第2話
視界の端から暗くなって、物が歪んでいくような、そんな気がした。
その手紙と日記は俺の人生でずっと逃げて、目を逸らしてきた後悔と絶望が形を成して目の前に現れたみたいだった。その小さくて、大きな後悔はやがて重たい重たい罪悪感へと変わり、俺の心を押しつぶした。
ソファから一歩も動く気にならない。視線すら動かすのがめんどくさい。心がぐちゃぐちゃで何も考えられない。何も感じないのに、ただ苦しい。胸の下の方が痛くて、息がしづらい。
結局俺はあたりが明るくなるまで何もできずにソファに座っていた。
部屋に朝日が差し込んだ時、疲れと眠気、それと仕事を思い出した。一睡もしてない。ろくな仕事ができるほど気力も体力もない。心底休みたいけれど、会社のみんなに迷惑をかけるわけにもいかない。何より「幼馴染が死んだので休ませて欲しい」なんて言って休めるぐらいなら、こんな満身創痍になってない。
肉体的にも、精神的にも重い体を引きずりながら「シャワーだけは浴びよう」と洗面所へ向かった。
服を脱いで、シャワーを浴びていると、少しだけ冷静になって「涼介のために何ができるだろう?」とか「涼介はどうすれば許してくれるだろう?」といったことを考えてしまう。でもその度に今の自分には何もできないし、そんなこと、今更考えても遅いことに気づいてどんどん自分がちっぽけに思えてくる。
今の俺は涼介のために会社の一つも休んでやれない。過労死した幼馴染の話を聞いてもなお、会社に囚われて、このまま俺も涼介と同じように死んじまうんだろうか?結局俺は誰のためにも、何もできない。じゃあ俺はなんのために生きてるんだろう?間違いだらけで、後悔だらけの、こんなちっぽけな人生に意味があるんだろうか?ダメだ、考えれば考えるほど息苦しくて吐きそうになる。
風呂場を出て髭を剃り、最低限の身支度を整えて重い重い玄関を開けた。
眩しすぎる朝日は清々しいというよりか、今の俺には肌に突き刺さって痛い。下を向いていても地面に反射して目の奥に染みる。
俺にとっては、昨日よりも少しだけ暗い世界。でも世間は昨日とほとんど変わることなく、小学生が元気に学校へ登校している。彼らの世界と自分の世界を見比べると、より一層俺の世界は暗い気がする。
最寄りの駅まで、大して距離はないが、一つだけ信号がある。いつもはほとんど引っかかることはないが、今日は運悪く引っかかってしまった。
「ついてない」そんなことを思って立ち止まると、やはり涼介のことを思い出してしまう。俺たちはどこで間違えたんだろうか?高校生のあの時、俺がもっと真剣に練習して、ずっとバンドを続けていたら、どうなっていただろうか?
信号が青になった。
歩き出しても下を向いたまま、もう何度もした後悔をまた繰り返す。
でも、変わろうって言ったって、もうそんな体力すら残ってない。もう疲れた。もう疲れてるんだ、ずっと前から。
でも、ほんの少しだけ、意味があるのかわからないけれど、今の俺が涼介の為に出来る事があるとすれば、墓に参ってやる事ぐらいだろう。
でもそれも、涼介の墓の前に立つのを想像するだけで罪悪感に押しつぶされそうになる。臆病な俺の事だ、またすぐに逃げ出すに違いない。
「つくづく俺ってダメなやつだなぁ」
そう言いながら、ふと顔を上げると、視線の先に小さな猫が歩いていた。
向こうもこちらを見つめていて目があった。
"ニャーン"
「可愛い」
思わずそう呟いた瞬間、
"ファーーーーーーン!!!!!"
大きなクラクションとブレーキの音が後ろから聴こえる。
"ドンッ!!!!!"
音に気づいて振り返ろうとした時には、俺の視界は真っ暗に変わっていた。