新聞次郎
新聞次郎を獲り逃した和哉たちは、彼の瞬間移動への対策に頭を悩ませていた。
今は目の前のテーブルに置かれた壁新聞のような、半ば悪戯みたいな行動に留まっているが、行軍中に紛れ込まれて指揮命令系統を混乱させられた場合、その被害は甚大だ。
「戦いは情報が命だからな」
「それについては私も同意する」
金髪の美少女、ジョアンヌも腕組みしながら大きく頷いた。生前の彼女は行動が敵方に筒抜けになっていた為に捕らえられ、火焙りで落命した過去がある。
「けど、どこから見ていたのかな?」
クリスの疑問に、和哉は当時の状況を思い起こす。佐藤が真っ赤な車に乗って来た時は、彼は単独行動だった。それから和哉と一騎討ちを演じて、更に加藤が現れたが誰かを伴っていた様子はない。
それから車にクリスを乗せた時も周囲には彼ら以外に誰もいなかったはずだ。
「この角度からすると、城壁の上、か?」
「いや、クリスたんが向かって右手前ということは、野原のどこかでござるお」
一同があれこれと討議していると、その壁新聞を誰か引っ張り上げた。その人物に全員の注目が集まる。
「山岡!」
「そうです、私が新聞部の山岡です」(注1)
悪びれる様子もない山岡に一同は色めき立つが、それを和哉が制した。
「聞きたいことは幾つかあるが、目的は何だ?」
「目的?」
山岡は拳を握った。
「そんなの決まっているだろう。そこに記事になる出来事があれば行って取材し、記事を読みたい人がいれば新聞を読ませる。これ以上に何が必要なんだ?」
熱く語った彼に、和哉はニヤリと笑う。
「こんなこともあろうかと、唐揚げを用意していた」
和哉の手には皿と、その上に鎮座する唐揚げの姿があった。
「取り敢えず、一つずつ取ってくれ」
室内にいたそれぞれが一つずつ手に取ると山ほどあると思われた唐揚げが残り一つになっていた。
「和やんの唐揚げ旨いでござるお」
「ボクも好き」
「相変わらず旨いな」
「一つ食べるとビールが欲しくなる」
「この陣営に来て良かったと思う瞬間だな」
「和哉、食べないのか?」
最後はジョアンヌの問い掛けだ。
「山岡が食べないなら、俺が食べるけど」
チラリと山岡を見ると、彼は震えていた。
「クソ、もう好きにしろ」
山岡が唐揚げを頬張った瞬間、尾藤のオックスボンバーが炸裂していた。
夕刻、山岡次郎が広間で再生される。
「ようこそ、当陣営へ」
「荒っぽい歓迎だったな」
和哉が差し出した手を握り、山岡は立ち上がる。
「お前はマシな方だ。俺なんか頭を粉々にされたからな」
「汚い花火にされた」
「ジョアンヌたんに首を落とされたでござるお」
「心臓を一突きだったな」
それぞれが自らの敗北した瞬間を回想する中、ジョアンヌだけが口を閉ざしていた。
「そう言えば、ジョアンヌたんは?」
「落とし穴に落ちて……」
「和哉に縄で縛られたんだよね。変わった縛り方だったけど」
「KWSK」(注2)
クリスの発言に山岡が食い付く。
「あれって何て言う縛り方だったの、和哉?」
振り返るが和哉の姿は忽然と消え失せていた。
「こういう時の和やんは、心に疚しいことがあるでござるお」
「相手の抵抗する意思を奪う縛り方に疚しいことがあるのかな?」
「どんな縛り方だ?」
佐藤の疑問にも誰も答えられない。
「最後はボクが首を斬り落としたんだけどね」
あっけらかんと言い放つクリスに、一同は絶句する。虫も殺さないような顔からは想像も付かなかったからだ。
「クリスたん、嘘だと言って欲しいでござるお」
「いえ、最後はクリス様の慈悲深い手に救われました」
ジョアンヌの一言が重い。重苦しい空気を変えようと、山岡が口を開いた。
「ところで、あの唐揚げを作ったのは誰だ?」
「さあな。いつも和哉がどこからともなく出して来るからな」
「唐揚げがどうかしたのか?」
武藤と佐藤が怪訝そうな表情で山岡を見る。
「あの唐揚げは出来損ないだよ」
「何だと、次郎?」
和哉が戻って来た。
「あの唐揚げの、どこが出来損ないだと言うんだ?」
「出来損ないは出来損ないですよ」
二人の緊迫した雰囲気に、クリスとジョアンヌが不安感を露わにしている一方、男性陣は苦笑いを浮かべている。
「一週間あれば、あれより更に旨い、究極の唐揚げを食べさせてご覧に入れますよ」
「一週間も待てるか、今すぐ作って貰うぞ」
和哉も譲るつもりがなかった。
「こんなこともあろうかと、山岡の望む食材をいつでも無制限に、キッチンへ用意できるようにしておいた」
「おお、いつの間に」
一同が驚くのも無理はないが、和哉が席を外している間に何らかの準備をしていたと解釈する。
「いいでしょう。それではお見せしますよ、究極のメニューを」
山岡が立ち上がると、男性陣は大笑いを始める。クリスとジョアンヌは事態が把握できない。
「久々の美食倶楽部ごっこ(注3)、笑わせて貰った」
「噂には聞いていたでござるが、真顔でするとは思ってなかったでござるお」
「山岡の料理の腕は確かだから、旨い唐揚げを作って貰おうぜ」
「オー、楽しみですネー」
「尾藤、それは鯨の刺身を食べるフラグ(注4)だぞ」
和哉と山岡を先頭に、男性たちはキッチンへ行ってしまった。残されたクリスとジョアンヌは顔を見合わせる。
「どういう流れなの、これ?」
「わたくしめには理解できません」
声の想定
・桐下 和哉 鈴木達央さん
・聖女クリス 小林ゆうさん
・ジョアンヌ 河瀬茉希さん
・モリモット 関智一さん
・武藤 龍 玄田哲章さん
・尾藤 大輔 稲田徹さん
・佐藤 竜也 櫻井孝宏さん
・山岡 次郎 下野紘さん
注1 そうです、私が
「何だ、君は?」「何だ、チミはってか? そうです、私が変なオジサンです」と受け答えするコントは、『志村けんのだいじょうぶだぁ』が初出である。
なお刑事訴訟法に於ける準現行犯逮捕の要件として「誰何されて答えずに逃げる者」が挙げられるが、変なオジサンのように名乗ればこの法令による現行犯逮捕は成立しない。
別件の現行犯逮捕は有り得るが。
注2 KWSK
「詳しく」をローマ字表記した「KuWaShiKu」を子音のみで表記するネットスラング。
半角英数字で打ち込むと文字数の節約に繋がることから、ローマ字表記の子音のみという手法が他の語句でも多用されている。
なお恐怖感を表現する「ガクガクブルブル」の短縮形「ガクブル」を同じように表記して「GKBR」と書き込みされたところ、「ゴキブリ」と誤読事故が発生したのも懐かしい話だ。
注3 美食倶楽部ごっこ
美食倶楽部は漫画『美味しんぼ』で主人公山岡士郎の父、海原雄山が主宰する食の美を追究する会員制料亭の名称。
「このあらいを作ったのは誰だ?」は有名な場面である。
注4 鯨の刺身を食べるフラグ
漫画『美味しんぼ』で、アメリカから反捕鯨団体の鯨十字軍が来日した折、主人公山岡の友人で日本料理の修業をしているジェフがその鯨十字軍に所属し、捕鯨反対の強硬姿勢を示していた。
鯨は美味しくないから食べる必要がないと豪語するジェフに対して一計を案じた山岡らは、彼を和歌山県に招き謎の刺身を振る舞う。
ジェフは何を食べているか知らされないままにその刺身を美味しいと褒めながら平らげ、山岡から鯨であることを告げられて激昂するが、鯨が増加傾向にあることと捕鯨が日本人の伝統文化であることを聞かされて沈黙してしまう。
更に人形浄瑠璃に鯨の髭が欠かせないことを知って、捕鯨賛成派となるジェフ。
放映されてから批判が相次いだ為かアニメでは現在、欠番扱いされている。食わず嫌いを是正する良い話なのだが。
なおこの話のパロディーがDr.モロー氏の漫画『こんちこれまたえりある』で展開されている。