ラジオのジョン
突如として頭の中に響く声に、兵士たちが動揺する。
「こちらはJOHN FM、藤井ラジオこと、ラジオのジョンです」
「テレビじゃないのかよ」(注1)
和哉は思わずツッコミを入れた。
「パーア、パラッパ、パッパパラパ、パッパラ、パッパパラパラパッパラ、パッパラ、パラッパラッパラ」
突然、口三味線であの有名なイントロ(注2)を歌い出すラジオのジョン。
「藤井ラジオの、オールナイト藤井!」
「日本じゃないのかよ」
再びツッコミを入れる和哉。
「さあ、始まりました、藤井ラジオによる、藤井ラジオの為の、藤井ラジオのオールナイト藤井。あの頃の思い出の曲を、今夜は聞かせて行きたいと思います」
「どんだけー?」
「では最初はこの曲から」
イントロで女性ボーカルが口上を述べ始める。
「九州制覇から、全国制覇。笑うようなヤツは、ぶっ殺すぞ?」
「これ、一昨年のアニメ!」
ヤンキー調の曲に、和哉は仰け反る。勿論、彼はこのゾンビアイドルのアニメ(注3)を見ていた。
「和哉、この頭の中に流れる音楽は何だ?」
ジョアンヌは困惑を隠せない。
「とにかく、敵兵を蹴散らして砦に入ろう。それ以外に解決策はない」
和哉の提案に従って、部隊は一丸になって敵陣を突き破る。
「さあ、更にあの頃を思い出す曲を流していきましょう」
和哉はその旋律に聞き覚えがあった。それを思い出した瞬間、危険を察知する。
「アホだなー」
「そうだよアホだよ」(注4)
和哉は思わず噴き出した。脳内にアフロヘアの男性が踊っている映像が自己再生される。
「どうした、和哉?」
「だ、大丈夫だ。早く砦に入ろう」
和哉は笑いを堪えながらなので力が入らない。ジョアンヌは兵士たちの指揮を執り、砦の門を破ろうと破城槌が設置された。その間も藤井ラジオは止まらない。
「さあお次は、ヨネヨネ倶楽部の『ロマンス飛行』とドリーム・カム・スルーの『決戦は水曜日』、続けてどうぞ」
和哉は頭の中に鳴り響く音楽に、懐かしさを感じていた。そう青春時代のあの頃、剣道に打ち込んでいたあの頃、ラジオから流れていた音楽に。
「でも、あの頃の思い出は、何か曖昧なんだよな」
脳内に響く音楽を聞き流しながら、和哉は破壊されて押し倒される門扉を見ていた。続けて砦の中へ進軍する。
至る所で兵士たちが斬り結んでいる中を、和哉とジョアンヌはラジオの姿を探していた。クリスは城門で待機だ。
「大体、最上階にいるのが定番だよな」
二人は最上階の部屋の前を守っていた兵士を切り捨てて、扉を開けた。室内では一人の男性がディスクジョッキーよろしく、ヘッドホンを着けてマイクに向けて喋っている。その肩を和哉は叩いた。
「ん?」
振り返った男性は驚愕の余り椅子から転げ落ちる。
「い、いつの間に?」
「お前が放送に夢中になっている間だ」
やれやれと言った風情で和哉が答えた。
「懐かしい曲ばかりで、少しセンチメンタルになっちまったよ」
「ぼ、僕はまだ十六だから……」(注5)
「言いたいことは、それだけか?」
和哉がゆっくりと金属バットを振りかぶる。
「ど、ドーム済みません」(注6)
ラジオが右手を額に当てた瞬間、和哉は金属バットを振り降ろした。
夕刻、和哉たちが帰投した広間に、若い女性と藤井ラジオが再生される。山岡の姿はなかった。
そこへ満身創痍の佐藤たちシュガー四天王とモリモットが帰還する。佐藤は担架で運ばれて来た。慌てて駆け寄る和哉。
「何があった?」
尋ねられて、モリモットが俯き加減で答える。
「ウソみたいでござろう、寝ているでござるよ、それで」
佐藤の顔面は傷だらけだった。
「汚い顔しているでござろう? それだけの傷を負ったのに、ただ疲れたというだけで寝ているでござるお」
和哉はモリモットの台詞が、何かの改変であることに気付く。
「ウソみたいでござろう」
「お前ら、後でゆっくりと話は聞かせて貰う。とにかく晩餐にしよう」
和哉に促されて、一同は大広間の食卓に着いた。
「いい加減、起きろ」
和哉は寝転がっている佐藤の、脇腹にある急所の一つ章門を蹴る。
「ひでぶっ」
佐藤は脇腹を押さえてのたうち回った。
後はいつも通りに食パンを食べて、酒盛りへ移行する。
「それでは藤井姉弟による、ビックリイリュージョンショーを始めます」
姉の藤井照美がいきなり大声を上げる。姉と言っても弟のラジオより若く見えるのは気のせいか。
「では始めましょう」
ラジオの能力で、その場の全員が頭の中へ直接音楽を流される。
「これは、燃えよドラゴン(注7)か?」
尾藤が最初に反応した。続けて卓上にカンフースタイルの男性が現れる。これは照美の能力による幻影だ。
筋骨隆々の男性は、その左手にヤカンを持っていた。
「オアチャー!」
右手でヤカンに触れ、咄嗟に離して手首を振る。火傷するような温度を表現する仕草(注8)に、広間は笑いの渦が発生する。
「これは、許せん」
一人武藤のみ、怒りを堪えていた。
声の想定
・桐下 和哉 鈴木達央さん
・聖女クリス 小林ゆうさん
・ジョアンヌ 河瀬茉希さん
・モリモット 関智一さん
・武藤 龍 玄田哲章さん
・尾藤 大輔 稲田徹さん
・佐藤 竜也 櫻井孝宏さん
・山岡 次郎 下野紘さん
・藤井 照美 伊藤かな恵さん
・藤井 羅二夫 うえだゆうじさん
注1 テレビじゃないのかよ
「テレビのジョン」はNHK教育の『ピタゴラスイッチ』に登場する犬。
何でも映し出すことができる。
注2 有名なイントロ
「ハーブ・アルパート&ザ・ティファナ・ブラス」の『Bittersweet Samba』である。
私の記憶が確かならば、ビールの宣伝にも使われていたはずだ。
自動車の宣伝は知らない。
注3 ゾンビアイドルのアニメ
2018年の秋アニメで放映された『ゾンビランド・サガ』のこと。
メンバーの年齢を逆算するとゾンビ2号は昭和五十五年生まれぐらいのはずである。ツッパリや暴走族などのブームは1980年代ぐらいまでで、ゾンビ2号が青春時代を送る頃には下火になっていたはず。
でも佐賀やけん、少し遅れたんかもしれん。
注4 そうだよアホだよ
TBS系列で放送されていたバラエティ番組『学校へ行こう!』の企画「B-RAP HIGH SCHOOL」2002年6月18日放送で衝撃の初登場を果たした「軟式globe」の持ちネタ。
「globe」の『Love again』の替え歌でダントツの人気を獲得した。
特に後ろで踊るアフロヘア、パーク・マンサーの自虐ラップが好評だった。
注5 まだ十六だから
松本伊代さんのデビュー曲『センチメンタルジャーニー』の歌詞で「伊代はまだ十六だから」とある。
なお2015年12月2日に、「センチメンタル・ジャーニー まだ50歳ver.」が音楽配信で発表された。旋律はそのままで、歌詞が五十歳になった松本さんに合わせた内容にアレンジされ、「伊代はまだ十六だから」の歌詞は、「伊代はまだ五十だから」となった。
松本伊代さんはデビュー当初、妹キャラで売り出している、妹アイドルでもある。
注6 ドーム済みません
初代林家三平さんのギャグ「どうもすみません」の改変ダジャレ。
林家三平さんは爆笑王の異名で高座を沸かせたが、その芸風は落語というより漫談に近かったという。
注7 燃えよドラゴン
稀代のカンフーアクションスター、ブルース・リーさんの映画『燃えよドラゴン』の主題曲。ラロ・シフリン作曲。
なお最後尾に『ズ』を付けるとプロ野球チームの応援歌になってしまうので気を付けよう。
注8 火傷するような温度を表現する仕草
これは物真似芸人のコロッケさんが若い頃に実際に営業で行っていたネタ。
お客さんの中に熱狂的なブルース・リーファンがいて、追い掛け回されたことがあるという。
動画サイトには『ドラゴン怒りの鉄拳』版がある。