完情的 3
『担任だったモノ』に殺されかけた勝野に、無くなっていた記憶がよみがえった。
その時、心の中で語りかけてきた「恐怖」と「絶望」。
二つの完情により無残な姿になり果てた『担任』。
終わったかに見えた虐殺の果てに、勝野の心に再び「恐怖」と「絶望」が語り掛ける。
落ちているものを拾い、眺めていると次第に頭から気分が高まっていく。
雨がいつの間にか降っていて、頬を赤い雫が流れ落ちていく。顔を上げ空を見上げると頭の中で声が聴こえる。
(…満足…シテル…?……終わらナイ…終わってナイ…マだ…満足……シナイ…)
(……!!)
亀裂の入るような痛みが脳を駆け巡る。細胞の1つ1つが、意思をもっているかのように暴れ始める。体の制御が効かない。流れる汗と涙。本能が恐怖と絶望、死と復讐を求めている。
( 足りナイ足りナイ。支配サレルのハ、人間のツトメ。完情コソ。ホンシツ。 )
意識が遠のく。深い海の底に沈んでいく感覚。
(…深い……苦しい……もう何もない……家族が……復讐が……恐怖が……消えて…いく……)
さっきまであった感情が消えていく。心と体が消えていく感覚。
(……暖かい)
そう感じた。死を感じ取った。これで、一人ではなくなると。
「目を醒ましなさい!」
突然、頭に強い衝撃が走った。鈍器の様なもので殴られた。
「 痛イだろうガ! てめぇ、コロスゾ!イや コロス! 次の エモノダ! 」
言葉と同時に『完情の体』が飛びかかる。それを、いとも簡単に弾き返す女。
「 !! ナンなんだオマエ 突然 殴ッタ フキトバシタ オマエ ニンゲンダ ナゼ カワセタ ? コロ コロ コロシテ 殺ル !! 」
復讐が暴走する。女の恐怖を絶望を獲るため、死を与えるため。
しかし女は殺意に怯えることも無く冷静に対処し、着実に『完情体』を弱らせている。
「 アガッガガガガガァ グハァ ナンなんだ ホンとに オカシイゾ コイツは オガジイ クフゥ 」
「…ナンで避けテルの…?…ナンで…避けれルの…?…体…イタイヨ……傷ガ…モとに…戻らナイ……恐怖……シナイ……」
戸惑いと恐れを感じ始める。意識が遠のいていくなか、女は声を張り上げて言った。
「目を覚ましなさい!」
そして、手に持っていたものを、頭蓋骨が割れるのではないかと思う程の勢いで振り下ろした。
「 ガァ !! …… 」
『完情の体』は地面に倒れた。その衝撃で消えかかっていた『意識の自分』は元の体に引き戻された。
戻りつつある意識の中で、「…マ…だ……消え…ナイ……」と黒い影がそう呟いたのと同時に意識が暗闇へと落ちていった。
目が覚めた。見掛けない天井から家では無い事に気付く。ここ最近はいつも記憶が安定していなかったので、どうして気絶していたのか憶えている感覚が不思議に感じた。
「目が覚めたようね。」
女は優しい口調で話しかけてきた。
「……誰ですか…?…」
「警戒するよね、正しい判断が出来てる証拠だよ。」
納得して立ち上がる。
「私は、葵唯 雪奈。勝野 央晃、あなたを探し、監察していたの。」
と、女は言った。
「……監察…?…もしかして……朝……感じた…視線……あなたですか…?…」
「朝?朝は知らないわ。監察はしていたけど、視線を感じ取らせるへまはしないわ。多分、彼の、欲望の視線を無意識に感じていたのね。」
「……そうですか……とりあえず…ありがとう…ございました…それでは…」
立ち去ろうとする。
「いやいや、ちょっと待って。私はあなたに会うために来たのよ。なんで探してたの?とか、監察してた理由とか、あの化け物が何なのとか、知りたくないの?」
めんどくさい。
「……監察…される覚えも無いし…化け物とも、もう関わること…ない……と思うので…失礼…します……」
帰ろう。そう思って歩きだしたのに、
「待って!お願い!あなたがどんな人間で、どんな生活なのか、把握はしてる。私みたいな人間が一番嫌いなことも。でも、お願い!ちょっとだけ!ほんの少しだけ!時間を、話を聞いてー!」
腕を捕まれている。すごい力なので振りほどくことも出来ない。
…諦めよう、そう思った。
「……はあ……わかりました……話だけ……聞いて…帰ります……」
途端、女の顔が明るくなった。
「ありがとうございます!では、場所を変えましょう。付いてきてください。」
女は軽い足取りで歩き始める。
(…はあ…)
重たい足取りで静かに、女の後ろを付いていった。