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魔剣戦記 序  作者: せの あすか
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8月22日 山中の廃墟 1

最初の仕事・・・件の山賊退治は、ほとんどユリース一人で片づけてしまった。



なにか作戦を立てたわけでもない。

ユリースは無造作にアジトに乗り込み、戸惑う敵を--10人以上居たのだが--

一方的に叩きのめしてしまったのだった。



そのあともユリースは、率先して危険な仕事、主に魔物や無法者を相手にした仕事を請負い、矢継ぎ早に解決していった。



クラウはそれらを、世話役のような形で手伝ってきた。

仕事に必要な人数を確保し、段取りや日程を決め、ほとんどの仕事に一緒に付いていく。


別に頼まれたわけではなかったが、戦闘以外のほとんどすべてが苦手なユリースなので、放っておくとうまく仕事が回らないと思ったのだ。


ユリースもそれはわかっているようで素直にクラウを頼ったし、報酬の大部分をクラウに預けていた。

クラウはそこから雇った人間に払う分と経費、それから自分の取り分を抜き、残りは貸金屋を営む知り合いに預けてある。





ユリースが難しい仕事を恐るべきペースでこなすので、半月ちょっとでふつうの賞金稼ぎの一年分は稼いでしまった。



ちょっとやりすぎだ。


クラウもかなり疲れていたので、この仕事が終わったらしばらく休むよう、ユリースを説得するつもりだった。






さて、今回の仕事はユリースが受けたものではなく、ダリという男がペ・ロウの鍛冶ギルドから請負ったもの。

ダリは黒い肌を持つ細身の男で、弓と多少の精霊魔法が使える。


ダリとクラウは古い仲で、色々な仕事を一緒にやってきた仲間だ。

クラウが最近出会った「最高の用心棒」ユリースの事は、酒場の一件のあとすぐにダリに伝えてあった。

ダリはそれを覚えていて、この仕事にユリースとクラウを誘ったのだった。




仕事の内容は、魔物の多い危険な場所での鉱石集め。

輸送用の馬車を守るのに手練れが何人も必要になる大仕事だ。



だから今回は、ダリが知る中でも最も腕の良い賞金稼ぎ達が集結していた。



獲物は特殊な鉱石で、非常に硬度が高く優秀な武具や道具に加工できるため、もし多量の調達ルートを開拓することができれば、巨万の富を得られる代物である。





「もう少しだ。魔物も多くなるから気をつけていこう。」


先頭を行くダリが皆を振り返って大きめの声を出す。



「もう疲れた。帰りたいよ・・・。」

大女のビッキー。大楯と剣を使うもっぱらの前衛。

一見細身だがかなりの馬鹿力の持ち主で、剣の扱いも上手い。

束ねた長い黒髪に切れ長の目が特徴的だ。



「帰ればいいさ。ユリースさえいればおまえが抜けても特に問題ないからな。おまえの分の分け前は俺が貰っといてやるよ。」


クラウ。彼も当然前衛。大楯と剣が一体になったような特殊武器を使う。


あの一件ではユリースに後れを取ったが、かなりの手練れであることは間違いない。



クラウは以前からビッキーとも組むことが多く、戦いのスタイルも似ているため、二人合わせて「竜の双角」と呼ばれることがあった。

ビッキーもクラウもひとくくりにそう呼ばれることを嫌ってはいるが・・・。



「・・・」


もうひとりが魔法使いのカール。

優秀な魔法使いだが宮仕えをする気はないらしく、賞金稼ぎを続けている。

髪はフードで見えない。こけた頬に細い目。背は高いが猫背なので大きくは見えない。

そして体は細すぎるほどに細い。

このパーティの中ではユリースの次に若い。


道は山へ向かう街道。

あまり凹凸はないので、荷馬車が引っかかったりすることはない。

ただ常に登りなので、嫌が応にも体力を奪われる。他のメンバーはともかく、あまり体を鍛えていないカールには堪える。

さっきから押し黙っており、周りの無駄話に反応する気は一切無いようだ。



「なあユリース、おまえ手の甲になんかの跡があるよな?それ何かの防具つけた跡とかかな?」


クラウが目ざとく見つけた。


ユリースは自分の手の甲に目を落とす。

両手の手の甲の左右が、皮のベルトを四六時中きつく巻いて何年も経ったように、硬く厚くなっている。

手の甲の中央部もかなり硬く、少し盛り上がっている。


修道院で目が覚めてから今までに見たどの武器でも、こんな痕はのこらないし、防具もこんな場所に跡がつくようなものは知らない。


「わからない。特に痛くも痒くも無いし。私も気になってるんだけど・・・」


「まあいいけどな。わかったら教えてくれよ。興味がある。おまえも前の事思い出せるかもしれないしな。」




「うん。でも、思い出さないほうがいい気もしてる。なんとなく。」


ユリースの本心だった。この跡は、きっと自分の過去に大きな関係がある。



「なんでよ。知りたくないの?あー、剣闘士とか奴隷とか、牢屋に繋がれてたとか?

そういう暗い過去が出て来ちゃうかもしれないもんねえ!ふふ」


ビッキーが割って入る。




「・・・」



そうなのだ。おそらくまだユリースは20才を少し超えた年齢。


それでこの強さというのはあまりに異常だという事が自分でもわかって来ていた。


それに、これは記憶が無いのと関係しているのかもしれないが、笑い方や怒り方・・・感情表現の方法がわからない。

ホッとする時や楽しいと感じる時はあるが、皆のように笑う事が出来ない。

どんな感情が湧いて、どこの筋肉がどうなって、みんなが笑っているのか、わからないのだ。

むろん、悲しくて泣くこともない。




修道院で見つけられる前になにかがあった。それは確実だが、「何が」あったのかは全く想像がつかなかった。



「あっ・・・図星かーごめん!そうよねえあんたの強さおかしいもんねえハハ」



「おまえさ、なんていうかもうちょっと遠慮ってものを・・・」




殺気。



ユリースはいちはやく剣を抜く。



「待った」



ダリも気づいて、いつになく緊張した声を出す。


その声で荷馬も立ち止まる。





左側の森。雑木林。倒木、蔦・・・。


「透視する」


カール。短い詠唱。杖を森に向け印を切る。


早い。



「ガーゴイル2匹!!」


意外に大きい声。

全員が瞬時に反応し立ち位置を変えて身構える。


直後森の奥から叫び声とともに羽の生えた半透明の魔物が飛びかかってくる。




先に出てきた1匹。

ビッキーが盾を突き出し、ぶつけて動きを止める。

横からクラウが、大楯の先で腹を突き刺す。

動きが止まった瞬間にダリの矢が片目を射抜く。


断末魔。




「もう一体・・・」


言うか言わないかで、2体目のガーゴイルが声もあげずに絶命した。


いつのまにか横に廻ったユリースが首を落としたのだ。





「ひゅー」


ダリが口笛を吹く。


首を失ったガーゴイルの胴からどくどくと茶色い血が吹き出す。




「このパーティ、強いな。なんでもできる気がしてくるよ。」


武器に付いた血を布で拭き取りながら、クラウが子供のような感想を漏らす。


「それはもう、相手がドラゴニウムだもん。半端なパーティじゃダメよね。」


ビッキーはまだ少し興奮気味で、いつもより声が上ずっている。





ドラゴニウム。

ドラゴンの超高温の炎で溶かされた岩が固まって出来た鉱石。

なぜか元の岩よりも硬度が格段に高く、武器防具の最高級材料として珍重される。


だが絶対量が少ない上に、ドラゴンの住処に近いところでしか採れないため、入手は困難を極める。

通常は大国が精鋭を率いて探索し独占するので、少数パーティで手に入れる事はめったに出来ない。


今回の依頼主、ペ・ロウの鍛冶ギルドは巨大な組織だが、軍を持たないためドラゴニウムはなかなか調達出来ない。

だから今回まとまった量を手にできれば、かなりの報酬が見込める。





「死ぬ気はあんまりしないね。馬鹿がいないし皆ウデがいい。」


カールが珍しく無駄話に参加する。


「馬鹿は・・・いなくは無いけど」


ビッキーが小声でささやきながらクラウをちらりと見る。


気づいていないようだ。




「弱いのにいきり立って突っ走ったり、おびえて動けなくなったりする奴さ。

自分の能力を理解せず、役割をこなせない奴は仲間を危険にさらすからね。」



至極(もっと)もで、ビッキーも頷くしかない。



さっきの二匹目のガーゴイルも、ユリースが仕留めなかったらカールが仕留めていたに違いなかった。

すでに呪文の詠唱を終えていていつでも放てる状態にあったし、彼の魔法の威力であれば当然のように一撃で仕留められる。





石畳の街道を山に向かってさらに登る。

ふつう9月になる前には乾季が終わるが、今年はもう少し続くようだ。

その証拠にまだ風は弱いし、山に雲もかかっていない。




「着いたぞ。この辺りからかな?」


街道の両脇に崩れた建物の残骸が現れだす。


人が住まなくなってからかなり時間が経っているようだ。




ここは、昔ドラゴンに襲われて滅びた街だった。

こういう場所での宝探しは墓場をあさるようであまり気分の良いものではないが、実入りを考えると綺麗ごとも言ってはいられない。

それに、今では既に人の住んでいた形跡はほとんど残っておらず、蔦やコケだらけでもはや遺跡のような趣があった。



周辺を丁寧に探索する。時折見つかる小石ほどのドラゴニウムの小さな塊。

拾い集めて、荷馬のカゴに入れていく。



ドラゴニウムは普通の窯や炉で溶かして精製できるような代物ではない。

加工するとなると同じドラゴニウムの刃で削りだすか、優秀な魔法使いを呼んで魔法の炎で溶かす以外ない。

だから、大きな塊ほど価値が高い。



ここはドラゴニウムの産地として有名だから、すぐに見つかる場所には無いと考えていい。


ユリースは初めてなので、クラウとビッキーから捜索のコツを伝授してもらっている。

大きな岩の下。崩れた建物の下。人の手が届かないところ・・・。


カールは力仕事には決して参加しようとはしないが「ありそうな場所」を見つけては、馬鹿力の3人を呼びつけた。



2時間で、大きな塊・・・そのまま削りだして剣になりそうな物が2つ。

ナイフができそうなものが4つ。あとはごく小さなカケラ。


これでもかなりの額になる。上出来だった。





ダリはひとり手を止めて空を眺めていた。

午後の太陽。

夕暮れまではまだ間があるが、野営となると早めに場所を探して設営する必要がある。

雨など降ると、設営の場所はかなり限定される。


「天気は大丈夫そうだな。

今日は予定通りこの辺で野営して、明日昼過ぎまでブツを探してから下山しよう。

俺は先に寝場所を探してくるよ。」



皆無言でうなずく。彼はいつも頼りになるリーダーだった。


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