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瞬間移動した。と僕は錯覚した。
気がつくと僕は商店街から少し離れた、いつも僕が通学路として自転車を走らせている道路に寝転がっていた。
ごつごつしている。だが、それが嫌だとは思わなかった。むしろお腹がぐりぐりされて気持ちよくさえ感じた。くせになりそうな快感に身を委ねるのも束の間、僕は勢いよくとびあがった。
五条さん!
危うく忘れてしまうところだった。僕は五条さんの美しい脚に頬を擦り付けるという使命天命がまちうけているのだった。
しかし不思議かな、この場所に見覚えはあるもののさっきいたはずの商店街とは少し離れている。
僕は長い尻尾を左右に揺らして頭を抱えた。
長い尻尾?
その時気付いた。僕の尻尾が伸びていたのである。僕は自由自在に動く尻尾を振り回してみた。やはり、伸びている。フサフサの巻き尻尾は細く長く思い通りに動かすことができた。
うーむ。
僕は近くに水たまりを見つけて恐る恐るのぞいてみた。そこに写ったのはかつてのパンティ好きの人間ではなく、先ほどのパンティ好きの柴犬でもなく、猫だった。灰色に茶色の毛が入り混じった雑色。
その姿は以前どこかで見たことがあった。
そうだ、毎日登下校の際に自転車で轢きそうになるあの猫だ。今度は猫になってしまったというわけか。僕は驚きはしたものの、もう叫んだり急に走り出したりパニックになったりすることはない。僕の感覚は既におかしくなっていて、なんとなく目の前の出来事を飲み込めるようになってしまっているのかもしれないと思った。いや、もしかしたらもう僕は僕でないのかもしれない。僕はあわてて淡いピンク色のパンティを思い浮かべた。
パンティ。
美しい。
よかった。
どうやら僕はパンティ好きの人間でもパンティ好きの柴犬でもないが、パンティ好きの猫ではあるようだった。
気持ちの整理がついたところで僕は五条さんに出会うべく足を動かした。
猫になったところで計画に支障はない。予定通り頬を撫で付けて甘えるだけだ。僕は再び微笑みを浮かべて僕を愛でる五条さんの表情を思い浮かべた。
ふははははは。
猫なのだから、人間に甘えるのは仕方のないことだな。本当に仕方ないなあ。
ふはははは。
僕は公園に入っていった。近道だからだ。しかし、僕はすぐにこの選択を後悔することとなる。急がば回れとはよくいったものだ。
僕は足を止めた。
公園の中央で、4、5才くらいだろうか、小さな女の子が大口を開けて泣き喚いていた。母とはぐれたのだろうか。僕は辺りを見回したが、母親らしき人影はない。
こんな小さな女の子を公園に1人でほったらかしにするなんて、ひどい母親もいたもんだ。
僕はすぐに女の子にかけよった。放っておいてもよかったが、僕は紳士である。特殊な性癖をもったからには日常から徹底的な紳士でなければならない。それは僕が特殊な性癖をもったが故に僕自身に与えた罰でもあった。
僕は迷いなく、条件反射的に紳士であった。
泣き喚く女の子に近づくと、僕はとりあえず自分の存在をアピールすることにした。
「ニャ?。」
すると女の子がちらりと僕の方をみた。やった。
しかし女の子はすぐにまた大声で泣いた。
近くで聞くと泣き声というものはなんとも耳障りなものだ。そして不安を掻き立てられる。
僕は尻尾で彼女の顔を尻尾でくすぐってみた。だが少女は煩わしいといったように尻尾を力一杯はたいた。
いってえ!!
僕は以前猫の尻尾を踏んだことを申し訳なく思った。尻尾を攻撃されると思った以上に痛いし、なにより腹がたつ。そのうえ僕の紳士的な好意を無下にされたこともあって僕は幼い女の子に図らずとも敵対心を持ってしまった。
僕は湧き上がる怒りを抑えきれず、女の子に飛びかかった。18才の猫が5才の女の子に襲いかかったのだ。そこに紳士的な姿など微塵もなかった。野性の闘志をむき出しにした復讐である。
しかし飛びかかった直後女の子が突然腕を振り回し始めた。駄々をこねるとき無意識に付属してくるあの腕の回転である。猫の僕からしたらその回転はとても恐ろしく思えた。まるで発電所のタービンだ。だが僕は既に空中を舞っていて突撃を避けることはもはや不可能だと思えた。僕はなすすべもなく巻き込み事故に遭ってしまった。僕はスローモーションになる風景を眺めながら走馬灯のように道端から公園までの道のりを思い出した。猫の体は身軽で楽しかったなあ。
なんかもう、このパターンは…
僕は嫌な予感をひしひしと感じて、次の瞬間に目の前が真っ暗になった。




