完情的 2
静かで孤独な勝野は、いつも通りの生活を送っていたが、帰り道で『何か』に出会い意識を失う。
朝、目覚めるとそこは家のベットだった。
時計の音が鳴っている。音を止める。視界が広がる。目が覚めればそこはベッドの上。
(……)
頭が回らない。朝はいつもそうだ。
朝食の準備をする。顔を洗い、キッチンに立つ。1人なのに無駄に広い。テレビはあるが見ない。新聞も読まない。ただ誰もいないその空間で、無駄に広いテーブルで、朝食を食べる。普段と変わらない。しかし今朝はいつもと少し違った。いつのまにか新聞を広げていた。しかし、特にこれといったこともないので閉じる。朝食を食べ終え、シャワーを浴びる。
(……ん?)
腰に妙なアザがある。見に覚えがない。アザに気づいたのと同時に頭痛がした。しかし、それも一瞬のことだった。
(……寝てる間に……打ったのか?)
そしていつも通りの時間に家を出る。
学校に来ると少し違和感がした。誰かに見られているような。しかし、辺りを見回しても、特に誰かが見ているわけでもない。
(……気のせいかな、朝から様子がおかしいのは自分か。)
扉が開いた。
「おはよー、ホームルーム始め……るッ!」
突然ファイルを落とし、驚く担任。生徒も皆驚いていた。
「大丈夫ですか?」
「…へ?ああ…ちょっと昨日の疲れで躓いただけかな、あっはは、ごめんな。」
その後は何事も無かったかのように、ホームルームを始めた。
朝の変な視線は感じなくなっていた。担任も朝の出来事からは特に変わったこともなく、気づけば昼。皆それぞれ昼食をとっている。
(……さて、自分も飯にしようかな。)
席を立ちあがり、食堂に向かって静かに歩き出す。廊下は騒がしい。
食堂に着く、食堂はなお騒がしい。早く食べて、早く戻ろうと思う。
今日は、朝から落ち着けていない。すぐにでも落ち着ける居場所が欲しかった。魚、肉、野菜の定食があったが、購買にある総菜パンを買いすぐに校舎裏の茂みの中へ。進んでいくと、少しだけ開けた場所に出る。そこでパンを食べる。今日は運よく誰もいない。……心地よい。しばらくは何も考えずにすみそうだ。空腹も満たされると眠くなってくる。
(……少し寝よう。)
どれぐらいたっただろうか。少し寝るつもりが、気づけば空は茜色に差しかかっている。休んだことがないのに授業を休んでしまった。しかし、気持ちに焦りは見られなかった。むしろ不思議なぐらい落ち着いていた。まるでこれが本来のあり方だったかのような。
(……とりあえず、謝りには行くか。)
ゆっくりと、腰を起こす。
立ち上がると、視線を感じた。
(…!)
担任がこちらを見ていた。
視線を返す。
すると、ゆっくりとではあるがこちらに近づいてくる。
(……?)
様子がおかしい、そう感じた。この感じを知っている、そうも感じた。
しかし、どこで、いつ、どんな状況で感じたのか覚えていない。
考えている間にも担任はどんどん近づいてくる。
近づいてくる、1歩足を引いた。
(……足が震えている?……怖いのか?……わからない……)
頭の中がまとまらない。今まで感じていなかった感情が、頭の中をぐるぐる回っている。
担任は足を止め、こちらに顔を向ける。そして気づく。自分の体が震えていることに、恐怖を感じていることに。
「…怖いカ?…恐ろしいカ?…どんな気分ダ?…」
『担任のようなもの』は訪ねる。
(…何だ、何をいっている。……怖い?……怖い。こわい。死ぬ?)
…恐怖…人は恐怖に陥ると思考がまとまらなくなる。思考がまとまらなくなり、体は反応しない。ただただ、現状を見ているだけになる。
『担任のようなもの』は喋る。
「…?どうしタ?…喋らないのカ?…喋れないのカ?…勝野?…」
名前を呼んだ。『担任のようなもの』は続ける。
「…勝野。…探したゾ…ずっと…ずっと…ずっと!…そして!…殺す機会ヲ!…待ちに待ったこの機会ヲ!…」
続ける。
「…お前の家族ヲ殺しタあの日…お前だけ殺しそびれタあの日ヲ…後悔シ…コウカイシタ…あの日のミスヲ…」
…殺された…家族…記憶に無い…あの日…
「……知らない。僕は知らない。…家族も…過去も…知らない!」
突然叫びだした自分、声と感情が飛び出た。
『それ』は笑いだした。
「…ヒャッハッハッ!…忘れていル…記憶が無イ…家族モ…思い出モ…全て無イ……デモ!…覚えているハズダ!…記憶は無くてモ…覚えているハズダゾ!…俺の事ヲ!…」
「…知ら…ない…覚えて…ない。」
体は震えていた。記憶は無くても、体があの日の記憶を物語っているかのように、恐怖していた。
「…俺ハ、欲望…欲望ダ!…自らの欲望ヲ糧に具現化してイル…完情ダ…」
「…何を…言っている…?」
訳がわからない。…欲望?…具現化?……完情?
「…昨日…お前ハ…死んだハズ…デモ!…生きてイル?…何故?…なぜ。…ナゼ!…不思議…?…お前モ完情者?…」
(…死んだ?…僕が?…昨日?…記憶が無い?)
昨日の記憶が無い。その事に今更ながら気づいた。なぜ記憶が無いのか。この怪物はなんなのか。なぜ自分が殺されそうなのか。いろいろな情報がいっぺんに流れてきている。
「…覚えてなイ。…そう判断しタ。…昨日…裏路地で…食事のとキ…見つけタ…ダから…殺しタ…デモ…生きてル…オカシイ…クッフッフッフ…まタ…殺せばイイ…」
(……ッ!)
喋り終えると同時に鈍い音がした。視界には、紅い水が広がっている。しかし、それもすぐに見えなくなった。目の前には暗闇が広がり、声だけが聴こえる。
「…これで…終わリ…あの日のミスモ…チョウケシ…」
暗い、体が痛い、感覚が遠ざかる。死が近づいている。
(……死ぬのか…?…痛い……暗い………怖い……?……誰か……いる……?……)
そこには、楽しそうな家族の姿、紅い飛沫を飛ばしながら倒れる人、燃え盛る炎、笑う何か、焼け落ちる建造物、静かで暗い部屋の中に1人。
自分の姿だった。あの景色に、自分の姿があった。
(…そうか…殺されたのか…家族は…死んだのか…あの日…あの場所で…死んだのか……知らなかった……いや…無くなっていたんだ……殺されかけた恐怖で……消えた…記憶の中から……それまでの人生ごと………許せない……でも……)
でも、死んだ。もう何もできない。これほど憎んでいるのに、殺してやりたいのに……できない。死んでしまったから。
(死ぬのハ、怖いカ?…恐れテ、いるのカ?…)
誰だろうか、声が聴こえる。誰だろうか、この声を自分は1度聞いている。……思い出せない。
(アイツをコロシタイカ? デキナイ自分が、ニクいか? )
聴こえるもう1つの声、問う。…怖いのか?…殺したいか?…
……怖い、憎い、殺したい。
…家族を殺したアイツを。…復讐を……死を…………
( イイだろう、復讐ト、)(…恐怖ヨ…)((……呑ミ込マレヨ……))………、
「……死んダ…?…殺しタ…?…やっタ…殺っタ…よッ…!……内臓…ぐちゃ…グチャ……ウヘへ…ッ…」
…赤く染まった地面。空から降り注いでいる紅い雨に『それ』は打たれていた。
「…つまらなイ、…欲望ヲ…求めル…」
帰ろうとする『それ』。
「……殺ス。…恐怖ヲ…絶望ヲ……復讐二……」
振り返る『それ』、同時に吹き飛んだ足。『それ』は前に倒れる。
「……ッ!…足が…痛ッ……痛い……イタイ……!…アッアアアァァァ……!……ナンダ……!…マタ…イキテル…!…殺……殺…コロ!コロ!コロ!コロシタァァッ……!」
叫び、転げ回る『それ』。のたうち回り、足のあった部分から、血が流れる。
「…マタ……亦…又…また股叉俣マtッ……マタッァァ…!」
思考が崩壊している。言語がままなっていない。
「……ワカラナイ、…何ヲ……落ち着カナイ…?鎮マらなイ…?…マだ…、終ワリナイ…、…」
同時に『それ』の腕が消えた。……空中で紅い水となった。
「アアアアァァァァァッtぅッ!腕!うで!ウデ!Uデ!エッデッでッェェヱェェ!…」
元々、考えていたのか分からなかった思考は、本格的に考えることを、活動をやめ、本能で叫んでいる。体をバタつかせ、叫び、白目になり叫び続けている。
「……怖いデスカ…?死にまスカ…?…楽二…なりたいデスカ…?…」
問う。
「 コロサレルヨ。復讐ダカラ。モット、苦絞メル。 イイよね? 」
問う。
「…本能デ…恐怖ヲ…カンジテ…怖イの…ッテ…死にたくナイの……ッテ…」
求める。
「 死ぬのハ、約束サレテル。絶望二、染まるのハ、選ばれテルから。 ダカラ、死ヌ。 」
教える。
「アッアァッァ…欲…死…?…絶…殺…?…死に死に…シに…氏ヌたく……ナッナッナッナッ……!…………」
………ドサッ……。
恐怖で染められた表情は芸術的だ。……そう感じた。
……雨の音だけが耳に突き刺さった。
1話から投稿が遅くなりました、緋柄です。すみませんでした。
話の終わり的に次の場面に変わる感じですが、まだ場面は変わらず勝野君のターンです。
次話でこの物語の世界の説明していくと思います。