第10話 救出と脱出
秋菜は走っていた。
……正確に言えば違う。
秋菜は一人の少年……祐樹を引きずりながら走っていた。
向かうべき場所は決まっていたが、尾行者……公安監視部隊によって追い掛けられているため中々その場所に行き着かない。
元々この追いかけっこはフェアでは無い。
秋菜が60キロ近くある大荷物を引きずりながら走っているのに対して、公安監視部隊の者たちは拳銃と自らの身体のみ。
秋菜とて味方の援護さえあれば公安の監視部隊ごときに遅れを取ったりはしないのだが、味方とはぐれていた。
途中で一本道を間違えたのだ。
恐らく味方は秋菜を探しているだろう。
そう遠くない未来に援護を受けられる事は間違いない。
しかし、この速度差では監視部隊に追い詰められる時間の方が早そうだった。
そもそも、鍛えているとは言ってもたかだか高校生の少女に自分の1.5倍近くの体重がある人間を運ばせる事自体が間違いなのだ。
まあ、作戦発動段階で最悪の状況だったため、秋菜が祐樹を連れて走っていなければ確実に祐樹は監視部隊に身柄を確保されていただろう。
予想された監視部隊の動員数は最大で30人。
しかし、実際はその3倍の90人。
最初の奇襲で20人は気絶させたものの、後詰めの部隊が大挙して押し寄せてきたため場の完全確保を行う事も出来ず緊急撤退命令が出された。
それを受けもしもの時の為に用意されたテナントビルへ撤退を開始した。
そして現在の状況である。
拳銃で威嚇射撃をしながら必死で逃げようとするが、秋菜は目に見えて疲労していた。
服は水をぶっかけられたような大量の汗が染み込み、足は疲労で震えている。
予定ならば祐樹を案内するだけのはずだったのだが、連れ出して交差点を曲がった時に祐樹は電柱に衝突し、気絶していたのである。
秋菜は『早く起きてくれ』と心の中で叫びながら路地裏へと飛び込んだ。
その前後、祐樹の目が開いた。
「へ?」
そして、間抜けな声を出しながら路地裏の汚い地面にたたき付けられる。
そして数瞬後、拳銃を構えながら飛び込んできた2人の監視部隊員を秋菜は自らの持つ拳銃、ベレッタM92Fで射殺した。
その光景を見て祐樹は目を逸らした。
まあ、当たり前だろう。
人間が血を噴出しながら倒れていく様子を面白いと思う人間など殆どいない。
次に現れた監視部隊員も一瞬の内にして絶命した。
次も、次も、その次も。
そうして弾倉が空になるまで撃った時、路地裏の入り口にはそれまで人だったものが山になっていた。
秋菜は祐樹にポケットから取り出したオートマチック式拳銃を渡した。
それの名前はシグ・ザウエルP220。
かつて自衛隊が採用していた拳銃である。
祐樹は驚愕の表情で秋菜を見つめる。
「本物よ。なんとかして脱出地点まで行くから、敵が出て来れば適当でもいいから撃ちまくって」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。一体何処に連れていくつもりなんだ?」
秋菜はよく考えれば何も言わずに祐樹を連れてきた事を思い出した。
「言うのを忘れてたわ。私は貴方の父親、永田孝一郎さんの依頼で貴方を彼の艦に連れていく事になっているの。まあ、直行は出来ないから近くにある私たちのタンカーで乗り換えてからだけど。ちなみに言っておくと、もし奴らに捕まればまともな生活は送れなくなるわ」
「分かった。よく分からないけど、ついていく」
早くしなければまずいと言うことに気が付いたのか、祐樹は立ち上がった。
それを見た後、秋菜は『飛ばすわよ。絶対にはぐれないで』と言うと同時に疾風のように路地裏を脱出した。
追って来ていた監視部隊員に9ミリパラベラム弾を叩き込み、祐樹の手を取って走り出した。
止まることは無く、ただ走り続ける。
何人もの追手を打ち倒し、目的地であるテナントビルに到着したのは僅か2分後であった。
味方部隊の隊員たちが秋菜を出迎える。
それとほぼ同時、テナントビルを黒い影が覆った。
敵部隊かと思って顔を上げると、そこにあったのはCH-47チヌーク輸送ヘリがホバリングしていた。
入り口から手を振っているのは少しの間別行動を取っていた嘉弘である。
ヘリはその場で旋回し、ビル屋上で乗り込む事が出来る場所へと移動した。
「そういえば、お前の名前は? 俺の名前は永田祐樹、17歳だ」
祐樹が秋菜に聞いた。
「私の名前は吉野秋菜。今は16歳。3日後に誕生日よ……」
そう言うと同時に、秋菜は前にいた味方部隊員に倒れ込んだ。
「ただの疲労です。すぐに治りますよ」
駆け寄ろうとした祐樹に向かって隊員は言った。
「早く中に入って階段を上って下さい。近い内に敵が来ます」
隊員はそう言うと、秋菜を抱き抱えながら祐樹の手を引っ張ってビルの中へと誘導した。
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