第9話 護衛艦『きりさめ』
巡視艇を追い払ってから25分後。
シーホークは護衛艦『きりさめ』の後部甲板に着艦していた。
秋菜たちが降りると、『きりさめ』乗組員たちは敬礼で迎えた。
「艦長はどこだ?」
信宏は乗組員の1人に尋ねる。
「艦長なら艦長室でお待ちになっております」
「そうか。皆さん、艦長室に案内します。私について来て下さい。それと、艦内には段差や障害物が大量にあるので気をつけて下さい」
信宏は言うや否や早足で艦内へ消えていった。
それを見て秋菜たちは慌てて信宏を追いかける。
艦内に入って10分が経過した。
食堂や下士官室を通り、幾つか階段を上ったところに銀板に黒字で『艦長室』と書かれた部屋があった。
「ここが艦長室です」
信宏は言いながらノックをした。
「……入れ」
中からとてつもなく低い、くぐもった声が聞こえてきた。
「入って下さい」
信宏はそう言うと艦長室の扉を開いた。
中にいたのは52、3の髭を生やした男だった。
「佐竹。なぜこんな子供がいる。お前が連れて来るのは日本愛国者連合議会の副議長の筈では無かったのか?」
男は信宏を睨みつけながら言った。
「彼女が、日本愛国者連合議会の副議長であります」
信治は表情一つ変えずに言った。
「ふん。日本愛国者連合議会は中学校か高校の生徒会か? こんな小娘を……お前、どこかで見たような顔だな」
男は秋菜を見ながら言う。
しかし、秋菜にはこんな男と会った記憶など全く無いし、ここまで強烈な存在感を発揮するなら確実に覚えているだろう。
「見間違いではありませんか? 私は貴方と会った記憶は全くありませんが」
秋菜は小娘と呼ばれた事への仕返しか、いらついたような声で答えた。
「いや、確かにどこかで会ったような気がする。あれはいつだったか……そうだ。お前、俊介の娘だろう。たしか6年前の花見の時に会った覚えがあるぞ」
その言葉を聞いて秋菜は思い出した。
この男は確か、永田孝一郎と言う名前で、今は刑務所に入れられている秋菜の父の元上司だった。
「永田孝一郎さん……でしたっけ?」
「そうだ。お前の名前は確か……」
「吉野秋菜です」
「今日は一体何をしにここに来たんだ?」
孝一郎の質問に秋菜は即答した。
「きりさめと我々の共闘交渉です」
「共闘? 何に対する共闘だ?」
「中国の出先機関と化した日本政府と中国人民解放軍」
「どうやって戦う?」
「きりさめによるミサイル攻撃で中国海軍の艦船を襲撃する。私たちは地上で主要人物の暗殺を行う」
主要人物の暗殺はゲリラ戦論争になる前から決定されていた事だった。
「ならば、何故戦う?」
予想外の質問にしばし思案した秋菜だったが、自分としての意見を包み隠さずに言った。
「……このままでは日本は中国に侵略され、日本人の安息の地は無くなってしまうから。それと、自由のため。左翼の言論は批判されるどころか賛美され、右翼の言論は徹底的に攻撃されて言論の自由が適用されないから。これじゃあ北朝鮮と全く変わり無い言論弾圧・思想統制国家だと思ったからです」
「では、その戦いの中で死ぬ覚悟はあるか? これまで何人もの保守派知識人が投獄され、処刑されている。そのように惨めに死んでいく覚悟はあるか?」
「あります。ですけど、私たちは生きるために戦うのであって死ぬために戦うのではありません」
秋菜の言葉に孝一郎は頷くと、いきなり結論を出した。
「いいだろう。共闘を受諾する。お前たちがただ反政府のために戦っているのならば拒否しようと思っていたが、どうやら違うようだ。具体的な話はこれから数日かけて行う事にしよう。だが、その共闘の内容があまりにも我が艦を捨て身にした作戦ならば『きりさめ』艦長としてこの話は無かった事にさせてもらう」
いきなりの結論に驚きつつも、交渉がうまくいったことへの喜びを感じながら秋菜は言った。
「それでいいでしょう。我々も一度本部へ帰って報告をしなければなりません。もしよければシーホークで対馬沖の母船へと送って頂けませんか?」
「いいだろう。だが、一つ頼みを聞いてくれないか?」
「何ですか?」
「俺の家に行って、息子をここまで連れて来て欲しい。人質に取られては困るからな」
確かに、人質にとられる確率はかなり高いだろう。
逃亡護衛艦の艦長の息子と言う肩書ならすぐにでも人質に取られてしまうだろう。
「分かりました。家はどこにありますか?」
「長崎県佐世保市だが詳しい位置は連れ出す日になってから電話か無線で伝える。もしも口が滑って公安のスパイに聞かれたら非常に困るからな」
「分かりました」
「母船まではヘリで送ってやる。佐竹、ヘリの準備をさせろ」
「了解です。艦長」
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月曜日には更新する予定ですので、しばらくお待ち下さい。