アマゾネス
キャラクター名の誤植を修正しました。
「はあ!」
突き込んで来る女剣士の切っ先を、気合を入れて左の籠手で外へ打ち払う(注1)武藤。間髪を入れずに右の廻し蹴りを放つ。
「おっと」
女剣士は、右へステップを踏んで、軽やかに躱した。
「男のクセにやるじゃないの」
「本気を出しても良さそうだな」
不敵に笑う両者。強者は強者を知ると言った風情だ。
「名乗っておこう、武藤龍だ」
「龍か。我はアマゾネスの女王ペンテシレイア」
互いの名を記憶に留め、睨み合いを続ける。龍は故意に由貴やモリモットらから離れるように移動した。ペンテシレイアは死角を取られまいと彼の動きに合わせてモリモットらから離れてゆく。
「流石、武藤殿でござるお」
モリモットは空いた場所に女戦士たちを展開する。そこへ尾藤が戻って来た。
「竜也は向こうに隠して来た。助太刀しようか?」
「尾藤殿は、向こうの兵士たちを相手して欲しいでござるお」
ペンテシレイアに遅れて向かって来ている敵兵を指す。尾藤はニヤリと笑うと猛牛の勢いで敵兵たちに突撃した。あっと言う間もなく、敵兵を吹き飛ばし、後は捕まえた兵士たちを千切っては投げ、千切っては投げ(注2)。
「では仕上げと行くでござるお」
時間差で矢を射掛けていた女戦士部隊を少しずつ展開させて、由貴を完全に包囲した。部隊の半分が水平に撃ち、残り半分は上空目掛けて射放つ。
「いつまでも、やられませんよ」
由貴はヨーヨーを飛ばして身体を回転させる。それで水平に飛んで来た矢を叩き落とした。しかし、既に水平方向の第二波が放たれ、最初に放たれた矢が放物線を描いて直上から迫っていて逃げ場はない。どう足掻いても無数の矢に貫かれるのは確実と言えた。
「この勝負、預けます!」
由貴はそう叫ぶと自らの首をヨーヨーの刃で掻き斬る。絶命した彼女の身体を無数の矢が貫いた。
「自害したでござるか……」
モリモットはその凄惨な遺体を直視しないよう目を伏せる。少し離れた場所では尾藤が敵兵相手に無双しており、その向こうでは、武藤と女剣士が白熱の立ち回りを演じていた。
「武藤殿を掩護するでござるお」
女戦士部隊に陣列を整えさせて、整然と行進させる。その様子を目の端で捉えたペンテシレイアは、軽く舌打ちした。
「どうやら、ここまでのようだね」
「観念したか?」
彼女の言葉に武藤は少し攻撃の手を休めた。その彼の目の前で彼女は自らの首を斬り落とす。
「何だと!」
薄らと笑みさえ浮かべたペンテシレイアに、武藤は戦慄した。
「そちらも自害したでござるか」
モリモットは由貴、ペンテシレイアと続けて自害した理由を朧気に勘づく。
「陣営を移らない予防策でござるな」
「なるほど。しかし大した度胸だ」
幾ら夕方に蘇るとは言え、自ら死を選ぶのは勇気が必要となる。うら若い乙女の為す所業ではない。
「砦は落としても、勝った気分にはなれないでござるお」
「全くだ」
無双していた尾藤が相手する兵士も、後は数えるほどしかいない。
彼らは難なく砦を攻め落とした。
「という状況でござるお」
モリモットが語り終えると、和哉は佐藤の方へ向き直る。そこには顔面に傷を作った佐藤が無言で腰掛けていた。
「娘が亡くなったのは残念だったな」
「いや、再会できただけマシかもしれん。今回は取り乱したが、次はこちらに連れて来る」
佐藤の瞳には決意の色が窺える。
「戦略の練り直しが必要だな。この調子だと、他にも能力者がいそうだ」
和哉の言葉に頷く一同。
「山岡も取り戻す必要があるし、忙しくなりそうだ」
あれこれと相談して、翌日に備えて休息を摂る。和哉はしかし一人で広間に残り、コーヒーを飲んでいた。
「ところどころ、記憶が曖昧な部分があるな」
死亡した時に走馬灯で見た過去の出来事も、幾つか矛盾や齟齬が起きている。
「婚約者、祐子ではなかったはずだ。最初から山岡と付き合っていたし」
ジッとコーヒーカップを見詰めた。
「何を考えているんだい?」
神妙な表情を浮かべていた彼に声を掛けたのはクリスだった。
「クリス、これか?」
「うん」
隣に座るクリスに、和哉はプリンを渡す。昼間に幻影でも見たぐらいに、プリン好きの印象が強かった。
「今日は、すまなかった」
「ん?」
喜色満面でプリンを口に入れたクリスに対して、和哉は謝る。
「どうして謝るのさ?」
「制圧していたとは言え、一人にさせてしまったからな」
尋ねるクリスに和哉は目も向けず、コーヒーカップを見詰めたまま答えた。
「でも、今は隣にいるじゃん」
和哉は驚いてクリスの方へ向く。まさに聖女のような笑みを浮かべていた。
「こうして食卓を囲んで、一緒にいてくれたら、それでいいよ」
「分かった」
和哉は大きく頷いた。そんな二人の様子を室外から見守る人影がある。
「何か、焦れったいですぅ」
「和やん、迷っているでござるな」
照美は女性らしく恋愛話に興味津々だ。モリモットは親友の様子から分析を行っている。武藤は無言のままだ。
「やはり、あの時のことを後悔しているのでござろう」
「あの時って、何の話ですか?」
聞き出そうとして大きな声を出してしまった照美の声は、室内の二人にも届いていた。
「お前ら、立ち聞きとはいい趣味だな」
「ひゃっ」
首を竦ませた照美ではあったが、武藤が和哉に向かう。
「コーヒーを所望しようと思ったのだが、二人の邪魔をするのも無粋と思っていたのだ」
「それは悪かったな。みんなでコーヒータイムにしよう」
武藤の言葉に、和哉はバツの悪そうな表情をした。
こうしてこの夜も健全に更けゆくのであった。
声の想定
・桐下 和哉 鈴木達央さん
・聖女クリス 小林ゆうさん
・ジョアンヌ 河瀬茉希さん
・モリモット 関智一さん
・武藤 龍 玄田哲章さん
・尾藤 大輔 稲田徹さん
・佐藤 竜也 櫻井孝宏さん
・山岡 次郎 下野紘さん
・藤井 照美 伊藤かな恵さん
・藤井 羅二夫 うえだゆうじさん
・佐藤 由貴 芹澤優さん
・ペンテシレイア 日笠陽子さん
注1 左の籠手で外へ打ち払う
戦国時代の我が国でも、相手の斬撃や突き込みを左手で打ち払う技法は存在した。
西洋剣術では細剣が主流になると、左手に布を巻いたり、回避専用の短剣を持って対処する技法が発達する。
武藤の修めた古武術は、そうした防御技術も伝承されている。近代剣道が申し合わせ稽古になって以来、そうした実用的な技術は失われつつある。
注2 千切っては投げ
真田十勇士の一人、三好晴海入道がその怪力を活かして大岩を投げ付ける様子を表した状況。
真田十勇士そのものが架空の上、真田幸村の活躍が脚色されたりして、明治期の講談師が次々と新しい人物を追加した為、荒唐無稽な表現が相次ぐこととなった。
大元は落語『弥次郎』のようである。