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第1話

異世界には転生しません。

もう何日寝てないだろう?

てか、今日何日だっけ?家に帰れるなんて何日ぶりだろう。

帰ったらゆっくり風呂に入って、好きな音楽を聴いて、うまい飯を腹一杯食べてから爆睡してやる。

そんなことばかり考えながら、俺は終電間近の電車に揺られていた。



「〇〇駅、〇〇駅、降り口は右側です」

っ!降りなきゃ!そう思いながらも体が思うように動かない。

やっとの思いで電車から出ると、ふと

"俺、なんでこんなしんどい思いしてるんだろう"

なんて事を考えてしまった。


駅から家までの道の途中、俺は大学時代を思い出していた。思えばあの頃はまだ、バイトで忙しくても、「社畜だぁ〜」なんて言いながら友達と笑い合える気力があった。今は笑う気力も、むしろ友達すらいない。


「あー、俺って何がしたいんだろう?」


そんな事を言いながら家に着くと、ポストに大きな封筒が届いていた。

「誰からだろう?」

送り元が気になって裏を見ると、幼馴染のお母さんの名前が書いてあった。

「柳 涼子、、、」

涼介のお母さんから。なんだろう?中身の想像が全く付かないまま、家に入り、そのままソファに座り込んだ。

丁寧に梱包された封筒を無神経に破くと、最初に一枚の写真が出てきた。

それは、俺が高校1年生のとき、涼介と一緒に文化祭の有志バンドを組んだときのものだった。

「懐かしいなぁ」

あの時は楽しかった。

涼介と一緒にメンバーを募って、一から楽器を練習して、曲を作って。


涼介には確かな音楽の才能があった。やる気も覚悟も涼介は十分にあった。

俺も最初は本気だったんだ。だからこそ、涼介にベースをやらせてでも、ギターボーカルをやったんだ。

でも、俺には覚悟が足りなかった。長時間の練習も、声が枯れるまで歌い続けるのも、ちょっとづつ、ちょっとづつ、嫌になっていった。

やがて熱量の差は大きな溝になり、結局高校2年生の終わりには涼介とバンドを解散してしまっていた。

あの時バンドを続けていればどうなったんだろう?そんなことを何回考えただろう?

”めんどくさい”

”バンドなんかに本気になんなよ”

そんな言葉を、何回後悔しただろう。俺はあの頃からずっと変わらず、めんどくさがって、周りに流されて、周囲の目を伺っては後悔を繰り返してる。


でも涼介は違う。成功できるだけの才能があって、その才能に見合った努力をしていた。

メジャーデビューの報告だろうか、新曲の発表だろうか。

幼馴染の朗報に期待を寄せながら、手元の封筒に目を戻すと手紙が一通入っていた。

”晃くんへ”

手紙は綺麗で小さな文字で綴られていた。

しかし、手紙を読み進めていくと、俺は目を疑う文章に出会った。


「涼介が、死んだ?」


はぁ?

つい一人で呟いてしまった。

理解が追いつかない。なんの冗談だ?あいつのことだから、東京に行って、俺なんかじゃなくもっと才能のある、もっと覚悟のあるやつと一緒に成功するもんだと思っていた。順風満帆で、いつか俺のことなんて忘れてしまうもんだと思っていた。そんな幼馴染が急に死んだ?

少し落ち着こう。ちゃんと最後まで手紙を読もう。


手紙によると、涼介は大学を中退し、2年間バンドで頑張っていたらしい。しかし、プロの世界にはいわゆる「天才」達がごまんといて、涼介は天才達との実力の差に絶望し夢を諦めてしまったらしい。

その後、涼介は企業に就職したが、運悪くそこはブラック企業だったそうだ。

最期、見つかった時には会社の通路で倒れていたらしい。


涼介のおかあさんには物心ついた頃から大学に進学して地元を離れるまでお世話になったが、こんなことを冗談で言えるような人ではないことは十分わかる。

でも、急すぎて感情が追いつかない。


手紙の最後には

”涼介は最期まで、また晃くんとバンドがしたいって日記に書いていました。今じゃあもう遅いかもしれないけど、涼介の気持ちをわかってあげて欲しいです。”

と書かれていた。封筒には写真と手紙の他に、二冊のノートが入っていた。一冊は歌詞ノート、もう一冊は涼介が倒れる二日前までずっとつけていた日記だった。


”七月二十一日 なんで俺はこんなに仕事が遅いんだろう?どれだけ頑張っても、足りない。もっと頑張らなきゃ。”

”九月三日 いつぶりの休みだろう?時間がない。高校時代はよかった。一日中練習できた。晃は元気にしているだろうか?ギターまだ弾くんだろうか?いつかまたあいつとライブに出れたらいいな。”

”十月三十日 久々の日記。世の中の人はみんな、こんなしんどい思いをしているんだろうか?仕事がつらいと思えば思うほど、高校時代を思い出す。今日何回晃に連絡取ろうとしただろう。でも、今思うと無意味だな。もう何年も会ってないし、何より自分でバンドから追い出しといて、今度は仕事がしんどいからまたバンドしようじゃあ虫が良すぎる。俺ってダメだなぁ。”

”十二月一日 最近なんだか調子がいい、やっと仕事に慣れてきたんだろうか?時間ができたら晃に連絡しよう。久々に会って話をしよう。あいつ今何やってんだろう?まあ、あいつのことだから出世して金持ちにでもなってんだろうな。俺ももっと頑張らなければ!”


十二月三日に涼介は死んだ。










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