第15話 退避開始
横須賀は炎と黒煙に包まれていた。
中国軍は5時間以上の時間をかけて300メートルを進み、1200名もの戦線離脱者を出していた。
最も被害が大きかったのは遠隔操縦式セスナによる特攻だった。
墜落と同時に天地がひっくり返るような轟音と震動、閃光を発し、近くにいた兵士を跡形も無く吹き飛ばした。
対空機関銃など持っていなかったので迎撃も困難。
兵士の緊張は極限まで高まり、士気の低下は正常な思考能力を奪っていった。
それは、スピーカーで流されたプロペラの回転音ですらパニックに陥らせる効果を与える程であった。
そこには『栄光の』中国人民解放軍の姿は無く、あったのは、ただ逃げ惑う鼠の大群の姿だった。
しかし、だからと言って『救国連合』が猫である訳では無い。
ただ単に、爆弾の設置場所などが綿密に計画されていただけだ。
中国軍の進行は遅れた。
しかし、全滅させる事は不可能だ。
爆薬の量が絶対的に不足している上に、早ければ1時間程度で中国軍は航空支援を始めるだろう。
そして、横須賀の街は焼き尽くされる。
それまでになんとしてもここから脱出する必要がある。
脱出用の輸送ヘリは秋菜たちがいるマンションからおよそ1キロメートルの地点にある。
着陸可能で中国の対空ミサイルに撃墜されない場所がその地点しか無かったのだ。
『こちらホーク2。脱出開始時刻まで残り15分だ。脱出準備を開始せよ。それと、つい先程九十九里の部隊から連絡が入ったのだが、5つの防衛線の内4つが突破されたそうだ。九十九里では戦死2名。現在はヘリへの移動を開始している。以上』
待機中の輸送ヘリから連絡が入る。
確かに、もうそろそろ脱出の準備を始めなければ危険だろう。
もう既に遠隔操作での爆破を行う爆弾はこのマンションに設置されたものだけで、他はすべて自動起爆方式だ。
しかし、秋菜たちがいる部屋の上にいる狙撃部隊の任務はまだ終わっていない。
その隊長は秋菜の命の恩人であり、上司でもある嘉弘だ。
ここに置いていく訳にはいかない。
そんな事をすれば、きっと嘉弘はこのマンションの爆弾が起動するまで狙撃をし続けるだろう。
あと少しで狙撃部隊の仕事は終わる。
彼らがしていたのは人への狙撃では無く、反応しなかったトラップの起動だ。
対人狙撃をすれば場所が割れてしまう。
しかし、トラップ起動の場合ばれる心配が無い。
何故なら、中国軍兵士からみればトラップに引っ掛かったようにしか見えないからだ。
そして、起動しなかったトラップでこのマンションから狙う事が出来るものはあと12個だ。
狙撃部隊の人数は嘉弘を入れて6人、1人2つを起爆すればいいのだから、時間がかかっても5分以内に片付くだろう。
秋菜は腰のホルスターから愛用の拳銃……ベレッタM-92Fを取り出して弾丸を装填した後ホルスターに戻した。
一応アサルトライフルも持っているが、2つしか弾倉を持って来ていない。
ライフルの弾が無くなってから拳銃に弾を装填していればタイムロスが大き過ぎる。
自分の装備をチェックした後、秋菜は隊員たちに脱出開始の指示を出した。
隊員たちは了解の返事をしてマンションの階段を降りていった。
秋菜が向かう場所は2階上の部屋だ。
そこに狙撃部隊がいる。
秋菜は階段を昇り、狙撃部隊のいる部屋の扉を開けた。
嘉弘たちは既に脱出の準備は出来ているようだった。
秋菜は安堵する。
もしかしたら、対人狙撃に踏み込んでいるかも、などと考えていたが、どうやら違ったようだ。
「よし、もうここには用は無い。あとは無事に本部まで帰るだけだ」
嘉弘は隊員たちに言った。
隊員たちは頷き、部屋を後にした。
「秋菜、どうして俺たちの部屋に来たんだ?」
「高橋さんがもしかしたらここに残って狙撃し続けるんじゃ無いかと思ったんです」
「いくら俺でもそこまで向こう見ずじゃ無い。引き際くらいは弁えてるよ。よし、早く行かないと時間切れになってしまうぞ」
嘉弘は秋菜に言うと部屋を出ていった。
秋菜もそれを追って部屋を後にする。
あとは、ただ本部に戻るだけ。
しかし、それが容易では無い事は誰もが知る事だった。
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