独白
男の若い時分は奔放という言葉がよく似合うものだったように思う。弟も似たようなことをしているように思えていたし、実力のある男に文句を言う者はほとんど居なかった。実の母を除いては。母の厳しい眼は、男にまだ決断しないのかと常に語っていた。
男には紗百合という名の妹が居た。男や弟とは異なり、紗百合は生まれつき体も弱く、常陸家として刀を握ることは不可能だった。
だからこそ使命に何処までもひたむきで、哀れな女だった。男はその哀れさが愛おしかった。
縁側で煙草を蒸かす男に、隣に立つ母が言う。
「なぜ請けぬ。お前は紗百合を愛しているのだろう」
男は答えた。
「だって兄妹だぜ」
そうわらった。
その数日後。風の強い日だった。赤光の出現情報など無いというのに、輸送任務に行った妹は日没までに帰ってこない。そして男は何もかもが遅かったことを思い知るのだ。無惨に散らされた春が広がる光景に、理性は焼き切れる。この日、男は守るべきとされていた民間人を五人殺した。
そして男は紗百合とつがうことを決めた。常陸として刀を握れない哀れな女の望みであった「常陸を産むこと」だけは、叶えねばと思っていた。女は気を病み、些細なきっかけであの日の恐怖と絶望を思い出してしまうようになった。女の胎に居座るモノがきっかけのひとつと分かれば、それを排除してやりたかった。未熟なままのそれは、紗百合の記憶と共に胎から出ていく。たとえ当時の置き土産で無いという証拠があったとしても、紗百合の不安を喚び興すものになるならば、邪魔でしか無かった。
だから、つくりなおしたのだ。紗百合の望みを叶えることが、男にとっては最も重要なことだったのだから。
それから十六年という時が経ち、紗百合の最も望んだ常陸の男児は刀を生めないままでいる。何となくそうなるかもしれないと思っていた。紗百合がそうだったのだから。だからこそ、刀を用意できた。男の行動は、今度は間に合ったようだった。
赤光を斬り払った先、長い黒髪が揺れている。今日は風の強い日だ。紗百合によく似た少女が、紗百合が握ることのできなかった刀を持って立っている。一歩、男は近づく。こちらに気づいた少女が、やや体を強ばらせるのが手に取るように分かった。
――ああ。腹立たしい。
愛しい女によく似た顔で自分に向ける怯えた顔も、自分以外に向ける気を許した顔も、全て憎らしい。血のためにと生かしたこれを、いっそ散らせてしまえば。
眺めていれば、ふと背後から突き刺すような視線が自分に注がれた。男は歩みを止める。自身の物よりもやや茶みがかった虹彩で、射殺さんばかりの眼光。その持ち主である青年が、紗百合によく似た女の前に立った。
視線のみでこちらを牽制する青年に目を細め、男は思った。なるほど、やはり自分は何もかも遅かったらしい。




