帰還者モリモット
「ジョアンヌ、先に箱入り娘を狙ってもいいぞ」
和哉の言葉に、ジョアンヌは救われた気持ちになる。細剣の柄を握り直すと、段ボール箱の女性に向き直った。
「あなたに恨みはありませんが、浩殿を取り戻す為です」
『助けて、健全マン!』
気持ちを切り替えたジョアンヌに刃を向けられて、箱入り娘は救援を健全マンに求める。
「やらせはせん、やらせはせんぞ。この健全マンの目の黒い内は、やらせはせん!」(注1)
「な、何だ?」
驚く和哉の眼前で、健全マンの両拳が光り始めた。
「俺の拳が真っ赤に燃える。勝利を掴めと轟き叫ぶ!」(注2)
和哉は、硬直しているジョアンヌを見て、健全マンにやられると判断した。
「ぶぁくぬぇつぅ~……」
「こんなこともあろうかと、箱入り娘を盾にした」
和哉の宣言通り、ジョアンヌと健全マンの間に箱入り娘を羽交い締めにした和哉が出現する。燃える右手でジョアンヌの頭を掴むかに見えた健全マンの右手は、箱入り娘の胸を掴んでいた。
「え?」
「なっ……」
絶句する健全マンとジョアンヌ。箱入り娘は悲鳴を上げることもできずに、その胸を貫通されてしまう。和哉は巻き添えにならないように、箱入り娘を突き放して横に跳んで逃げた。
「浩の奴、危ない技を使いやがって」
体勢を立て直しつつ健全マンを見ると、箱入り娘の胸を掴んだ自身の右手をじっと見詰めている。その前方には凶悪な闘気を纏うジョアンヌが立っていた。
「浩、逃げろ!」
思わず和哉が、そう言ってしまうほどにジョアンヌの様子は見る者を圧倒している。
「もう、遅いですよ」
ジョアンヌの呟きが健全マンの耳に届く前に、彼の五体は切り刻まれていた。彼女の目には汚物を見るような侮蔑の色が浮かんでいる。
「森本浩、浄化完了」
細剣を一振りして血糊払うと、ジョアンヌはそれを鞘に納めた。未だ衰えない闘気、というよりも怒気は周囲を圧倒している。
「和哉、砦を落としましょう」
「お、おう……」
ジョアンヌは一方的に告げて行ってしまった。
「モリモットは災難だったね」
クリスは笑っているが、ジョアンヌの近寄り難い怒気は味方でさえも恐れを成している。
「ジョアンヌ、本気なんだな」
「恋する乙女は、いつでも本気だよ」
クリスに微笑み掛けられて、和哉は胸を撃ち抜かれていた。
「あ~、よく死んだでござるお」
和哉たちの本拠地の広間で、元の小太りオッサンの姿に戻ったモリモットが目覚める。
「浩、気分はどうだ?」
「やっぱり、こちらが落ち着くでござるお」
照れ臭そうに笑いながら、モリモットは後頭部を掻いた。シュガー四天王たちも割り当てられていた砦を守り切り、無事に帰還している。
「モリモットさん、お帰りなさいですぅ」
藤井姉弟も帰還して、姉の照美が笑顔でモリモットの帰還を喜んだ。
「ジョアンヌは声を掛けないのか?」
「わ、私は、その……」
和哉に問われて、彼女は頬を赤くする。俯いたまま動かなくなってしまった。
「和やん、大事な話があるでござるお」
モリモットが祝福を受けながら、和哉の方へ近付いて来る。
「喜久代姉さんからの伝言で、怒っているから口を聞きたくなかった、そうでござる」
「それが大事な話か?」
箱入り娘の対応を思い出して、和哉は唸った。
「本題はこれからでござるお」
モリモットの話を総合すると、現状の戦い方では膠着状態にしかならないので、団体戦で決戦を行おうというものである。
「人数は?」
「十名前後と言っていたでござるお」
「八連制覇(注3)より一組多い人数だな」
武藤が呟いた。
「どうだろう、決戦前に前哨戦を行って、対戦方法を決めるというのはできないだろうか?」
「和やん、何か考えがあるでござるか?」
顎に指を掛けて考えをまとめた和哉に、モリモットが尋ねる。
「ああ、みんな日本人だし、平和的な対戦方法があると思ってな」
「確かに格闘技では武器持ちに勝つのは難しいからな」
武藤が先日の敗北を念頭に置いて、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「しかし、そのような平和的な対戦方法があるか?」
佐藤はやや懐疑的だ。
「喜久姉も同じ方法を考えていると思う。人数としてもそれ以外にない」
「ボクは、和哉に任せるよ」
和哉の言葉を受けてクリスが微笑むと、集まっていた一同もその表情が緩んだ。
「さあ、夕飯にしよう」
クリスの号令でいつものように晩餐会を開き、それから宴に移行する。
「浩、帰還祝いだ。何が食べたい?」
「拙者、中華料理が食べたいでござるお」
「中華料理か、いいな」
「油が堪えそうだ」
「西海岸の中華料理は最悪だった」
シュガー四天王の思いはそれぞれで異なる。
「満漢全席(注4)、……と行きたいが、正直言ってよく分からないから、知っている限りで中華料理を出そう。こんなこともあろうかと回転台(注5)を用意しておいた」
和哉の宣言に従って、いつもの大きな卓上に回転台が人数に合わせて設けられる。
「まずは前菜からだな」
和哉は前菜にピータンを出した。続けてフカヒレスープ。
「今夜はビール以外に紹興酒や桂花陳酒も用意したぞ」
各自、好みの酒が行き渡れば宴会の始まりだ。肉料理は油淋鶏、東坡肉、青椒肉絲を、魚料理は乾燒明蝦、金銭鮑魚を、野菜料理は麻婆豆腐と八宝菜を主菜として用意した。
「主食は天津飯(注6)か海鮮焼きそばだからな」
転生組の気分が高揚する。更に副菜として点心類を付ければ文句なしだ。蝦餃、春巻、焼売などが添えられて、食べ切れないぐらいの量に達する。
「和やん、痛みに耐えて頑張った甲斐があったでござるお。拙者は今、モーレツに感動している(注7)でござるお!」
モリモットが滂沱の涙を流しながら中華料理を堪能する。
「何ちゅーか、本中華(注8)だな」
「古っ」
和気藹々と宴席を楽しむ一同は、この後に訪れる艱難辛苦を未だ知らなかった。
第二部 完
声の想定
・桐下 和哉 鈴木達央さん
・聖女クリス 小林ゆうさん
・ジョアンヌ 河瀬茉希さん
・モリモット 関智一さん
・武藤 龍 玄田哲章さん
・尾藤 大輔 稲田徹さん
・佐藤 竜也 櫻井孝宏さん
・山岡 次郎 下野紘さん
・藤井 照美 伊藤かな恵さん
・藤井 羅二夫 うえだゆうじさん
・佐藤 由貴 芹澤優さん
・ペンテシレイア 日笠陽子さん
・樋口 鞆絵 喜多村英梨さん
・井ノ元 喜久代 丹下桜さん
・尾藤 弥生 沼倉愛美さん
・長野 恵梨香 原由実さん
・鉄器川 華蘭 竹達彩奈さん
・鉄器川 香崙 悠木碧さん
注1 やらせはせん
『機動戦士ガンダム』で地球連邦が反撃攻勢に転じる最初の大会戦、宇宙要塞ソロモンを巡る攻防戦の終盤、守将ドズル・ザビは撤退戦の殿を務めた。
搭乗したモビルアーマーを地球連邦の猛攻によって破壊されたドズル・ザビが、迫るガンダムに向けてノーマルスーツ姿で機銃を放ちながら叫んだ台詞。
後にザビ家の最後の生き残りになるミネバは、彼の娘である。
注2 俺の拳が真っ赤に燃える。勝利を掴めと轟き叫ぶ
お馴染み『機動武闘伝Gガンダム』の主役、ドモン・カッシュがゴッドガンダムの必殺技「爆熱ゴッド・フィンガー」を放つ時に叫ぶ台詞である。
注3 八連制覇
宮下あきらさんの漫画『魁!!男塾』で行われた四組のタッグマッチのこと。
四箇所のそれぞれ趣向の違う闘技場で、二人一組となってタッグ戦を行う。
注4 満漢全席
清王朝の支配者である満州族と、征服された漢民族の料理を一堂に会する宮廷料理の名称。
百種にも及ぶ料理を数日間かけて愉しむ豪奢な料理は、清王朝滅亡と共に散逸した。
注5 回転台
中華料理店に必ずあると言っても過言ではない食卓だが、発案したのは日本人である。
昭和七年頃に東京の総合結婚式場で、創業者が客に対する給仕を簡略化して心置きなく食事を堪能して貰おうとの思いから開発に至った。
その食卓を見て一目惚れした中国人が積極的に普及に努めて、今や中華料理の代名詞みたいな存在になっている。
注6 天津飯
御飯の上に蟹玉を載せた中華風料理。
日本人が考案し、日本国内でのみ通用する料理名である。
とろみのある餡掛けにするが、ケチャップ風味、塩味、醤油味、甘酢餡など店舗によって味付けが変わるので、好みの味付けを求めて巡っても楽しい料理である。
変種として、白米を炒飯に代えた「天津炒飯」や、上にトンカツを乗せる「中華風ボルガライス」も存在する。
注7 モーレツに感動している
漫画『巨人の星』の主人公、星飛雄馬の口癖。
クリスマスパーティーに誰一人として来なかった経験から、他人に優しくされると感動してしまう。
飛雄馬は意外と涙脆い。
注8 何ちゅーか、本中華
ハウス食品の即席麺『本中華・醤』のテレビコマーシャルで、大橋巨泉さんが言った台詞は印象深い。
なお即席麺『本中華・醤』は絶版となっている。
作中に登場する中華料理はそれぞれ、
広東料理:フカヒレスープ、油淋鶏、蝦餃
浙江料理:東坡肉
上海料理:八宝菜、海鮮焼きそば
四川料理:エビチリ、麻婆豆腐、青椒肉絲
北京料理:ピータン
となっている。
余談ではあるが、デザートの杏仁豆腐は北京料理に分類される。




