9月10日 山中の廃墟
ドラゴンとの突然の遭遇は、一行に普段とは違う緊張感をもたらした。
野営の際には常に見張りを2人立てたし、朝も全員がかなり早く起き出した。
だが、その後ドラゴンは現れていない。
彼らは石のように固いパンだけの簡単な朝食のあと、予定通り午前中いっぱい鉱石探しをすることにした。
ユリースはクラウ、カールのふたりと、今度は川を渡った向こう側を探索しにいった。
ダリとビッキーは、山側を探すことにした。
一応、ドラゴン対策の編成ではある。しかしなんとなく、もうドラゴンは出ないのではないか、と全員が思っていた。
あのドラゴンは、ユリースに何かを伝えに来ただけなのだろう。
そうすると逆に、ユリースが何者なのか、そっちのほうが気になってくる。
当の本人も、まるで訳が分からないと言った風で、謎は深まるばかりだった。
山側を探し始めてから2時間がたった。日はだいぶ高くなったはずだが、相変わらず雲が厚くて太陽が見えない。
残念ながら、ダリとビッキーはほぼ成果なし。
そもそも大して期待できない場所なので、ふたりともそれほど真剣には探していない。
雑木林の中。湿った空気と羽虫が絡みつく。
「ああ、もうこの辺はいいや、きっと向こうで見つけてるだろ。」
ダリが音を上げる。ビッキーは言われなくてもとっくにやる気を失っている。
彼女は成果が望めない努力はしない主義だったし、なにより虫が苦手だった。
「うん。あっちに合流しようか。一回野営地に戻ってこれ置いてから。」
少しの鉱石が入った籠を指さしビッキーが言う。
ダリは無言で頷いた。
移動しようと街道側に目をやったビッキー。
「シッ」
人差し指を口に当てる。
誰か来る。
麓の方から登ってくるのが4人。うちふたりは軍人か。
1人は鎖帷子を着た大柄で若い男。
もうひとりは軽装で、将校らしき身なり。
どちらも並の使い手ではない事がひと目でわかる。
もう1人は文官らしき身なりの背の高い男。
だがダリとビッキーは彼の足の運びから、こちらも訓練を受けた剣士である事を見抜いていた。
そして最後の一人が背の小さなメガネの女。
彼女からは全く戦闘の気配はしない。
坂道で息を切らしているし、魔法が使えるようにも見えない。
周囲に気を配る余裕もなく、自分の足元以外全く目に入っていないようだった。
彼女がいる事で、ダリは一行への警戒心をある程度解くことが出来た。
だが目的が全くわからない。
しっかりした身なりからはどこかの国の家臣・・・とも見えるが、長旅の支度でもないし、鉱石拾いであればメガネ女は連れてこないだろう。
「どうする?」
ビッキーがダリに判断を求める。
彼を優秀なリーダーとして認めているのだろう、重要な場面では、彼女は徹底してダリの考えをを尊重してきた。今回もそのつもりのようだ。
ダリは逡巡したが、この手練達が自分達に気付かずに通り過ぎてくれる確率はとても低く思えた。
そしてユリース達にこの事を伝える手段もない。
下手に怪しまれるよりは姿を見せた方が危険が少ないと考え、ビッキーを促して雑木林から街道に出た。
一行はすぐにダリ達に気づく。
長身の男が、やけに親しみを込めた顔で片手を上げる。
「やあ、君たちかな。噂の賞金稼ぎがここにきていると聞いて、追いかけてきたんだ。
ちょっと聞きたいことがあって。」
どこかの国を怒らせたか?鉱石の取りすぎか?
なんにせよ面倒な事になると、ダリは確信した。
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ユリースはクラウ、カールと共に、籠いっぱいのドラゴニウムを集め、大汗をかきながら夜営地まで降りてきた。
3人とも籠を下ろし、一息つく。
いよいよ雲行きが怪しくなってきた空を見上げてクラウが焦りだす。
「いよいよ降りそうだな・・・おお、もう片付け終わってるんだな。」
「ダリがやってくれたんじゃないかな?そういうとこ抜け目無いから。」
カールが珍しく褒めるようなことを言った。
「さっさと帰り支度しようよ。」
カールがそう言ってユリースの方を見るが、返事がない。
ユリースは厳しい表情で麓の方を見ていた。
カールは目線の先を追う。
街道のさらに降りた所・・・廃墟の入口からこちらに向かってくる一団が見えた。
先頭はダリ。次にビッキー。その後に、見たことの無い人間が4人。
クラウも彼等に気づいた。
「おい、なんだあいつら?」
「わかんない。只者じゃ無さそうだね・・・ダリの様子見てると、敵じゃあないみたいだけど。」
カールも首をかしげる。
仲間ではない4人のうちの前の2人・・・その姿を見て、ユリースは妙な感覚を覚えていた。
(私はあのふたりを・・・見たことがある?)
さっきかいた汗が冷えて首筋から背中を伝い、身震いする。
「おう、ダリ!なんなんだそいつら!!」
ユリースの様子を見て心配したクラウが、近づく前に正体を確かめようとした。
「知らねえよ!メルケルからだってよ!ユリースに用があるって!!」
ダリが大声で答える。
近づいてきた。将校と長身の・・文官?
唇が震える。寒くなんてないのに、歯の根が合わない。
こいつら―
二人の目線は、かなり前からユリースだけに注がれている。
目の前まで来た。
ユリースの顔は陶器のように真っ青になっている。
「ユリース・・・王女・・なのか、やっぱり・・・」
将校が呆然として呟く。
「生きて・・・」
文官が言葉に詰まる。
ユリースの頭にその言葉の意味が浸透していく。
ピシッ、と何かが裂けるような音が聞こえた気がした。
頭痛。
耳の奥にこびりついて固まっていたモノが湧き出てくる。
―謁見の間、黒い剣。
「どいて。」
ユリースは鬼の形相で、庇うように前に立っていたクラウを押しのける。
そしてユリースはいきなり二人に向かって走る。
「お、おい!」
ビッキーが狼狽の声を上げる。
将校に狙いを定めて左上段から電光石火の一撃。
あれは、かわせない。死んだ。
賞金稼ぎ達全員がそう思ったが・・・
ギィン
将校は、左腰の剣を左手で逆手に抜きながら反転してしゃがみ、剣を担ぐような格好でユリースの一撃を弾き返した。
確かに普通に剣を抜いていたら間に合わなかった。
だが瞬時にこんな動きができるものなのか。
見ていた者たちは圧倒された。
ユリースの剣と体がはじき返される。
将校は反転の勢いのまま一回転し、すでにユリースに正対している。
文官も鎖帷子も、とっくに剣を抜いて身構えている。
3人共、並みの手練れではない。
ダリもクラウもまったく動けない。
ユリースの突然の豹変、そしてユリースの本気の不意打ちをとてつもない動きで受け止めるこの男。
もはや理解の範疇を超えている。
「ちょっと・・・待ってくれ・・・!」
将校がユリースに語りかける。
「あなた達が・・・!」
構わず激しい突き。
将校は間一髪かわすが、切先がかすったようで頬から血が吹き出す。
激しい頭痛がユリースを襲う。
視界が歪む。
―母を守るためと燃える城に向かう兄。
―侍女に連れられて逃げ惑う地下道。
―黒焦げの死体で埋まる川。無数のドラゴン。
「あなた達が・・・来なければ・・・」
ユリースはいつの間にか剣を落とし倒れていた。
将校と文官、ビッキーとクラウとメガネの女が駆け寄ってくる。
―母と兄と、無数の人々を飲み込みながら崩壊する城。
―避難した住民たちを飲み込んだまま燃える教会。
―子供の泣き声。母親の叫び声。
―目の前で血を吐いて倒れる父。
上から自分を覗き込むいくつもの顔。
灰色の空。
混乱、そして激しい頭痛。
溢れ出す、おぞましい殺戮の記憶。
ここは、この廃墟は。
滅びた国、トラギア。
美しく活気にあふれていた街。
そして私は。
ぽつり、と頬に雨粒を感じた後、ユリースは意識を失った。
第一部 了
読んでいただきありがとうございます。
仕様と構成の兼ね合い上ここで完結としていますが、魔剣戦記 Ⅰに続きます。
よろしくおねがいします。





