新聞部の逆襲
『聖女に恋人発覚』
和哉たちの陣営を揺るがす騒動は、そう書かれた一枚の紙から始まった。
東都スポークと題字の付いたそれは、壁新聞だ。
それが食堂の壁に貼られ、戦いを終えて引き揚げて来た兵士たちの興味を集めている。
「何の騒ぎだ?」
ジョアンヌが人混みを掻き分けて壁際に寄ると、冒頭の見出し部分と、笑顔で並ぶ一組の男女の姿絵、目線入りでも一目で誰か分かる、が見えた。
「この人の山は何でござるお?」
モリモットが興味に駆られて近寄る。
「ああ、なるほど」
「何かあるのか?」
「和やん、クリスたんとのドライブデートがフライデー(注1)されていたでござるお」
「な~にぃ?」
和哉が近寄ると、人垣が左右に分かれる。まるで海開きだ。
「待て、来るな」
ジョアンヌが止めようとしたが遅かった。
「なんじゃあ、こりゃあ?」
何故か腹を押さえて叫ぶ(注2)和哉。
「聖女に恋人発覚……、か?」
見出しの下に小さく書かれた文字を見つけて和哉は脱力する。
「どこかのスポーツ新聞(注3)みたいな見出しでござる」
「こういうことをするのは誰がいる?」
陣営内に壁新聞を作成するような人物はいない。そうなると部外者の可能性が高まるが、侵入者がいれば分かるはずだ。
「この張り紙を最初に発見したのは誰だ?」
「オレです」
「いや、オレだよ」
「何を言っている、オレに決まっているだろう」
三人の兵士がそれぞれに第一発見者を競う。
「そこは競わなくていいから」
「いやいやいや、一番乗りとか大事ですから」
「そうそう、こういうのは大事です」
「それをウヤムヤにするなら」
一旦言葉を区切り、三人は声を揃える。
「「「訴えてやる!」」」
「どうなってんだ……」
往年のギャグを見せられて和哉は呆れた。と同時に危ない仕事をこの三人に与えた時の反応が見たいとも思う。
「第一発見者は犯人扱いされるが、それでも説明したいか?」
「え? オレやだよ」
予想通りの反応が返って来た。モリモットが口元を押さえ、肩を震わせる。
「やった、これで一番乗りは俺のものだな」
「何を勝手なことを言っているんだ。オレに決まってるだろ!」
残る二人が揉めだした。
「オレが一番乗りだ」
「いや、俺だ」
収拾が付きそうにないと思えたその時、一抜けしていた男がおずおずと手を挙げる。
「じゃあオレが」
「「どうぞどうぞ」」
お約束通りの展開に和哉以下、転生組は笑いが堪え切れない。
「電撃ネットワーク(注4)も顔負けだな」
兵士たちの中から現実世界のパフォーマンス集団の名前が聞こえた。和哉たちは侵入者と気付いて、表情を引き締める。と同時にモーゼの海開きを思わせるような勢いで人垣が割れ、笑っていた一人の小柄な男性が浮かび上がるように孤立する。
「あ、あれ?」
周囲から怪しい人物を見るような視線で見られていると感じて、男性はキョロキョロと視線を泳がせた。和哉たちが迫って来るのを見て彼は身の危険を悟る。
「お呼びでない? お呼びでない、ね。……こりゃまた失礼致しました!」(注5)
臆面もなく往年のギャグを飛ばした彼に、和哉たちは思わずズッコケた。
「ズコーッ」(注6)
その隙に怪しい人物は逃走を始める。
「逃がすな、捕らえろ!」
「待て!」
「待てと言われて、待つ奴はいないよー、だ」
何とも子供じみた内容を言いながら、小柄な体格を活かしてチョコマカと逃げ回る。しかし多勢に無勢、いよいよ城内の袋小路に追い詰めた。
「なぁに、痛いのは一瞬だ。心配するな」
プロレスラーの尾藤が言うと洒落にならない。体勢を低くするのはオックスボンバーを放つ予備動作だ。和哉たちも駆け付けて来て、いよいよ逃げ場はなくなる。追い詰められた男性は両手でキツネの形を作るとそれを山なりに動かした。
「僕ちゃん、飛びます、飛びます」(注7)
尾藤がオックスボンバーを放つのと、怪しい人物の姿が消えるのはほぼ同時だった。
「何で、そうなるの!」(注8)
後ろの方でモリモットが叫んでいるが、よもや跳び上がってはいないかと和哉は不安に駆られる。
「消えた……」
瞬間移動だ。これで誰にも気付かれずに城内へ侵入していた謎も解けた。
「和哉、あいつは」
武藤は面識があったらしい。
「ああ、新聞部部長の山岡次郎、またの名は新聞次郎だ」
声の想定
・桐下 和哉 鈴木達央さん
・聖女クリス 小林ゆうさん
・ジョアンヌ 河瀬茉希さん
・モリモット 関智一さん
・武藤 龍 玄田哲章さん
・尾藤 大輔 稲田徹さん
・佐藤 竜也 櫻井孝宏さん
・山岡 次郎 下野紘さん
注1 フライデー
講談社が発行する写真週刊誌で、金曜日に発売されている。
過去にその取材姿勢を巡って、何度となく問題が発生している。
注2 腹を押さえて叫ぶ
テレビドラマ『太陽にほえろ!』でジーパン刑事こと柴田純を演じた松田優作さんの代表的な殉職シーンである。
腹部を撃たれ、溢れる血に「なんじゃあ、こりゃあ」と絶叫して果てたシーンは、視聴者の記憶に強く焼き付いている。
ちなみに『太陽にほえろ!』は新米刑事が次々と殉職する物語である。
注3 どこかのスポーツ新聞
裁判所からもネタ新聞として認定されている判決文を御覧あれ。
「被告梨元のリポート記事の類は、社会的事象を専ら読者の世俗的関心を引くようにおもしろおかしく書き立てるものであり、東京スポーツの本件記事欄もそのような記事を掲載するものであるとの世人の評価が定着しているものであって、読者は右欄の記事を真実であるかどうかなどには関心がなく、専ら通俗的な興味をそそる娯楽記事として一読しているのが衆人の認めるところである。そして、真摯な社会生活の営みによって得られる人の社会的評価は、このような新聞記事の類によってはいささかも揺らぐものでないことも、また経験則のよく教えるところである。したがって、このような評価の記事欄に前記のような内容の記事が掲載されたからといって、当時の原告が置かれていた状況を合わせ考慮すると、記事内容が真実であるかどうかを検討するまでもなく、原告の社会的地位、名誉を毀損し、あるいは低下させるようなものと認めることは到底できないものというべきである。もっとも、本件記事が名誉毀損にわたるものではないとしても、思わせぶりな前記見出しの掲げ方とともに、被告らにおもしろおかしく前記のような記事として取り上げられたこと自体が、原告にとって不快なものであろうことは推認できないではない。しかし、当時の原告の置かれた状況並びに世人から寄せられていた関心の高さと、その性質及びそのような関心を寄せられたとしてもやむを得ない状況にあったこと、右記事から既に六年以上が経過し、右記事自体の陳腐さが明らかであること等の諸事情に照らすと、右記事の掲載に損害賠償をもってするほどの違法があるものとも認められない」1992年(平成4年)9月24日、一審の東京地裁判決
注4 電撃ネットワーク
ダチョウ倶楽部の元リーダー、南部虎弾さんが参加しているパフォーマンス集団。海外では『トーキョー・ショック・ボーイズ』として有名で、ケガをも厭わない過激なパフォーマンスで人気を集めている。
南部さんがダチョウ倶楽部にいた頃は、他のメンバーに対して「ビー玉を飲めるか」とか、コントの段取りを無視して奇声を発して走り回るなどがあり、三人から敬遠されるようになる。
ある日、南部さんがテレビを視聴していると、三人がダチョウ倶楽部として出演していて、自身のクビを知ったらしい。
注5 こりゃまた失礼致しました!
「ハナ肇とクレイジーキャッツ」のメンバーである、植木等さんの代表的なギャグ。
『シャボン玉ホリデー』にて真面目に物事を行っている場に闖入し、全員から白眼視された後に言い放つ。
その場の全員がズッコケるという演出がされていた。
注6 ズコーッ
『忍者ハットリくん』で服部貫蔵が失敗すると周囲が「ズコッ」と言いながらズッコケるという場面が繰り返され、定着して行った擬態語。
注7 飛びます、飛びます
コント55号の坂上二郎さんのギャグ。後に片岡鶴太郎さんが物真似を頻繁に披露したことで、二郎さんの代表的ギャグと認知された。
注8 何で、そうなるの!
コント55号の萩本欽一さんのギャグ。跳び上がって両足を前後に開く。意外と高く跳び上がらないとできない。