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CIPHER  作者: 川昌 幸(かわうお)
 二、 太陽と選択
7/19

 ぎしぎしと関節が痛むのは、ひとえに世七が成長期を迎えた為だ。これまで緩やかに伸びていた身長がぐんと短期間で伸び、ようやく少年は姉と目線が同じくらいになってきた。年を重ね、従妹よりも遅い思春期を迎え以前よりも雰囲気が落ち着いたと言われるようにもなってきたが、相変わらず表情にも口にもすぐ出るという性質はなかなか変わらないようだった。一方、姉である紗七は少しずつ伸ばし始めていた髪の毛が肩を過ぎ、最近はひとつに括ることが多くなっていた。こちらも相変わらず表情も声の抑揚も乏しいが、世七や玲紗など身近な人間には以前よりも表情を和らげることが増えてきた印象がある。


 はじめて紗七と共に行ったおつかいも、もう大分数をこなしてきた。八割は何事もなく無事に終え、残りの一割は赤光出現のサイレンを聞いてシェルターで過ごした。次の日まで出られず、シェルター内で待機していたときもある。そして残りの一割はと言えば、初めてのおつかい時に出会い、音楽プレーヤーをもらった相手であるカイトを含めた少年たちとかかわった日だった。


「カイト」

「お、世七! 久しぶりだな」


この日も、その一割に当たることができた。朝未区へのおつかいを済ませた世七は見知った顔を見つけ、声をかける。世七同様に成長した少年は、にこやかに手を挙げて返事をしてくれた。会えるのは本当に偶然で、同年代の少年と触れ合う機会に飢えていた世七にとってこれほど楽しいことはなかった。


「面白いモンが入ってるぜ、今日時間あるか?」

「本当? ええと……」


 世七は、同行する紗七に視線を遣る。紗七はポケットに入れていた携帯端末を取り出し、きっと時間を確認しているのだろう。三十分なら大丈夫、と短い言葉が返ってきて、世七はそのままカイトに伝えた。


「よっしゃ。じゃあこっちだ、前も行ったろ? 廃倉庫だよ」

「溜まり場ね」

「言い方。卯月や伊勢もいるから、喜ぶぜ――」


 言いながらカイトは世七の肩を組み、こそっと耳打ちする。「卯月のやつ、お前のねーさんが来るとソワつくんだよ。ウケるだろ?」悪戯っぽく笑うカイトに、世七もついニヤッと口角を上げて笑った。最初に会った時にはまるっきり男だと思っていたらしいが、髪も伸びてきたし第二次性徴を経てやや女性らしい体つきになってきたこともあって、二度目以降カイトは紗七を正しく女性だと認識したようだった。相変わらず紗七とカイトは会話をすることはないが、口数の少ない世七の姉という評価なのだろう。


 そして世七にとって気楽だったのは、同行する紗七は世七が少年たちと遊んでいる時間、見逃してくれることだ。姉自身はまるで少年たちに興味がないことは初めから一貫して変化が無いものの、紗七は世七が彼らに会うことに関して苦言を呈することはない。この日も、古びた廃倉庫の奥に陣取る少年たちがぎりぎり視界に入る程度の入り口付近で、紗七はぼんやりと地べたに座りながら本を読んでいるようだった。その姿がまた絵になるとか騒ぐのは、カイトの友人たちである伊勢や卯月といった同年代の少年たちなのだが、きっと聞こえているだろうに紗七は全く反応をしない。再度言うが、興味がないのだ。紗七は常陸の者、特に同年代の子どもたちへは誰よりも優しく真摯に対応するし、使用人やおつかい先の研究員等には丁寧に接する性質だ。しかし、自分の交友を広げたいとは微塵も思っていないらしく、外部の人間には自ら一切かかわることをしなかった。



 さて、廃倉庫にて。世七含む少年たち四人は三十分というタイムリミットの中をどう楽しく過ごすかの話題で持ちきりだ。面白い物が入っていると言い誘ってきたカイトが出したのは新しいカードゲームだったし、見たことのない娯楽に世七は目を輝かせていた。


「おいおい、待て待て諸君。今日はオレが拾ってきたヤツをぜひ見てくれよ……」


 しかし、勿体つけた仰々しい言い方をして遮ったのは、伊勢だ。少年は無造作に伸びたぼさぼさの前髪の奥に爛々と目を輝かせて、自分のバッグをごそごそと探った。


「おらよ、どーだぁ!」


 そしてバシンと大袈裟な音を立てて叩きつけたのは、一冊の雑誌。表紙にはほとんど意味を為していないような薄っぺらく範囲の狭い布切れを纏った女性が、蠱惑的な表情で写っている。思わず世七は頭一つ分後ろに引いてしまった。


「うわっグラビアかよ。お前こんなん何処で手に入れたんだ?」


 カイトが笑いながら言う。グラビア。聞いたことのない単語だが、どうやらこの雑誌のように際どい衣服やら何やらを着た女性の写真集なのではと推測がついた。


「いいだろ? オレサマ、既にこれでい――」

「伊勢バカお前! 声がでけえんだよ!」

「あーはいはい純情ボーイ卯月クン、オネエサマを気にしてんな?」

「ハァっ……!? ッッたりめえだろ女子だぞ!!」

「聞こえねえって、結構距離あるしさ」


 そわそわとした様子で入り口の紗七と雑誌との間で視線を彷徨わせている卯月に伊勢は笑って返したが、やや音量は下げたようだ。しかし世七は苦笑いをしてしまった。きっとこれはばっちり姉に聞こえている。何せ世七たち常陸の人間は得てして五感が優れているのだから。これは帰り道がきまずくなりそうだ。


 率先してページを捲っていくのは当然拾ってきた伊勢で、暫く喚いていたものの卯月も大人しく集中し始めたようだ。うわ、だの、やっべえ、だの。ぽつぽつ漏れる言葉が面白い。当の世七はと言えば、何とも形容し難い心地だった。一通り性教育については家で学んだし、成長についてだって理解している。あれほど自分と同じだと思っていた紗七が初潮を迎えたとか、体つきが変わってきたとかだって、男女でずいぶん違うものだと感心したものだ。ただ、これはどう反応したらよいのだろう。


「なんだよ世七、反応わりぃぜ」

「え?」


 隣の伊勢に小突かれて、はっと世七は彼を見た。胡坐をかきながら、つい顎に手を当ててしまっていたし、何なら眉間に皺くらい寄っていたかもしれない。


「趣味じゃなかったか? もっとハードな方がよかった?」

「ハードって……」

「なんだ、こうぐっと股間に来るものがなかったかあ。うーん残念」

「こかっ」


 明け透けな伊勢の物言いに、流石に面食らってしまった世七は、呆れた表情になった。そんな少年をにやにやとした顔で卯月が揶揄う。


「世七はどんな娘こがタイプなんだ?」

「えぇえ?」

「ちなみに俺はクールでミステリアスで、物静かな女子がタイプ」

「世七のねーさんじゃん」

「わっかりやす」

「やんねーぞ」

「ちちちちげぇよバカ!」


 慌てた様子でカイトの口を塞ぐ伊勢に、少年たちの笑う声が重なる。笑いながらも、世七は困ってしまった。好きなタイプ、女性の。意識したことがないというのが素直なところだ。


「まあまあ。世七はこれからだよ、成長に期待しようぜ」


 そんな世七を見兼ねてか、カイトが助け舟を出してくれた。視線が合い、にやっと笑ってくれる彼に、世七もほっとする。おそらくだが、カイトはきっと世七が()()()良いとこの子どもではないことに気づいているのではないだろうか。世七がこうして、きっと世間一般では普通とされるのであろう質問や反応に困った時に、察しの良い彼はいつも話題を変える手伝いをしてくれていた。


「しっかしかわいー顔してんだからさぞおモテになるでしょうな世七クン」

 ケラケラと笑う伊勢の言葉に、世七はやや不機嫌に反応をする。最近声変りも始まって、少し声は低く掠れるようになってきたため、迫力のある反応になった。


「ああ? 誰が女顔だ」

「ヒエッ怒ると怖いわ違うってホラ、オネエサマに似たカワイイ顔ってこと!」

「俺の紗七が可愛いのは当たり前だろ」


 何言ってんだ、と言わんばかりに堂々と答える世七に、カイトがぼそっと「シスコンこわ……」と呟いた。うるさいという意味を込めて軽く小突いてやれば、また笑い声。暫くそんな、意味のないくだらないやり取りを繰り返していると、世七の耳にぱたんと本を閉じる音が聴こえた。きっと世七にしか聞こえない僅かな音の発生源は、紗七だ。時間なのだろう。世七は立ち上がった。


「そろそろ行く、ありがとうな」

「もうか。分かった、じゃあまたな」


 残念なことに、世七は彼らと約束をすることができない。次のおつかいは未定だし、分かったとしても民間人に監視者の動向を教えることは良くないことだと、流石の世七でも理解していた。だから、「またね」と確約のない言葉でつなぐしかなかった。手を振り、紗七と共に廃倉庫を後にする。まだ日が落ちるまでには時間があり、歩いてでも充分屋敷まで余裕をもって戻れそうだった。


「……紗七、聞こえてた?」

「あれだけ騒いでいれば、そりゃあね」


 帰りの道中、そろりとお伺いを立ててみれば、案の定姉には少年たちの会話が筒抜けだったようで、世七は苦笑を浮かべる。正直恥ずかしい。


「ま、私にしてみたら世七が一番可愛いけど」

「えっそこ?」

「うん? うん」


 世七が危惧していたのはむしろ前半の不健全(少年たちの年齢からしてみたら実に健全な)トークなのだが、そちらはどうやらノータッチのようだ。わざわざそこに触れられても困るが、なんだか拍子抜けして笑ってしまった。

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