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魔剣戦記 序  作者: せの あすか
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8月5日 コボルトの集落

昼近くになって、海側からの涼しい風が吹くようになった。


年中炎の森からの熱気に晒されるこの土地の、短い憩いの時だ。



炎の森のコボルトの女族長ドメキアは、昨日突然コビが連れてきた二人の人間の事をずっと考えている。



昨日の夜明け前、集落の門まで来たところで自警団が二人を囲み、捕らえた。

コビは、命の恩人だからと主張したが、自警団の者たちも譲らず、結局牢に繋ぐことになった。


それから長老を集めて処遇を話し合ったが・・・初めての事で、なかなか結論が出ない。

結局処遇を決められぬまま一夜を明かしてしまったのだった。






「ラクザ・・・あのふたりは・・・どうしていますか?」


牢のほうからこちらに向かってきた侍従に尋ねる。


「あの・・・二人ともすっかり寝ております。食事の時間以外、ほとんどずっと。」


ドメキアは吹き出してしまった。まるで緊張感がない。

下手をすれば殺される状況だという事がわからないのか、それとも恐ろしく肝が座っているのか。



「手荒なことはしていませんね?今から話をしに行きます。あなたもついてきてください。」


ラクザを伴い、集落の中央、丸屋根が特徴的な集会場の地下にある牢に向かう。




コボルトの家は、火山灰と水を混ぜて固めた石のようなものでできている。


このあたりで採れる火山灰と水を混ぜると、しばらくはドロドロの粘土のようになる。

その間に好きな形に整形しておくと、一日後には固い石のようになる。


こうなると昨日のような噴火の時も地震の時もまず崩れない、丈夫な家ができる。

この地域独特の技術だった。



牢は鉄の扉と窓だけの単純なもの。二人は一番広い部屋に入れられていた。

犯罪者ではなく、あくまでコビを助けてくれた恩人でもある。

できるだけ丁重に扱うよう、ドメキアが指示してあった。

さすがに両手に縄がついてはいるが。




扉を開けると、牢部屋の中の二人はすでに目覚めていて、こちらを向いている。

右側は長身でやせ型、茶色の髪の優男。

左は中肉中背で金髪の、いかにも軍人という面構え。


どちらもかなり鍛えている。そして、若い。




「この集落を束ねる者で、ドメキアと申します。まず数々の非礼をお詫びします。

それから、コビの命を救ってくれてありがとうございます。

彼は一族の将来を担う宝物のような存在。失わずに済んで良かった・・・」



「にしては、扱いが悪い・・・けどね。」

長身のほうがいたずらっぽく言う。恨みがましくはないし皮肉でもない。

不思議な男だ。


金髪のほうは憮然としている。


「申し訳ありません。コボルトは過去長きにわたって人間に虐げられてきた種族。人間によい印象がありません。

集落の位置を人間に知られることは、我々に取って恐ろしい事なのです。」



「巨人戦争・・・ですね。昔から人間は異種族にずいぶんひどいことをしてきた。

今でも異種族に残酷なふるまいをする人間は後を絶ちません。

だから、お気持ちはよくわかります。」



ドメキアは驚いていた。


巨人戦争は、100年以上前に人間と他種族の間で行われた戦争で、エルフ、ドワーフ、コボルト、ゴブリン達が虐殺され、住処を奪われた。

そして、奪った土地に建国されたのが、オルドナである。



人間・・・特にオルドナ人はこの戦争を「建国戦争」と呼んでいたが、異種族たちは自分たちより体の大きな人間を皮肉も込めて「巨人」と呼び、この戦争を「巨人戦争」と名付けて屈辱の歴史として深く胸に刻んでいた。


そしてコボルトは、この戦争により滅亡したと思われているはずだった。




この若者はオルドナの人間でありながら、「巨人戦争」を知っていて、我々の前でその名を使うのか。



金髪は、長身の話を聞き、驚いた様子を見せたあとはじっと考え込んでいる。

どうやら自分が捕らえられている事などすでに頭にないようだ。



「あなたたちはオルドナの人間と聞きましたが・・・まずはお名前と・・・旅の目的を教えてもらえますか?」


「僕はトニ。オルドナの近衛隊に所属しています。」


トニが金髪を見ると、うなずいて引き継ぐ。


「おれはジャン。普段は軍で隊長をやってる。


今回の任務はトラギアへの使者だ。千年紀の祝いの品を王に届ける。

オルドナはマリーアスともメルケルとも仲が悪いから、仕方なくここを通った。

あの子を助けたのは単なる行きがかりだ。

特にあんたらに用はないよ。さっさと通してくれないか。」


ウソではないだろう。この金髪が持っていた荷物が祝いの品か。



「あなた方が集落の場所を他人に漏らさない保証がないのです。

それは私たちにとって恐ろしい事。

だから簡単に行かせるわけにはいかないのです。」



「あいつに連れてこられたのによ・・・じゃあ何をすれば解放してくれるんだよ」


「あなたたちの心臓に、コボルトに伝わる魔法をかけます。

私か他の長老が命じれば心臓が止まる、強い魔法です。

もちろん逃げ出しても無駄です。・・・この集落でしばらく過ごしていただけませんか?

それであなたたちを見極めさせていただきたい。


あなたたちが信用に足る人間とわかったら魔法を解き、自由にします。」





「もしお眼鏡に適わなかったら?」



ジャンの目が険しくなる。



「殺される、という事でいいんじゃないかな?」


トニが軽すぎる口調で言う。



ジャンはまだ何か言いたげだが、もはや無駄だと悟ったのだろう。

替わりに大きなため息をつく。





ドメキアは交互に二人を見つめる。


ふたりとも、しっかりと見返してくる。



良い目だ。



「・・・ラクザ、あれを。」



横の侍従がドメキアに壺のようなものを渡す。


「これから魔法をかけます。力を抜いて。少し苦しいかもしれませんが、すぐに終わります。」



壺の下に台がついており、蝋燭がおいてある。


それにラクザが火をつけた。




赤っぽい煙が立ち上がる。


ドメキアとラクザは吸い込まないように布で口を覆い、団扇であおいで煙を牢の中に追い込む。








「これは・・・臭い・・・」


トニが情けない声を出す。



「苦しくなってきた・・・大丈夫なのかよ・・・・なああんた!」


ジャンもさすがに不安気な声を出す。










数分で、煙は収まった。





「大丈夫ですよ。さあ、魔法をかけます。お二人ともこちらを向いて。」


二人とも涙目になりながらも素直にこちらを向く。


ドメキアがコボルトの古い言葉で呪文を唱える。


鈍く光った掌を、トニの胸に押し当てる。

胸がぐっと熱くなり、光が消えていく。


そしてジャンの胸にも同じことをする。




「これでよい。魔法はかかりました。あなた方を解放します。

くれぐれも、暴れたりしないでくださいね。

魔法の事はすでに長老全員が知っていますので。」




「わかりました。じゃあもうこれは必要ないかな?」



トニがいたずらっぽい顔をする。


見ると手に縄を持っている。

さっきまで二人を縛っていたはずの縄。

ジャンもいつの間にか自由になった両手をみせてニヤニヤしている。




「あなたたち・・・・いつから・・・」


ドメキアが目を丸くする。


「いや、縛り方が甘かったので、ここに入ってすぐに。」



トニがラクザに縄を渡す。ラクザも驚きを隠せない。


「出ていこうと思えば行けたのに・・・なぜ」



「いや、どんなことをされるのか興味がありましたし。

しばらく過ごさせてもらえるなら、ありがたいですよ。


僕はこの集落をよく見てみたい。

あなた方の生活も。」



「オレは全っ然興味ないけどな。

こいつは言い出したら聞かないから、付き合うことにしたんだ。

まったく任務中だってのによ!・・・まあいいか。

よろしくな。ドメキアさん、だっけ?」



ラクザが吹き出す。ドメキアも笑いをこらえきれない。


そしてすでに二人は、この若者たちを好きになっていた。


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