーを見つけることが学生たちにとっては楽しみでもあり苦しみでもある。日本にはこんな残酷なイベントが無くて本当によかった。
「僕にパートナーなんて見つかるわけがないよ」
そう言って僕はため息をついた。ため息をつくと幸せが逃げるって言うけど、幸せなんて元から持ってないから平気だ。
僕は王立魔法学園の最上級生、ロイス・アークランド。
成績は中の上。持ってる魔力の量は多い方らしいんだけど、体が小さいからまだ魔力を上手く使いこなせていない。背が小さくて顔の方もお世辞にもハンサムとは言えない。
家も貧乏な男爵家だし、モテたためしもない。はっきり言って陰気キャラだ。
そんな僕がなぜパートナーを探しているかと言うと。
王立魔法学園では最上級生が卒業する前に、プロムという恐ろしいイベントがおこなわれることになっているからだ。
プロムとは簡単に言うと、ただのダンスパーティーなんだけど、これは貴族の舞踏会とはわけが違う。
舞踏会だったら、たとえパートナーがいなくてもひとりで参加するのも構わないし、会場に行ってからお相手を探したっていい。それに、舞踏会なら行かなくても別にいいし、男同士でバルコニーで馬鹿話をしていても一向に構わない。
でも、プロムは違う。プロムはれっきとした学園行事だから基本的には全員参加なのだ。
しかも、男子は女子をエスコートして会場に入らなければならない。
この時点でモテない男子にとっては地獄のようなイベント決定である。
もしプロムまでにパートナーが見つからなければ、ぼっち参加するしかなく、ダンスの相手も女の先生という地獄の時間を過ごさなければならない。
「プロムなんて残酷なイベントを持ち込んできた異世界人を恨みたいよ」
聞いた話ではプロムというのは異世界からやってきた勇者が持ち込んだという。
まったく余計なことをしてくれるよ。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「おい、ロイス! おまえパートナーは見つかったのかよ?」
そう言って僕に声をかけてきたのは、クラスでも人気のあるグラーフだ。顔もハンサムだし伯爵家の跡取りだから、彼のことを狙っている女の子は少なくない。
いつも僕のことを馬鹿にしてくるから正直言って苦手なんだけど、女の子には優しいからとにかくモテる。
「まだだよ」
「まだあ? おまえ大丈夫かよ? このままじゃあプロムにぼっちで参加することになるぜ」
「でも、男の子と女の子は同じ人数なんだから、ぼっちになるって事はないと思うんだけど……」
「ぎゃははは! おまえ分かってねえなあ。女の子はプロムのパートナーに学校以外の男子を選んでもいいんだよ。だから幼馴染とか友達とか、もてない女は兄貴を連れてくるやつもいるんだぜ。だが、男子は学校の女子からパートナーを選ぶのが伝統になってるからな。毎年何人かのもてねえ男子がぼっちで参加して壁際で晒しものにされるんだよ。女に相手にされなかったカス男としてな」
ただの学園行事でそんな酷い扱いなんてあっていいのかと思うけど、実際にこれがあるのである。学園カーストは貴族社会より厳しい。
「晒しものにされるのが嫌なら、とっととパートナーを見つければいいだろ。俺なんて『パートナーの申し込みを待ってます』なんて手紙が山ほど来てるぜ。なんなら余った女をロイスに回してやろうか?」
「いいよ。僕がパートナーなんて女の子に悪いから」
「嘘だよ。おまえみたいなカスに女なんか紹介するわけねえだろ。俺の取り巻きに紹介してやらないとな」
そう言って笑いながらグラーフは帰っていった。
実際、僕はプロムのパートナーが見つからなくても仕方がないと思っている。
チビだしちょっと太ってるし、こんな男子を選んでくれる女子なんて居るわけがない。もしいたとしても、僕なんかがパートナーじゃあ逆に申し訳ないとさえ思う。
このプロムは、会場の準備をするのは生徒の親たちの役目だ。
「はあ、壁際でぼっちでいる僕を見たら母さんが悲しむだろうなあ」
考えれば考えるほど憂鬱になってくる。
こうなったら、ずる休みするしかない。
実際、毎年何人かはプロムに来なかったりする。
「情けない話だけど、それが現実的かなあ」
そんなことを考えながら、僕はお昼を食べるためにいつもの裏庭に向かった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
お昼はいつも裏庭で食べると決めている僕。
しかし、普段は誰もいないのに、今日に限って何人かの女の子が裏庭にいた。
その様子がおかしいと思った僕は、とっさに茂みに隠れて様子を探る。
「あなたみたいな猫背で太った女に、パートナーを申し込んでくれる男子なんているわけがないでしょう」
「そうよ、それとも父親にパートナーを頼むつもり?」
「まさかあ、父親とプロムに参加なんてしたら、それこそ女の恥だわ」」
ひとりの女の子が3人の女の子に囲まれている。
たしかあの子はメーアだ。ひとりでいるところをよく見かけるおとなしい子だ。
少し猫背でいつも下を向いて歩いている女の子。何度か話したことがあるけど、僕みたいな男にも優しくしてくれるので少し気にはなっていた。
「ああそうだ。ロイスなんてちょうどいいんじゃない?」
「それはいい考えですね!」
「ええ、よく似合ってると思います」
なぜここで突然、僕の名前が!
どうやらメーアはプロムのパートナーに僕を選ぶよう強制されてるみたいだ。
たぶん、僕みたいな格好悪い男子と無理やりペアにして、みんなであざけ笑うつもりなんだろうな。
「でも、そんなのロイス君に悪いから……」
「何を言ってるの? メーアとロイスならお似合いでしょ?。ロイスみたいなチビと、あなたがみたいな女が一緒に踊ってるのを想像するだけ楽しそう」
メーアも気の毒に。僕みたいな男とペアを組めなんて言われても困るだろうに。
「それではプロムを楽しみにしてるわ」
「ちゃんとお願いするのよ」
「は、はい……」
メーアを取り囲んでいた女の子たちが笑いながら去っていった。
裏庭にはメーアがひとり残されている。
よく見ればメーアの肩が震えている。
こういう時にどうやって声をかけていいのか分からない。
「大丈夫?」
「えっ?」
「ごめん、さっきの話、聞いちゃった」
「あっ、そ、そうだったんだ。だったら、こっちこそごめんなさい。気分、悪かったでしょ……」
メーアがそう言いながら慌てて自分のハンカチで涙を拭う。
ああ、だめだ。こういう時にさりげなくハンカチを出せる男になりたい。
「いや、僕は言われて当然だから。こんなチビだしね。メーアさんこそ、僕みたいな男とペアを組めなんて言われて困ったでしょ?」
「えっ、そ、そんなことありません。ロイス君こそ、わたしみたいな猫背で太った女とペアを組めなんて言われても困るでしょう?」
「別に、そんなことはないんだけど……あっ、相手がいないから誰でもいいってわけじゃなくて……メーアさんはいつも僕に優しいから……」
「あ、はい……ありがとうございます。でも、気にしないでくださいね。ロイスさんには、わたしより、もっと相応しいひとがいると思いますから……」
メーアはそう言って下を向いた。
勇気を出して誘えたら。
でも、迷惑になると思うと、僕は何も言えなかった。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「どう思う?」
僕は今日あったことを父さんに話した。
父はアークランド男爵。王宮騎士団に入っている騎士だ。
若い頃は相当に強かったらしく、今でも父さんに剣の指南を請う剣士もいるらしい。
「どうもこうもないだろう。おまえがその娘を誘いたかったら誘えばいいし、興味がないんだったら声をかけなければいいだけの話だ」
「メーアは優しい子だし僕は誘いたいけど、迷惑にならないかと思って」
「だったら、迷惑にならないようにすりゃあいいじゃないか。おまえに教えといてやる。女に自信を持たせてやるのは男の仕事だ。どんなに自分に自信のない娘でも、男から自信をもらえば輝くに決まってるんだ。輝いていない女がいるとすれば、それは男の責任だろうよ。だからおまえが彼女を輝かせてやればいい」
「僕にできるかな?」
「おまえは誰の息子だと思ってんだ? 俺の息子なんだから出来るに決まってるだろ。言っとくが、女に自信を持たせてやりたかったら、まずおまえが自信を持たないとだめだ。おまえが持った自信の大きさが、彼女に持たせてやれる自信の大きさになる。だから自分を鍛えろ。彼女のためにな」
父さんはそう言って僕に剣を手渡した。
その剣は父さんが若い頃からずっと大事にしてきた聖剣だ。聖剣デュラダルだ。
「これは?」
「おまえにやる」
「いいよ。聖剣なんて僕にはもったいない。それに、僕は剣士としては全然だめだから」
「そんなことはない。おまえには言ってなかったが、俺も背が伸びるのが遅くてな。母さんに追いついたのも騎士学校を卒業してからだった。それまでは母さんにもチビだとよくからかわれたもんさ」
「ひどいね母さん」
「ああ、ひでえ。あとで聞いたら『好きな子をいじめるアレよ』とか言ってたがな」
「でもそれから強くなったんでしょ」
「聖剣と出会ってから一気に強くなった。俺の魔力と聖剣の相性が良かったんだろ。だからおまえも相性いいんじゃねえか?」
父さんがくれた剣が僕の手の中で震えている。「抜いてみろ」という父さんの言葉に、僕は剣を抜いて頭の上に掲げてみた。
ブオオオオンンン!! という音とともに、剣から紅い焔が湧き上がってくる。
「それみろ。いや、いいどころか俺の時よりも焔が大きくなってやがる。どうやら聖剣デュラダルは俺よりもおまえの方がいいらしい」
その日から、僕は毎日のように父さんと剣を振った。
手の平に血が滲んでも、皮が破れて肉が見えても、歯を喰いしばって聖剣を振り続けた。
身体を鍛え、本を読んで、メーアに申し込めるような男になるために。
そして、剣の腕が少しづつ上がった頃、僕の背も伸び始めた。
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
「メーア、僕のパートナーになってくれないかな?」
僕の言葉にメーアは口をあけポカンとしている。
まわりの人達も何が起こったのか分からないといった顔だ。
「うそ?」
「ロイス君、わたし狙ってたのに」
「ロイス君、すっかりカッコよくなったもんね」
「今のロイス君とメーアじゃね」
まわりの言葉を耳にしたのか、メーアは申し訳なさそうな顔で僕に言う。
「あ、あの……とても嬉しいんですが……わたしなんかじゃ……」
「でもメーアがいいんだ。僕が頑張ってきたのはメーアのためだから。お願いします。僕のパートナーになってください」
「あっ……は、はい」
こうして僕とメーアは一緒にプロムに参加することになった。
まわりで色々と言ってるやつもいるけど、そんなの関係ない。
毎日身体を鍛えて、剣を振っているのは、全部メーアをプロムにエスコートするためだったんだから。
「ロイスさんは凄いです。いっぱい努力して……聖剣の持ち主にまでなって。今では誰もロイスさんのこと馬鹿にはしてません。今や女の子の憧れですよ」
「うん、これもメーアのおかげだよ」
「えっ? わたしのおかげ?」
「そうだよ。メーアが恥ずかしい思いをしなくて済むように」
「そんな……わたしなんかのために……」
「だからこれからも努力するよ。プロムまではまだ時間はあるからね」
メーアは涙を浮かべて僕を見た。
あの自信のないメーアが、まっすぐに僕を見て言う。
「わたし……ロイスさんに相応しい女の子じゃありません……でも、努力します。わたしも、プロムまでに……少しでもロイスさんに相応しい女の子になれるように……」
◇◇◇ ◇◇◇ ◇◇◇
プロム当日、男子は学園に早めに来て、馬車に乗ってやってくるパートナーを迎えなければならない。
だからこの日ばかりは、学園の門のところでは多くの馬車がやって来る。
格式の高い貴族の令嬢は、豪華な馬車で登場してまわりを驚かせる。
そんな中、古い馬車がゆっくりと学園に入ってきた。
僕はその馬車の前に進み出た。
男の人が馬車を降りてきた。
「ロイス君かね?」
「は、はい」
「今日は娘をエスコートしてくれて有難う。君のおかげで娘にとっては一生の思い出ができたよ。父親として心から感謝する」
「メーアのお父さんですか?」
「そうだ。それにしても、我が娘ながら男を見る目があり過ぎる。聖剣デュラダルの持ち主とは」
そう言ってメーアのお父さんは馬車の扉をゆっくりと開けた。
「もちろんですよ、お父様。ロイスさんはわたしが心惹かれた方なんですから」
そう言って笑みを浮かべながら馬車を降りてきたメーアを見て、まわりからは「おお!」と感嘆の声が上がる。
陶器の人形を思わせる白い肌。濡れたような黒い髪にまっすぐな鼻筋。
そして、形のよい豊かな双丘と抱けば折れてしまいそうな細い腰。
そこには、大きな胸を気にして猫背で歩いていた少女の面影はどこにもなかった。
これがあの、自信がなくいつも下を向いて歩いていたメーアなのか。
「綺麗だ……」
僕はそう呟いたまま、メーアから目が離せなくなった。
たしかにメーアが努力していたのは知っている。
傍で見ていても涙ぐましいくらいだった。
でも、これは、綺麗なんてものじゃない。まさに芸術品だ。
「ロイス君、娘が困っているよ」
「あっ、ご、ごめんなさい。あまりに美しいので……」
「娘が美しくなったとしたら、それはロイス君のおかげだろうな。こればかりは実の父親がいくら褒めても無理なのだ。娘にとっては君の言葉が何よりの自信になるのだから」
その言葉を聞いてにっこり微笑むメーアに、僕はあわてて手を差し出した。
「ありがとうございます」
「もう猫背じゃないね」
「はい、母が『自分がプロムの主役だと思って歩きなさい』と。」
「とても綺麗だ。他の男に見せるのが勿体ないくらいだよ」
「良かった。でも、ロイスさんは見るだけじゃ駄目ですからね」
「えっ? それはどういう」
「こらこらメーア。あんまりロイス君を困らせるな。すまんなロイス君。この年頃の女の子は男子より進んでいるのだ」
そう言ってお父さんは笑って言ってくれた。
でも、堂々としたメーアは美しいうえにかっこいい。
こんな美女をエスコートできるなんて僕はなんて幸せ者なんだろう。
「ロイスさん、また背がのびました?」
「うん、ようやく成長期がきたみたい。もうクラスの中で一番高くなったんだよ」
「とてもかっこいいです。でも、あんまりカッコよくなると心配です」
「それはこっちのセリフだよ。今のメーアを見てると心配だよ」
「ふふ、わたしはロイスさん以外の男性にはいっさい興味がありませんから」
こうして僕たちはまわりの羨望の眼差しの中、プロムの会場に入っていった。
会場に入ると、いっせいにものすごい感嘆の声があがる。
メーアを褒めたたえる声。僕を見て嫉妬する男子。
「みんな君を見てるね。ちょっと心配だ」
「女の子はみんなロイスさんを見てますよ。今や学園で一番かっこいい男の子ですし、聖剣に選ばれた未来の勇者様ですから」
プロムのあいだもメーアはまわりの男子の視線を一身に浴びていた。
グラーフも、それからメーアに意地悪していた女の子たちも、みんなメーアに目を奪われている。
そして、最後のダンスが始まった。
僕とメーアはいつのまにか会場の真ん中で踊っている。
みんな遠慮しているのか、誰も僕らのまわりにはいない。
「あの日、勇気を出してメーアを誘ってよかった」
「はい。わたしもロイスさんに誘われた日は眠れませんでした。わたしなんかでいいのだろうかと、ずっと悩んでました。でも、あなたがわたしに自信をくれたんです」
「それが男の仕事だと父に言われたからね」
僕の腕の中で軽やかに舞うメーア。
その可憐さと妖艶さは見てるだけで胸がつまりそうだ。
だけど、僕はもう一度、勇気を出さなければいけない。
この腕の中の天使を、僕のものにするために。
「メーア」
「はい」
「愛してる。僕と結婚してほしい」
メーアの足が止まった。
僕の胸に顔をうずめて肩を震わせている。
「メーア」
「……少し、待ってください……きっと、ひどい顔をしています……」
「構わないよ」
僕がそう言うと、メーアはゆっくりと顔をあげてくれた。
「あんまり見ないでください……」
涙がこぼれているメーア。
でも、それがまた愛おしい。
「わたしもです……わたしもロイスさんを愛しています」
「じゃあ結婚してくれるかい」
「はい」
その言葉を聞いて、僕はメーアを力いっぱいに抱きしめた。
ダンスの音楽はいつのまにか止まっていて、まわりからは大歓声があがっている。
あのグラーフも親指を立てて笑っている。僕もグラーフに笑ってみせた。
みんなが僕らを祝福してくれている。
そして、みんなの拍手の中で、僕はメーアにキスをした。
最後までお読みいただきありがとうございました。
山梨のある高校では男子が100キロ程の道のりを歩くという過酷な行事があり、その時に女の子は好きな男子にお守りを渡すという風習があるのだとか。過酷な行程を歩ききった男子はゴール地点でリンゴを貰うことができ、お守りをくれた女の子にそのリンゴをお返しする。そしてリンゴを貰った女の子はさらにそのリンゴでアップルパイを作って2人で食べるという、プロムも真っ青な胸キュンイベントだそうで。参加したいようなしたくないような。