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完情者  作者: 緋柄 貴デ亜
1/7

完情的 1

 人は感情という特別な表現を持っている。

 楽しいこと、嬉しいことがあれば笑い、悲しいこと、辛いことがあれば泣いたり、悔しがったり。いろいろな感情が、人それぞれに存在する。

 感情は分かりやすい人もいれば、分かりにくい人もいる。時に分かち合い、時にぶつけ合う。様々な感情が飛び交うこの世界で、突如感情の具現化が起こった。

       

   

     勝野 央晃の場合



 勝野 央晃(かちや てるあき)は起床時間も就寝時間も遅い。しかし、遅刻は1度も無い。学業についても問題は無い。でも、問題が無いだけであって、成績が上位なわけではない。平均的である。素行が悪いなんて噂も無い。そもそも、噂が挙がるほど目立っているわけでは無い。クラスのほとんどが、会話をしたことがない。そもそも声を聞いたことのある人は極少数である。いつも本を読んでいるか、寝ているかの2択だった。

 そう、勝野 央晃は特別ではない。ただ、人との関りを極力絶ってきた、孤立者であった。


 「おーい、勝野。ちょっといいか?」

担任が呼んでいる。椅子を引き静かに立ち上がる。返事を返すこと無く、ゆっくりと近づいていく。

 「すまないが、運んでほしいものがあるんだ。手伝ってほしい。頼めないか?」

 返事は返さない、ただゆっくり頷く。

 「ありがとう。このノートを俺の机まで持っていきたいんだが、少々用事が出来てしまったんだ。だから、頼んだ。置いておいてくれればいいから。」

 話を聞き、歩き始める。しかし、

「なあ、勝野。……その、楽しいか?学校生活は?」

 歩みを止める。開いた口。途端、時が止まったように感じた。しかしそれも一瞬のこと。開いた口を閉じ、振り向いた。そして笑った。これでもかってくらいの、作り笑顔で。嘘しかない顔で、小さく頷いた。

 唖然としていた。おそらく自分の顔を見て驚いているのだろう。すると、

「……そうか、……それは…良かった。」少し、寂しそうな顔をした気がした。


 ここ大精長乃沢高等学校は、ちょっとした山の上に建てられている。ここから少し降りていけばそこは、こことは別世界のように賑やかである。

 (…しかし、遠いな…)

 担任の使っている教室は、この第2校舎にはない。3年ぐらい前に新しく建てられたこの校舎。そこから少し歩いたところに第1校舎はある。そこの化学準備室に担任の席はあった。なぜこの場所にあるのか、聞いたことはない。興味はなかったから。

 しかしこの前、「いろいろ持ち込んで作業するのには楽なんだよ。案外広いし。」と、聞いてもいないのに話してきた。あの担任は、どうでもいいことばかり色々と聞かせてくる。

 運動をしてない足が震え始めたころ、目的地に着いた。

 扉を叩く。返事はない。なので勝手に入る。

 (...失礼します。)

 薬剤と埃のニオイが混ざって、鼻腔の奥にツンと刺さるようなニオイが室内に広がっている。つまり、気持ち悪い。 

 (ウッ......早く出よう。)

 ノートを机に置き、部屋を出る。まだ、鼻にニオイが残っている。廊下の窓を開ける。窓の冊子が悲鳴をあげる。3年前に校舎を移したとはいえ、旧校舎は創立60年だ。廊下はボロボロ。その後3年間は新校舎が建てられた後は、文科系の部活と担任しか使っていないのだから、あちこちに老朽化が始まっている。

 (…はぁ…)

 それでもここの立地は回りに緑が多い方なので空気は気持ち良かった。


 ノートを運び終え、教室に戻る。同じ道のりを辿る。途中、運動部のメンバーの掛け声が聞こえてきた。よく響く声だ。耳が痛くなる。

教室につくと、中には担任の姿があった。

 「お、運んでくれたか。ありがとうな。」

 呑気だ、呑気に椅子に座っている。先程まで寝ていたのだろう、明らかに眠そうな目を擦って、大きなあくびをかます。

 「いやー、助かったぞ。こっちは、肉体労働を手伝わされていたんだからな。本当にあの教頭は俺をこき使うよな。」

 「……そうですね。」

 「はっはっは、参ったもんだよ。」

 途切れた会話。そもそも会話でもなんでもない。ただ、一方的に話してきたので、返した。……そうですね。

 そこに、返事以外の真意はない。それでもこの担任は、喋る。返事がなくても。

  

 帰り道。空は暗くなってはいるが、この町は賑やかで眩しい。人混みを避けるように、いつもの裏路地へ。この通りは表に比べとても静かだ。入るだけで人の騒音は消え、陽気な曲も途絶える。まるで別世界だ。心はスッとし、頭は空っぽになれる。ただ、景気のよい場所ではないので、へんな輩も多い。しかし、学校よりかはましだ。

 いつも通り、ひっそりとした通りを軽くなった足取りで歩く。ただ、違和感があった。その違和感は進むにつれて大きくなっていく。いつもなら2、3回絡まれることがあるが、今のところ誰にも声をかけられていない。無論、声をかけられない方がいいのだが、それにしても人が少なすぎる。違和感は徐々に恐怖へと変わっていく。感情を失った自分に、恐怖の…負の感情が流れ込んでくる。

 (……落ち着かないな、嫌だな……)

 心は膨張する。

 (…足が…重い…)

 ゆっくり進む、世界。流れていく、景色。

 (……あの角を…曲がれば……)

 もうすぐ終わる。……終わるはずだった。……終わらない。…家は遠くに。灯りの灯らない住みかは遠くに見える。

 (……死…ぬ……)

 視界がぼやけていく、意識が遠のいていく。

消えかかる意識の中何かが声をかけてきた。

 

 「…見いっつけたッ。」

 

 声と同時に視界は真っ暗になった。


  

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