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御前試合

 キャラクター名の誤植を修正しました。

『遂にあのともえ御前が出陣!』


 朝稽古を終えて和哉が食堂に戻ると、黒山の人だかりが出来ていた。壁に貼られたそれは新聞だ。

「山岡、頑張っているようだな」

「かみにーさまの記事ですぅ」

 武藤、照美らも集まって来た。和哉は壁新聞の記事の中で、謎の埴輪が気になったが詳細不明としか書かれていない。

「今日の相手は巴御前だ。気合入れて行こう」

 出陣の割り振りは北方に和哉、クリス、佐藤、武藤、南方にはジョアンヌ、モリモット、尾藤だ。

 藤井姉弟には留守番を担当させる。

「娘が来たら、必ずこの手で捕まえる」

 佐藤は気合が入っているのだろう、握り拳を固めていた。

 出陣する全員の頭の中にラジオの音声が流れる。

「藤井ラジオによる、藤井ラジオの為の、藤井ラジオのオールナイト藤井!」

「朝っぱらから、あいつは何を言っているのだ?」

 武藤の感想は辛辣だった。

「はい、それでは本日最初のお葉書は、大原(おおはら)辺蘇(へそ)下郡煙蛇(けむじゃ)四十槍幡(しじゅうやりまん)字六ノ九(注1)にお住まいの、吉北弥太郎さんから頂きました」

「どこだよ、それ……?」

 とんでもない地名もあったものだ。

「僕は死にません(注2)と言いたいところですが、既に死んでしまったので情けないと言われていると思います」

 ラジオが淡々と葉書を読み上げる。

「おお勇者よ、死んでしまうとは情けない」(注3)

 和哉たち転生組が思わず噴き出した。

「そこで死んでしまったみんなを元気づける曲をリクエストします。『ぼくらはみんないきている』(注4)ではなく、もっと元気が出る曲です」

 転生組が再び失笑する。

「それでは聞いて頂きましょう、『テラズッキン』(注5)をどうぞ」

 歌の途中に御経が挟まる斬新な音楽を聞かされて、兵士の何人かが昇天した。

「洒落になってないぞ」

 行軍して離れるとラジオの音声は聞こえなくなった。彼は一日中、あの放送を続けるつもりなのだろう。

「砦が見えて来たな」

 先頭を行く武藤が呟く。砦の前には既に敵兵が整列し彼らを待ち構えていた。そのまま何事もなく和哉たちは砦の前の敵兵と対峙する。今回は小手先の誤魔化しが効かない、正面衝突になりそうな様相だった。

「集団戦か、体育祭の騎馬戦(注6)みたいにはいかないだろうな」

「あれほど単純ではないだろう」

 メタルスーツを着用した佐藤の表情は窺い知れないが、それでも緊張した雰囲気ではない。

「ボクは下がっていた方がいいかな?」

 クリスは戦気の高まりを感じて自主的に離れようと提案した。しかし和哉は首を横に振る。

「俺たちが守るから、安心してくれ」

 真摯な表情の彼を信じてクリスは微笑んだ。

「うん、信じるよ」

 惚気ている二人を余所に、戦場は緊迫した雰囲気に包まれつつあった。

「やあやあ遠からむ者は音に聞け、近くば寄りて目にも見よ」

 敵兵の中から薙刀を抱えた女性が進み出て来る。どうやら巴御前と呼ばれるのが彼女のようだと、一同は瞬時に理解する。

「我こそはブリュンヒルデ陣営に於いて薙刀を使えばその人ありと言われる樋口鞆絵なり。居並ぶ御歴々の中に我こそはと思う者があれば、いざ尋常に勝負、勝負!」

 薙刀を華麗に振り回して、ビシッと見事な構えを取る樋口。彼女の名乗り(注7)に感銘を受けた武藤がごく自然と前に出る。

「我こそはシュガー四天王が一人、武藤龍なり。鞆絵御前の名乗りに感銘を受けた。いざ尋常に勝負!」

 武藤の真っ赤な胴着に対して、樋口は頭に鉢巻きを締め、白の胴着に襷掛けをして紺の袴姿だ。彼女は薙刀を小脇に抱えて走り寄って来る。武藤も小細工なしに走り出した。

「あの女性、どこか見覚えがあるんだけどな?」

 メタルスーツの佐藤が首を捻っている。一騎討ちになった行きがかり上、兵士たちは勝負の行方を見守るだけだ。

「頑張れ、頑張れ」

 敵陣の最前列中央では綿襖甲を着け、目と口の部分に穴の開いた仮面を被った埴輪のような人物が樋口を応援している。和哉はその隣に馬の埴輪(注8)を幻視した。

「はにゃ~、鞆絵さん、頑張れー」

 埴輪の応援を受けて、樋口の薙刀が鋭く煌めく。

「はあ!」

 武藤が気合を入れて拳を突き出し、薙刀の切っ先を拳頭で受け止めた。

「ほえ~」

 驚いたように埴輪が叫んでいるが、今度は和哉が首を捻る。

「いや、まさか」

 埴輪の発する口癖に聞き覚えがあるような気がするものの、それは幼少期やごく最近に視聴したテレビ番組の影響だと思い込もうとした。

「フレー、フレー、と・も・え!」

 埴輪の応援の仕方はどう見ても現代的である。和哉は意を決した。

「竜也、あの埴輪の正体が気になるから確かめて来る」

「確かに、おかしな埴輪だな」

 佐藤も時代に合わない言動が気になっていた一人だった。

「クリスはここで待機だ」

「分かったよ」

 微笑むクリスを置いて、和哉は行動を開始する。

「しかし、どうやって近づくつもりだ?」

「心配するな。こんなこともあろうかと、隠密行動も訓練していた」

 言うや否や、和哉の姿は掻き消える。

「和哉、恐ろしい男だ」

 佐藤はそれから戦場に意識を戻した。娘の姿はなく、薙刀を振り回す樋口と、それを掻い潜り徒手空拳で互角の闘いを演じる武藤の熱戦が繰り広げられている。

「剣道三倍段(注9)と言われるんだがな」

 佐藤の呟きは虚空に吸い込まれた。

声の想定(ボイスイメージ)

・桐下 和哉   鈴木達央さん

・聖女クリス   小林ゆうさん

・ジョアンヌ   河瀬茉希さん

・モリモット   関智一さん

・武藤 龍    玄田哲章さん

・尾藤 大輔   稲田徹さん

・佐藤 竜也   櫻井孝宏さん

・山岡 次郎   下野紘さん

・藤井 照美   伊藤かな恵さん

・藤井 羅二夫  うえだゆうじさん

・佐藤 由貴   芹澤優さん

・ペンテシレイア 日笠陽子さん

・樋口 鞆絵   喜多村英梨さん

・応援する埴輪  丹下桜さん



注1 大原県辺蘇下郡煙蛇村四十槍幡字六ノ九

 作者が温めていた架空地名の一つ。意味を深く追及してはならない。


注2 僕は死にません

 ドラマ『101回目のプロポーズ』で武田鉄矢が演じる星野達郎が、お見合い相手の矢吹薫(浅野温子)の「再び恋人を失うのが怖い」という台詞に対して、突如道路に飛び出しダンプカーが急ブレーキで停止した時の台詞。

 ドラマでは博多弁の発音で「僕は死にましぇん」となり、その年の流行語大賞を受賞した。


注3 死んでしまうとは情けない

 コンピュータゲーム「ドラゴンクエスト」で死亡して、アレフガルドのラダトーム王の前に戻ると言われてしまう。


注4 ぼくらはみんないきている

 やなせたかしさんが作詞した童謡『手のひらを太陽に』の冒頭部分である。

 あろひろしさんの漫画『優&魅衣』では幽霊の魅衣がこの曲を熱唱している。


注5 テラズッキン

 東京都八王子市日吉町に所在する松栄山了法寺のテーマソング『寺ズッキュン!愛の了法寺!』によく似た曲である。

 『寺ズッキュン』は後に『御経の達人』という、曲に合わせて木魚と鐘を叩くゲームソフトに採用されコミックマーケットで販売されたが、「バンダイナムコ」からムチャクチャ怒られた黒歴史がある。


注6 体育祭の騎馬戦

 小学校の高学年から競技が行われるが、熱戦の余り重傷者を出し、様々な問題を孕んでいる。

 体育祭では、棒倒しや組み体操などと共に、怪我人が絶えない。


注7 名乗り

 合戦で一騎討ちなどを呼び掛ける行為で、名前、父母、先祖、功績などの自己紹介を行う。

 作法として名乗りを挙げている間は攻撃しないが、外国人には理解できない行動らしい。


注8 馬の埴輪

 NHK教育で放送された『おーい!はに丸』で、はに丸王子のお供として「ひんべえ」という馬の埴輪が登場する。

 近年では『はに丸ジャーナル』で再出演を果たした。


注9 剣道三倍段

 剣術家が、徒手空拳の武闘家よりも手強いことを表現する語句。

 そもそも剣術に限らずあらゆる武道は、武芸十八般の全てに対応できるような技を持っているので、間合いが広く隙の少ない剣術は徒手空拳で戦うよりも有利である。

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