埴輪剣風帖
キャラクター名の誤植を修正しました。
「フレー、フレー、と・も・え!」
兵士たちの最前列で声援を送る埴輪。その声に応えるように、樋口の攻撃は鋭さを増す。
「だがまだだ、まだ終わらぬよ」(注1)
武藤は拳に破力拳の気合を込めて、樋口の刃を受け止め続ける。幾つかの斬撃を受け止め、躱して、武藤は樋口の懐に飛び込んだ。振り上げた樋口の薙刀が振り下ろされる前に、武藤の必殺の気合が込められた拳が唸る。
「破力拳アッパー!」(注2)
武藤の拳が樋口の胴を目掛けてせり上がる。彼女はその攻撃の危険性を察知すると、反射的に後ろへ倒れ込んだ。武藤の拳は空を切り、放たれた破力拳は天に向けて昇って行く。遠目からは、さながら昇龍のように見えた。
「危ない技を持っていますね」
草原で後転して、樋口は蹲踞の姿勢(注3)で薙刀を構えている。
「今のを躱すとは、大したものだ」
武藤も間合いを保って慎重に構えていた。
「鞆絵ちゃん、危なかった」
埴輪が樋口の心配を口にする。
「他人の心配より、自分の心配をした方がいいな」
「はにゃ?」
埴輪の背後に和哉が出現すると、素早く埴輪を羽交い締めにした。
「やだ、どこ触ってんの、エッチ」
攻撃ができない為、口撃を始める埴輪。和哉は心が傷つきながらも、その仮面に手を掛ける。
「曲者だ、捕らえろ」
漸く事態を認識した兵士たちが和哉を取り囲むが、埴輪を人質に取った為に遠巻きに見守るしかできない。
「この埴輪が何者か知りたいだけだ。最も簡単なのはこのまま首をへし折って、こちらに連れて行く方法だがな」
「和くん、いつからそんな怖いこと言うようになったの? お姉ちゃん、悲しい」
その言葉に和哉は硬直する。このような台詞を放つのは、和哉の記憶の中では一人しかいなかった。
「まさか、喜久姉か?」
和哉の二つ上の女性で、幼馴染みの近所のお姉さん、それが喜久姉こと井ノ元喜久代だ。埴輪の仮面が落ちて、素顔が露わになる。和哉の元の年齢に相応しい年上の女性。
「……俺は、その年齢で甘ロリ声が出せる喜久姉が怖いよ」
「和くん、女性に年齢の話をするのは良くないよ」
にこやかに笑う妙齢の美女ではあるが、和哉はその静かな怒りに気圧される。
「ねえ、和くん、いつまでお姉ちゃんにこんなことしているつもりかな?」
「喜久姉、ゴメン!」
和哉は羽交い締めを解き、彼女を軽く突き飛ばすと、すぐに隠密行動で身を隠した。
「お姉ちゃん、怒ってないから(注4)出ておいで」
地面に落ちていた仮面を拾い上げて再び着用する彼女に、和哉は本気で怯えていた。柔らかい物腰ながら、幼い頃から手酷く懲らしめられていた為、条件反射と言っても良いぐらいだ。彼女の怒ってないは、これから怒りますと同じ意味というのも経験則として刷り込まれている。
「和くん?」
呼び掛けにも応じず、和哉は自陣に遁走していた。
「和哉、どうだった?」
戻って来て姿を見せるなり、肩で息をする和哉を見て、佐藤が問い掛ける。顔面蒼白の和哉の様子から、緊急事態かと佐藤は身構えた。
「き……、喜久姉がいた」
「喜久姉って、まさか……?」
「しかも、怒らせた」
和哉の話を聞いて、佐藤も頭から血の気が引く思いだった。古い付き合いの佐藤も、喜久姉の怖さを身を以て知る一人だ。
「ここは武藤に頑張って貰って、撤退させるしかないな」
「ボクは、どうすればいい?」
事態を把握できないクリスが問い掛けて来る。和哉はその姿を見て、幾分か落ち着きを取り戻した。
「クリスはここにいてくれ。俺と竜也で向こうに迂回して掻き回して来る」
二人で敵陣の右側から攻め立てる算段だ。和哉の先程の行動から警戒は強まっているだろうが、それでも混乱を招ければいいと考えている。
「じゃあ、行って来る」
ブレザー姿の和哉と、メタルスーツの佐藤という珍妙な取り合わせで二人は敵陣に向かった。
「しかし和哉、その格好で行くのか?」
「そうだな、着替えて行くか。こんなこともあろうかと、コンバットスーツを用意していた」
「本気かよ」
「焼着!」
佐藤が驚いている目の前で和哉は変身する。この間、僅か一ミリ秒。それではその変身プロセスを、もう一度見てみよう。紅蓮の炎が彼の身を包んでいる制服を焼き尽くすと、その炎が赤く輝くメタルスーツへと変貌する。あらゆる攻撃を跳ね返す、無敵のヒーローだ。
その頃、武藤は劣勢に立たされていた。薙刀に対して善戦したものの起死回生の破力拳アッパーが不発に終わり、以後は防戦一方になっていたのだ。
「すまぬ、和哉……」
薙刀の石突きで腹部を強打され、地面に跪いた彼に向け、樋口は高々と薙刀を振り被る。
「とどめよ!」
「「ちょっと待ったー!」」
「誰?」
今まさに武藤の首を落とそうとした樋口に、制止の声が掛かる。視線を動かすと、輝くメタルスーツを着用した二人の人物が背中合わせで立っていた。
「電子刑事バン壱號」(注5)
「同じく電子刑事バン弐號。武藤、助けに来たぜ」
ビシッと決めポーズの二人ではあったが、武藤も樋口も絶句していた。
「さあ、ここからは俺たちが相手だ」
素早く武藤を保護して退がらせる。和哉は光線剣を油断なく構えた。そこへ兵士たちを率いて埴輪姿の喜久姉が駆け付けて来る。
「和くん、お姉ちゃんに謝りなさい!」
「本気かよ」
佐藤も実際に目の当たりにして思わず怯んだ。
「怯むな、剣を構えろ」
和哉の叱咤に、佐藤も光線剣を構える。
「行くぞ、電子刑事バンの必殺技、F5アタック!」(注6)
和哉と佐藤の連続攻撃に、周囲は眩しい輝きに包まれる。刹那、巨大な爆発が起こった。
「……和くん、たっちゃん、お姉ちゃん、絶対に許さないからね」
爆発が収まると、そこには傷付いた喜久姉と、樋口だけが残っていた。二人は刺し違えて果てる。
「逃げたか」
この後、砦を占領した和哉たちではあったが、勝利の余韻には浸れなかった。
声の想定
・桐下 和哉 鈴木達央さん
・聖女クリス 小林ゆうさん
・ジョアンヌ 河瀬茉希さん
・モリモット 関智一さん
・武藤 龍 玄田哲章さん
・尾藤 大輔 稲田徹さん
・佐藤 竜也 櫻井孝宏さん
・山岡 次郎 下野紘さん
・藤井 照美 伊藤かな恵さん
・藤井 羅二夫 うえだゆうじさん
・佐藤 由貴 芹澤優さん
・ペンテシレイア 日笠陽子さん
・樋口 鞆絵 喜多村英梨さん
・井ノ元 喜久代 丹下桜さん
注1 まだ終わらぬよ
言わずと知れた『機動戦士Zガンダム』の登場人物、クワトロ・バジーナ大尉の台詞である。シロッコとハマーンに追い詰められ、モビルスーツ百式の手足を失いながらも諦めなかった。
何故なら、彼こそがシャア・アズナブルその人だからだ。
注2 破力拳アッパー
昇龍拳ではない。
武藤の破力拳は本来、侠気を飛ばす技だが、この技はその侠気を拳に乗せて放つ威力抜群の技で、当たった相手は廬山の果てまで飛んで行くと言われている。
なお、『餓狼伝説』のジョー・アズマが使う「ハリケーンアッパー」とも無関係である。
注3 蹲踞の姿勢
蹲踞の姿勢は二種類ある。
一つは相撲や剣道のように爪先立ちから膝を曲げて、踵の上にお尻を乗せるしゃがんだ姿勢。
もう一つは片膝を地面に付ける姿勢で、本作ではこちらの片膝立ちを蹲踞としている。
注4 怒ってないから
女性のこの言葉を信じて痛い目に遭った男性は数知れず。
うん、そうなんだ。この言葉は、今から怒るからねという予告合図なのである。
なお、怒った時には「もういい」という言葉が出るので憶えておこう。
注5 電子刑事バン
これも、かなり古いネタである。
元ネタは「電子掲示板」の誤変換である。
注6 F5アタック
Dos攻撃、相手は過負荷によりダウンする。
アインズは使えない。