とある荷物運びの退職事情
「シェル、お前、今日でクビな」
騒がしい酒場の一角でそんな一言が響く。
まぁ、言われてるのオレなんだけどね。
「はぁ……そうですか…」
「役立たずのポーターなんか外して新しいメンバー加えるってのをやっとラルフもわかってくれたわけだ!」
オレにそう言ってるのはうちのパーティーの前衛を務める槍使いのウォルフ。金髪碧眼の優男で、槍だけならギルドで割と上位のランクにいる。ただ、ちょっとわがまま。あと、若干頭悪い。
「………」
奥の席で無言を貫いてるのはうちのリーダーの剣士で名前はラルフ。オレの幼馴染。若干くすんだ灰色の髪で黒い瞳の目つきが鋭いマッチョマン。無駄にデカイ身長で、人様と比べて若干……いや、相当背丈の低いオレが並ぶと大人と子供というか、巨人と小人。何度か背を分けてくれって言ったらめちゃめちゃ困ってた。そのゴツい身体つきと目…というか……うん、悪人面だよね……のせいでよく子供に泣かれるのが悩みらしい。
オレことシェルは、所謂冒険者…のお助け役。荷物運び(ポーター)をしている。自重の5倍強を抱えても平気な[大きな手袋]というスキルを所持していて、バカでかいリュックを背負って荷物を運ぶ仕事をしてる。あと、[解体の妙手]というスキルがあって仲間が仕留めた獲物を素早く解体する仕事もしている。
アイテム管理、解体、荷運びが主なポーターの仕事。まぁ、パーティーの経理やその他雑事なんかもしてるけど。
至るところ細くて華奢な身体。荷物以外は非力。スタミナと逃げ足は十分だけど、戦闘はムリ。茶色の髪と若干釣り上がった茶色の瞳。よく猫とか言われる。
「別に役立たずと思ったことは無かったが…」
そういう鬼人族の女大剣使いバーシー。
赤銅色の肌に鋭い赤の瞳。黒い髪を後ろで束ねて背中の真ん中あたりまで伸ばしている。思わず姉御と呼びたくなる外見。メンバーではラルフと同じくらいの怪力でこの前ゴブリンの頭を握りつぶすのを見た。
でも、ラルフは子供に怖がられるのにバーシーは好かれるんだよな。なんでだろ?
「…シェル、明日からは同行は要らない」
「そうなの?ラルフ」
「付いてこられると迷惑なんだ……」
迷惑なのか……いやまぁ、理由はなんとなくわかってるけど…
「荷物の管理とかは?」
「魔法使いで[アイテムボックス]が使えるヤツが加入することになってる…元々支援担当だったらしいから心配はいらない。解体はオレとバーシーができる…」
[アイテムボックス]は荷物を亜空間に放り込める付与魔法だ。カバンや袋に付与して荷物を入れても重さを感じず、大量のものを持ち運びできる。
確かにそれがあればオレの代わりはできるか……
「魔法使いって女性?」
「バーシーの知り合いの男だ」
「ちなみに、ソイツはすでに結婚してる……」
「結婚してるのに前線復帰ってなんだか申し訳ないなぁ…」
付与術師とも呼ばれる付与魔法の使い手は、基本、マジックアイテムを作って販売することで生計を立てる人が多い。中には前線に立って戦闘もこなす人もいるが、基本は結婚したらお店を構えたりアトリエを持ったりしてる人がほとんどだ。
「最近、嫁と喧嘩してるから冷却期間が欲しいとか言ってな……」
「それ、離婚とかの問題になったらオレらのせいとか言われそうなんだけど…」
「嫁のほうの意志も確認したが、ホントに下らない喧嘩の原因なので少し頭を冷やしたいとのことだ」
「原因何なの……」
「目玉焼きにかけるソースの問題らしい…」
あぁ……戦争だわ、それは……ちなみに、ラルフとオレは塩コショウ、バーシーは醤油、ウォルフはマヨネーズ。
…オレ、ウォルフのマヨネーズって選択はわかるけど真似できねぇからなぁ…わかるんだよ、卵と卵だから相性がいいのは。だけど、なんだろう…かけ合わせちゃうの!?って気分が抜けないというか…
「ぅおい!だからクビって話なのになんでそんな和やかに話してんだよ!!」
「…?何が???」
「役立たずクビにして追い出すって話だろうが!!なんで仲良くお話続けてんだ!!」
ウォルフが突然キレ始めた……
「さっきからなんでそんな煽り口調で勢いつけてるんだ?突然切れる若者か?」
「歳んな離れてないだろうが!!」
「ラルフと同い年だからお前より4つは上だぞ」
バンバンと机を叩きながら何故か怒り狂うウォルフ。
「リーダーと幼馴染だからって囲ってた役立たずを引き止める必要がなくなったからクビって話なんだろうが!!」
「違うぞ」
「は?」
ウォルフの言い分にノーを出すラルフ。
「今回のはそういうことではないし、クビと言っていいのかよくわからないが離脱という話はあってる」
「クビというか…退職勧告だな」
ラルフとバーシーが説明してる。
まぁ、正式に話したのこの二人だしなぁ……
「事情があって最低2年は無理…いや、その後も復帰はできないか…おそらく」
「してもらっても困る」
復帰を断固拒否するラルフ。そこまで頑なに言いますか…
「…ど、どういうことだ?」
「あー…、ラルフ、バーシー。こいつ多分気がついてない」
オレも客観的に見てそうだとは思えない外見だとは思っている。だから、気がついたバーシーはすげぇなって思ったし。いや、まさか匂いとはなー……そこはなー…
「ぬ?そうか、そういうことか…」
「……すまん、わからん……どういうことだ?」
バーシーはわかったけど、ラルフはしかめっ面…いや、それいつもか。ウォルフに至っては混乱してる。
「ウォルフがシェルに噛み付くのは気がついてないからか」
「あと、オレがバーシーに近いからじゃね?」
「何!?いや、私にも許婚者がいるからそういう関係は勘弁してもらいたいのだが!?」
「は!?は!?」
新しい情報だったらしい。いや、オレ知ってたけど。何なら顔合わせもした。ちなみに、クロガネさんって鍛冶師な。バーシーの大剣作った人。
「『オレが作った獲物なら大事な人を守ってくれる』とか言って他の人の武器使わせないんだよな」
「やめてくれ……色々恥ずかしい……」
武人な大女の羞恥赤面というレアなものがオレとラルフをほっこりさせる。
「ウォルフってオレらと宿違うじゃん?だからオレと遭遇率低いから気が付かないんだろ。トイレとか風呂とかで普通気が付くし…オレも間違えやすい外見してるから多分気が付かなかったんだろ」
「……一体どういうことだ…??」
「ウォルフ、オレ、妊娠3ヶ月なんだ」
「……は?」
「この前、医者に行ってきて確認した。だから、ラルフにおとなしくしとけって。子育てに専念って言われたんだ」
「……え?」
そう、オレことシェルは女だ。田舎で父子家庭に育ったからか、口調はこの通り男勝りだし、出るとこも引っ込むところも無い体型だからよく間違われる。そんなオレの幼馴染のラルフはオレの性別は昔から知ってる。そして、強面で友達が居なかったラルフに懐いてた唯一の異性がオレ。悪人面してる癖に優しいところとか、ドデカイ手で妙に小器用なところ、実は愛剣に名前をつけて大切にしてるとことか色々知ってるせいか気がついたらコイツに恋してたチョロいオレだったわけで。まぁ、コイツはモテないモテないと言いつつ、ギャップからクラっと来ちゃう女が多いのだが。所謂無自覚モテ男だ。おかげで大変苦労したが、なんとかゴールインして妊娠発覚。この前、ラルフと家を買った。
やっと資金も溜まったし辞めた後の仕事先も見つけたからスケジュールがちょっと大変だったぜ…
「できれば生まれるまで仕事するなと言いたいが…」
「オレの性分だからな」
「いや待て待て待て待て!?!?!?お、女!?シェルが!?」
大慌てのウォルフ。やっぱ気がついてなかったか。
「ちなみに、出会った頃からラルフと夫婦だぞ」
「これが終わったら結婚しよう、なんて変なフラグを立てる前に結婚した」
「はぁーーーーーー!?!?!?!?」
ちなみにプロポーズはラルフに言わせた。言うまで待つツモリもあったけど、変にウジウジしてんなーって時期があって、酒で口を割らせた。その後めちゃくちゃセッk(略
ついでに、バーシーがオレを女と気がついた原因の匂いは事後だったわけで…いや、そこで気が付くとは思わねーよ……ちゃんと風呂入ったよ……
「だから、言ってみれば寿退職だな」
「で、穴埋めが決まったからその話をするための場だったわけだが…」
「ラルフ、ラルフ……ウォルフ、白目剥いてる」
「そこまでショックだったのか…」
ショックを受けたのは果たして、オレが女だったからか、それともオレとラルフが結婚してる事実か、オレが妊娠してる事実か、バーシーに婚約者がいることか、それともメンバーの中で唯一の相手居ないということか…
「とりあえず、そう決まったので今後は家で大人しく子供を育ててくれ」
「バーシー、コイツにチョロい女が纏わりつく可能性あるから注意してやってくれ」
「了解した。クロガネの周囲は任せた」
「だから、こんな強面のモテない男の周りに女が来るはずが無いだろう?」
「強面のお人好しの無自覚男が相手だとお互い苦労するよな…」
「私もいっそ子供を作るべきだろうか…」
オレのこの後の仕事先、クロガネさんとこの武器屋だからな。クロガネさんもラルフもホント無自覚にフラグ立てるからチョロい女がチョロチョロして困る…いや、まぁ、そこに惚れた女二人がオレたちな訳であってそこが悪いとは言わないんだけど…
「…ウォルフはどうする?」
「…部屋に放り込んでおけば?」
「どうせ後でやけ酒に入るだろう、このまま放置しておこう」
「かな」
ウォルフも実のところ、このおバカなところがかわいいと言ってる人はいるんだけどなぁ……年上は嫌だ!って言ってるから嬢の連敗記録更新中なんだが…ぶつかればいいのに。…他人だからそう言えるんだろうなぁ…
シェル…24歳女性。荷物運び。男勝りな言動にツンツンのブラウンヘアー。一見少年のように見えてしまう女性。パーティーリーダーのラルフの幼馴染にして妻。肉食系女子。尚、告白からの初体験までシェル主導だった。その後ベッドでは常に連敗中。この度めでたく子供ができたので退職。武器屋の店員をしつつ旦那の帰りを待つことに。
ラルフ…24歳男性。盾と常人は両手で扱う両刃剣を使うパワーファイター。でかい図体と鋭い目つき、鬼人族より鬼らしいと言われる悪人面に近い強面。その反面、優しい紳士。そのギャップからか、接したことのある女性ファンが結構いる。子供好きだが子供から怖がられるのが悩み。シェルの幼馴染で旦那。子供が生まれて怖がられるのを恐れてたが、できた子供は母親に似たのか懐いてくれて大満足。
ウォルフ…20歳男性。槍の使い手。金髪碧眼の優男で一見モテそうに見えておバカな言動が多く、所謂三枚目扱い。ギルドの担当受付嬢がそこを可愛いと言ってくれている(本人の居ない場所で)のだが、「年上は嫌だ!」の言動で告白まで至らないでいた。本編のあとやけ酒して二日酔いでヘロヘロのところを介抱してもらって良い雰囲気になる。
バーシー…22歳女性。鬼人族の女性。イメージとしては女武士。筋骨隆々だが整った顔。大剣を振り回して薙ぎ払うのが得意。許婚者の鍛冶師クロガネがいる。目下悩みはクロガネより料理が下手。決して料理ができないわけではないが、雑というか細かい調整が下手くそ。ちまちまシェルから習っているがクロガネが作るほうが美味しいので女としての教示が云々カンヌン。
元々、漫画のプロットとしてあったものだけど、描くこと無くて放置してあったので供養のためにアップ。