9月9日 山中の廃墟
瓦礫の隙間から突然ネズミが飛び出して、クラウが驚いて飛び退いた。
それを見てダリは笑いを咬み殺す。
「畜生、びっくりさせやがる。」
「でかい図体して気が小さいんだね」
ビッキーに軽口を叩かれ、クラウは小さく舌打ちした。
ユリースに誘われて、一行はまたこの廃墟にやってきていた。
ドラゴニウムが出るという事は、ドラゴンの炎に焼かれた過去がある、という事。
考えてみれば当然の事なのだが、クラウもダリもあまり意識したことが無かった。
二人とも数年前に西方から流れてきた賞金稼ぎで、昔の事件についてはあまり知らない。
酒場で話題に上った事はあったのかもしれないが、気にも止めていなかった。
ビッキーは産まれも育ちもメルケルなので、当時からよく噂話を聞いていたようだ。
ただ、彼女も当時はまだ若く、大人たちもそれほど詳しい話をしたがらなかったらしい。
その後も特に意識したことは無く、だから事件についてはほとんど知らない。
カールは全く興味がない様子だが、ドラゴニウムを拾えるなら、と付いてきた。
すでに昼。
ユリースを先頭にして坂の多い廃墟を歩き回る。
先日来た時にも目に止まった尖塔。
ユリースが立ち止まり、苦しそうな表情で見つめる。
「どうだ?なにか思い出せるか?」
クラウが恐る恐る確かめる。
「ん。全然、何も・・・見覚えがあるような気がしたんだけど・・・前回見ただけかも。」
ユリースが、周りを見回しながらゆっくり言葉をつなぐ。
「もう少し先まで行ってみる。」
「そうだな。まあ瓦礫だらけでどこまで進めるかわからないけどまあ、気負わず散歩しようや。」
少しでも気を楽にしてやりたかったが、ユリースは硬い表情のまま頷くだけで、さっさと歩き始めてしまう。
クラウはビッキーに顔を向け、肩をすくめてみせた。
「そんなに時間が無いかもしれないな。雲行きが怪しくなってきた。」
ダリが空を眺める。確かに、雲が黒く早い。
「オレは石拾いしながら早めに雨をしのげる場所を探すよ。行ってくれ。」
そう言って、自分は川沿いに向かう。カールもそれに付いていった。
薄情にも見えるが、ユリースはそんな事気にしないだろうし、雨が降り出してしまうと野営の準備もままならない。
その辺り、やはりダリは抜け目がない。
坂道をさらに半刻ほど登ると、少し開けた場所に出た。
元は広場だったのだろうか。円形の石畳、周囲にはやはり瓦礫の山が続く。
「しかし、ひでえな。まともに建ってる家がひとつもねえとはな。」
「まあずいぶん経ってるし。当時壊れず残ったものも崩れてるかも知れないからねえ。あー見てよ、あれ。」
道はビッキーが指さした方向に続いているが、瓦礫の山がその道を閉ざしている。
どうやらここから先に行くには大掛かりな工事が必要なようだ。
「仕方ないね。戻ろう。ありがとう、二人とも。無駄足をさせてしまった。」
ユリースが珍しく人を気遣う。
「それは構わないけど・・・なんも思い出さないんだねえ。
こことか結構特徴のある地形だけどねえ。」
「うん。特に見覚えがあるとも思えないし、何も感じない・・・」
「てことはやっぱあんたとここは関係無いのかもね。」
「そうかもしれないな。まあ明日もあるし今日はこれくらいにしとこうぜ。
無理に焦ることもない。石拾いすれば金は稼げるしな。無駄足じゃねえよ。」
ユリースは頷き、3人はしばしの鉱石拾いの後、もと来た方向に戻る事にした。
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ユリース達と分かれて程無くして、ダリとカールは野営が出来そうな廃墟を見つけていた。
雨が降っても煮炊きに支障がないよう、廃墟から近くの木まで天幕を張って屋根を作る。
こういう時の天幕は、雨水を流す方向を意識して張るのが大事だった。
そしてわらや木の葉、布で即席の寝床を人数分用意する。さらに石組みの簡単な竈を作った。
ダリは子供の頃から森で狩りをしていたので、こういう事は得意だった。
意外なのはカールで、実はこういう作業は苦手ではない。
ふたりで、ものの1時間で即席の野営地を完成させてしまった。
まだユリース達が帰ってくるには間があるが、残念ながらこの辺りにはもうドラゴニウムには残っていない。
それもそうだ。前回この辺りは一通り見ている。
野営の場所を変えるべきだったかもしれない、とダリは後悔していたが、流石にもう動かす気にはなれない。
石はあの3人に任せて、ふたりは早めに食事の準備を始めることにした。
(今回は少しマシなものが食べたいな)
ダリは思った。
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突然、大きな羽音。
「おい・・・あれ・・・」
クラウが上空を見つめて唸る。
空から降りてくる巨大な影。
赤茶けた肌。大きな翼、長い首。赤い目。
巨大な羽根の生えた首長トカゲのような生物が目の前の大岩に降り立った。
ドラゴン。
かなり大きい。
3人は身構える。何故いきなり?
厄介なのはとにかく炎。今は特に対策をしていない。
吐かれる前に仕留めなければ、無傷では済まない。
3人一度に焼かれるわけにはいかない。
味方同士、お互いに距離をとった。
ダリとカールがいない。編成が良くない。
遠隔攻撃無しでドラゴンと対峙することになるとは。
クラウもビッキーも冷や汗が止まらない。
-どうする-
するとドラゴンが一声、唸った。
「え?なに・・・」
ユリースが反応する。
そしてドラゴンはいきなり飛びたった。
激しい羽音で垂直に上がっていく。
一瞬で点のようになってしまった。
どうやら、再び降りてくる気は無いようだ。
「フゥーーーーー」
汗だくになったクラウとビッキーが腰を抜かしたように座り込む。
ユリースもじっとりと手汗をかいていた事に気づく。
「あぶなかったな・・・・まさかここで出るとはよ」
「ほんと、油断したね・・・この3人じゃ分が悪い・・・つーかアンタ、竜と喋った??」
ビッキーがユリースの方を向いて大きな声を出す。
「いや・・・なんとなく、言ってることがわかったような気がしただけ。「帰ってこい」って、言ったような。」
「帰って来いって・・・・どこへ・・・」
クラウもビッキーも怪訝な顔をする。
「わからない・・・なんだろう・・でも言葉がわかるわけじゃないから、自信ないよ・・・」
とりあえず危険は去った。しかし油断はできない。
3人は急いで、ダリ、カールと合流することにした。
雲が厚い。
手を伸ばせば触れられそうな程空が低いが、雨はまだ降らない。





