名も無き女神のラグナロク
世界とは何だろうか。
そもそも目の前の物はどうやって生まれたのだろうか。
そんな些細な事を女神として生まれた時から数千年ほど考えていた。
「女神様、お茶をお持ちしました」
「茶?」
「お忘れですか? 以前『創られた』星で人間に文化を与え、そこで育った草から煎じた飲み物でございます」
「ああ、そんなこともあったわね。いただくわ」
部下からカップに入った緑色に濁った水を受け取り、それを口に含む。苦い、そしてそれのどこが良いのか全く分からない。
「こんなものを人間達はありがたく飲んでいるのかしら?」
「はい。ある場所によっては神への捧げものとしてその年の一番最初に取った作物の茶をささげるそうです」
「神? 誰に?」
「あ、いや、失礼しました。人間が勝手に想像した概念と言うべきでしょうか」
この世界に『神』と呼ばれる存在は右手の指の数だけ。そこから精霊が生まれ、それを人間が『神』と勝手に呼んでいるが、それが気に食わない。
「この茶はどこの星で作られたのかしら?」
「……」
配下から返事は無い。
「二度、言わせるの?」
「……いえ、五万六千番目に『女神様が作られた』星でございます」
「そう。じゃあお礼をしないとね」
手を前に出し、念じる。
目の前に星が映された画面が現れた。
そして、その星は徐々に赤く染まり始めた。
「綺麗でしょキューレ。ここに住む人間は喜んでくれるかしら?」
「……はい。きっと最高の最期を迎えられたと思われます」
「そうよね。どの星よりも美しく輝き、別な星からも見えるほどの美しさを出したのよ。感謝以外の考えが思いつかないわ」
しかし、やがて感情がまた無へと移り行く。
「あ、一つ忘れていたことがあったわ」
「なんでしょうか」
完全な無の感情になる直前に気が付いた。
「この真っ赤に染まった星に『名前』を付け忘れたわ」
「名前……ですか?」
「そうよ。『私』が作ったんだもの。キューレ、貴女もそうよ? 物を作ったら名前を付けないと」
今まで番号だった星だが、この手でさらに細工をしたのだからきちんと名前を付けないと。そう思った。
「ふと思ったのですが……」
「何?」
「女神様は……その、名前はあるのでしょうか?」
「私?」
「ひっ!」
キューレが怯えだした。何もそこまで私を恐れる必要も無いと思うのだけれど。
ため息をついて優しく答えてあげた。
「私に名前は無いわよ」
「そう……なのですか?」
「ええ。私は創造神よ。私が私を作り出し私という存在が生まれた。自分に自分の名前を付けるなんて馬鹿だと思わない?」
「それは……私めには何とも言えません」
「そうね。貴女はただの名前のついた人形。私の話をただ聞いていれば良いのよ。それとも、何か意見でもあるのかしら?」
ちらりと遠くを眺める。そこにはいくつもの『動かなくなった人形』が山のように重なっていた。
「い、いえ。なんでもありません」
「ふふ、それで良いのよ。さて、次はどんな星を作ろうかしら。人生で一度は大富豪になるけど、そのあと絶対に貧乏になる運命の人間しか存在しない星でも作ろうかしら」
人間はいつも予想外の行動を起こす。それを見るのが唯一この『カミノセカイ』での楽しみである。そして飽きたらその星を壊す。それもまた楽しみである。
配下はその行動に何か疑問を感じているようだが、その時はその配下も『壊せば』良い。それだけである。
☆
そして時は数千年が経ち、いくつもの星が作られ、そしていくつもの星を壊していたある日の事だった。
「不愉快ね」
「どうされました?」
「時間よ。神である私ですら動かせない……いや、権限が無いモノが気に食わないわ」
「ですが、時は時の神の所有物ですので」
「知っているわよ。だから気に食わないわ。それに『光』や『音』も私には作れない。私は創造神なのに万能じゃないことに苛立ちを感じるわ」
「どうか落ち着いてください。女神様」
「はあ……ん? あの星は何かしら。見覚えがある気はするのだけれど」
画面に映し出されているのは真っ赤に燃えている星だった。
「あれは女神様がお作りになられた星で、人間の作った茶に感動し、お礼に真っ赤に染め上げられた星でございます」
「ああ、そんな星もあったわね……それで、その周りにある星は何?」
「周りですか?」
青い星があった。
今まで私が作った星には無い、美しい星がそこにあった。
「あれはこの世界で自然に生まれた……時間が生んだ奇跡の星です」
「奇跡の星……」
青色はおそらく水。しかし陸地には草木があり、その調和が素晴らしいと感じた。
赤く染めた星の光と熱、そしてその周囲に留まることで生まれた奇跡の星。私は初めて『欲しい』という感情を覚えた。
「あの赤い星は私が作ったのよね。だったらあの青い星も私が作った星と言っても過言では無いわ。ちょっと覗いて」
「なりません!」
配下に怒鳴られた。
一瞬何事かとも思えた。
「恐れ入りますが、どうかあの星は触れないでいただければと」
「何故? ちゃんとした理由が無ければ……わかるわね?」
ただの人形なのに、いつもどこかで歯向かう。その度に新しい配下を作って、古い配下を壊していた。
しかし今回はいつもと異なった。
「あの星はすでに複数の神が配置しております」
「は? 私の星に?」
怒りに任せて配下を壊そうと思った時だった。
「我じゃ」
幼い女子の声。振り向くと赤と白の衣類を纏った何かが立っていた。
「光の神? 久しいわね」
「久しいの。名もなき神よ」
たったっと足音を鳴らして私の方へ近づいてくる。光の神が一体何の用かしら?
「あの星……『地球』は我の星じゃ。すでに人間も生活しておる。あの星に指一本でも触れたらこの我『ヒルメ』が許さぬ」
「あら、貴女に名前なんてあったのかしら?」
「我だけではない。時の神『クロノ』に鉱石の神『アルカンムケイル』、音の神『エル』。名が無いのはお主だけじゃ」
「愚かね。名前は呪いよ。神が名前を持つなんて滑稽よ」
「そうかの? じゃが、我が名を容認した途端、力が湧いての。それに地球で今何が起こっているかお主は知っているかの?」
「チキュウで?」
知るわけもない。今まで自分が作った星以外見向きもしなかったため、数十年で消えてしまう人間の生活なんて興味もなかった。
「光を作ったのじゃよ」
「は? 何を言っているの? 光は貴女が作るモノよ?」
「違う。人間が光を作ったのじゃよ。それに、楽器とやらを作って音も作った。鉱石を組み合わせて新しい物質も作った。時間は操作できぬが、時間を見ることを可能にしたのう」
「そんな……人間が?」
初めて恐怖を覚えた。
作ることは私の特権。しかし人間はそれらをすでにチキュウとやらで行っていた?
「光、音、鉱石、時間。さて、残るは運命や空間などじゃが……はて、どれくらいで作れるかのう?」
「私の領域に来る前に壊せば良いだけよ!」
いつも通り『壊そう』とした瞬間だった。何かにはじかれた感覚が私を襲った。
「じゃから、あの地球は我の領域じゃ。もう一度言おう……指一本でも触れたら許さぬぞ?」
「良い度胸ね。いいわ、意地でもあの『チキュウ』とやらを壊してあげる!」
「女神様!」
そしてその戦いは幾千にも及び、様々な星や他の神も巻き込み、あまりの強力な力の発生に、本来人間は私たちを見ることができないのに、その戦いは見たという。
そして人間はこの私たちの戦いをこう名付けた。
『ラグナロク』と。
ご覧いただきありがとうございます。いとと申します。
時々宇宙とは何だろうかと思うことがあったりなかったり。私としては科学で完全に判明するよりは、非科学的な現象の方が夢があって良いなーと思いつつ、今回の物語を書いてみました。
何もない世界に唯一生まれた何か。その中にはもしかしたら人間らしい何かがあったのかなとかも思ったり思わなかったり。
楽しんでいただけたら幸いです!