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師範代様

 国際超能力研究所、という極めて怪しい集団がとある雑居ビルの四階に入ったのは先月の初めごろだった。新興宗教の一つと噂されていたこの団体への調査が依頼された先日、依頼主の女性が訴えたことはつまり以下の通りだ。


「夫は元プロボクサーで、かつてのミドル級日本チャンピオンだった。彼は今でも健康維持のためにロードワークをしていて、当時ほどではないにせよ腕っ節には自信があり、道中でヤンキーに絡まれても返り討ちにするほどだった。そんな夫がある日ロードワークから帰ってくると、全身を殴打され尽くしていて、ぼろぼろの状態だった。夫は現在入院中だが、事情を聞くと、赤いイヤリングの細身の男が犯人だと言った。最近街でちらほら見かける、あの集団のせいじゃないかと思ったが、警察は取り合ってくれない」


 都会の古いビルが建ち並ぶ、アンダーグラウンドな場所に居を構える「五十嵐探偵事務所」はサンライズ・ビルの五階でいつでも相談をお待ちしている。当事務所に在籍している探偵は三名。そこで探偵助手を務めているのが私、夜桜澪、十九歳。東大理科三類を三ヶ月で中退し、ある奇妙な噂のあった通称「レトロビルディング」の中をうろうろうろうろしていたら、数年前の求人広告が道ばたに落ちているのを拾い、ここに押しかけた。


「なるほどー! そうですかそうですか、そりゃ大変。旦那さんのこと心配ですねぇ、でも命に別状はない、ははぁ、よござんす。とまぁ、ここらでギャランティの話でもぉ」

「こらこら、澪ちゃん、そんなせいちゃだめだよ、すみませんねぇ、大丈夫です、調査だけならばタダです。しかし問題解決となると……えぇ、ホームページに記載された分、料金がかかります、えぇ、そうです」


 ここの管理人兼オーナーの五十嵐泰造は御年六十五歳の小太りのおじ様である。私がギャンギャン雇えと申し立てたら、いいよいいよー、と適当なノリで雇ってしまった道楽者である。例の噂を聞くと、そうでぃーす、と軽いノリで認めた確信犯である。


 客が帰った後、私は泰造さんと話し合った。


「ねー泰造さぁん、これやっぱりあれかなぁ、PSの仕業ですかねぇ」

「……うん、たぶんね、それよりその略称、ちょっと語弊あるくない?」

「ないない、ゲーマーだけはある、あるある」

「ちゃんとサイキック・ストレンジャーズって正式名称でみんな言ってるけど、澪ちゃんはそれで通す感じ?」

「いぇーす、おふこーす。短いっしょ」

「……そだね、それでいっか、あはは」

「ところでこれ、誰の案件になります?」

「うーん、普段なら日時計くんだけども、相手によっちゃあ綾丸さんでも構わないよ。女の子同士の方が息が合うかもしれないしねぇ」

「いやでも、パワー系っぽいし日時計さんでいいじゃん、ね、ね」

「いったん様子見てきてよ、まだ解決案件って決まったわけじゃないし」

「え~、一人やだぁ、さーみーしーいー」

「……お願い☆」


 おじ様のふざけたお願いスマイルがまぶしくて、とりあえず単独行動が決まった。私としてはボディーガードが一人くらいほしいところだったが、もう敵のアジトに乗り込んでしまっていて、今は入会手続きの真っ最中。


「あ、あのぉ、ここに入ったら超能力が解放されるって噂、マジっすか!」

「えぇ! もちろんでございますよぉ! 佐藤さんならきっと超能力者になれますっ、すぐに師範代にも気に入られて、「柱」の仲間入りをするでしょう!」


 偽名でよく使う佐藤花子名義で登録しておいた。応接室はまじめな感じだったが、職員の服装がふざけている。イエェェェェィとか叫んでしまいそうな白いはちまきとタンクトップ姿で、ぴっちぴちのサイズ感が気持ち悪い。芸人か?


「ところで、柱ってなんじゃい、いや、なんでございますか」

「ふふ、それは後でわかります。ささ、今日の集会が始まりますから、どうぞこちらへ」


 案内されたのはプラスチック板で仕切られまくっている四階のなかでも一番広いスペースだった。すでに会員が勢揃いしている。別の職員が会員証として白いはちまきを渡してきたので軽く臭いをかいでみると、変な臭いがする。巻きたくなかったけど、みんな巻いてるから、とにかく額に巻いておいた。ジャスティスっ!


「えー今日は新しい人が仲間に加わったぞ、名前を佐藤花子さんと言うそうだ、みんな拍手っ!」


 五十人くらいの老人が拍手していた。とりあえずぺこぺこ頭を下げて、それから座席に着いた。そこから謎のBGMがラジカセから流れてきて、師範代様と呼ばれる禿げたおっさんが現れた。師範代は言った。


「さぁ皆さん、今日も超能力畑を耕していきましょーっ」

「いきましょーっ」

「……い、いきましょ……?」


 ノリがよくわからなかったがそこから新興宗教っぽい祈りの儀式やら何やらがあって、私としては意味がわからなすぎてなんだか楽しくなってきていたが、最後に透明な液体が入ったペットボトルが師範代の前に置かれたとき、周りがざわついた。


「あぁ、今日も聖水をお恵みくださるのですか」

「あぁ、師範代様っ、ありがとうございます」

「聖水ってなんぞ」

「やぁ新入りさん、そりゃありがてぇもんなんだ、秘められた能力のな、つかっとらんところを耕してくれるいいお水じゃけん、あんたも買って飲みんさい」


 師範代のお付きの者が出てきて、今日は濃厚な聖水だから一本二万円とか言い出した。みんな用意していた金を持って師範代の元に押し寄せる。くださぁい、くだっさい師範代さまぁ、なんて言って、金がビュンビュン飛んでいく。分かった、あれだな。


「私にもくだぁさあああい、しっはんだいさまぁああん!」


 みんなのノリに合わせて全力ダッシュしてみる。後で経費に計上するつもりで二万出し、ついでにお付きの者に聞いた。


「ところであなた、柱なんでしょ」

「そうだが、それがどうした」

「いや、なんもないでーす」


 お付きの者の耳には赤いイヤリングが付けられていた。


 そそくさと自分の席に戻り、ペットボトルの中身を一口飲んだ。はいビンゴ。めっちゃPSPサイキック・ストレンジャー・ポーションの味しまーす!


 集会のラストは師範代のありがたいお言葉(笑)で締めくくられ、その日は解散となった。



「――で、どうだった」

「あそこにいるのは、大概じじいやばーばだけで、若者はこれ飲んで覚醒済みっぽいじょ。赤いイヤリングはその証だわさ。もうみんな街に出て行っちゃってるぜ、へーい!」

「あ、っそうなんだ、ふーん」

「日時計にちゃんと連絡してくれた?」

「うん、したした。相変わらず、だりぃって言ってたよ」

「よっし、やりまっか」

「明日の朝九時に集合ね」

「あいよ」


 私はぼさついた無造作ヘアーを後ろに払い、立ち上がって、泰造さんにバイバイした。明日から私はまた任務に就く。次の世界情勢へむかう人類の大きな流れ、その最先端で働くことに意義を見つけた私の、面倒くさくて魅力的な、水面下の抗争が始まる。



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