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おパンティおパンティ  作者: ぬひときの
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5

かくして僕の純潔は守られた。

僕はあと数秒で見えてしまうと思われたスカートおばさんのスカートの中身、すなわちパンティを、的確な推測と迅速な対応でかわしきったのだ。スカートおばさんには悪いが、あなたの元にシバタくんは2度と帰ってこないだろう。彼女のそばにいれば僕の純潔が木っ端微塵に砕け散るのは時間の問題である。僕は、今の自分にとってスカートが非情にも非常に危険なものだと知った。

僕は犬の姿で道路脇の歩道を走っていた。犬の姿になってしまったときは頭の中が真っ白おパンティになっていたが、犬の世界というのはなかなか面白いものである。いつも通って見ているはずの景色が全く違って見えた。歩道の並木は次々と僕を通り過ぎ、車の振動が足から伝わってくるのを感じた。僕はひとときの間、犬の世界を堪能した。

しばらくして僕はゆっくり歩き始め、この状況にどう太刀打ちしていこうかと考えた。

僕は突然、犬になった。

実際それしか分かっていることがなかった。あとはスカートが不幸にも容易に見えてしまうとということくらいか。

戻る方法はあるのだろうか。どうしたら戻れるのか。

そもそも僕はなぜ犬になったのか。

話しかけてくる案内人のような役割の者はいないのか。

いや、よく考えてみると僕自身が犬になったわけではない。もともと存在する柴犬に乗り移ったのだ。僕は1度この柴犬に会って、2度も吠えられた。忘れるわけがない。

ならば僕の体はどこにあるのだろうか?

犬の体がもともと存在したものであるならば、この犬に僕は意識のみが乗り移ったことになる。そうなると、僕の意識が抜けた僕の抜け殻がどこかにあるはずだ。考えられるとすれば僕と犬の意識が何らかの原因で入れ替わってしまったということがあるが、そうなると僕は少し困る。なんせ人間の姿をしているが中身が犬となれば、はたから見た光景がどんなものになるかは想像がつくだろう。悲惨も悲惨。目につくところを嗅ぎ廻り、尿を撒き散らす。僕はあえなく社会追放となるだろう。そうなる前に家族か知り合いがなんとかして僕の奇行を止めるべくベッドに縛り付けていることを願うばかりだが…

とにかく僕が今やるべきことは決まった。

僕の安全確認である。

僕というのは、僕の体、という意味だ。

僕はこの犬の体で僕の存在を確認しなければならない。

不思議な話である。

僕は早速、まず僕の記憶が最も新しい場所へ向かうことにした。

シャッター街の端、古びた本屋である。あそこから飛び出した直後から、僕の記憶は途絶えている。

僕は車に気をつけながら4本足でトコトコと歩道を歩いた。途中リードが邪魔になったので体に巻きつけた。


そうして僕は無事本屋にたどり着いた。しかし、辺りに僕の体がある様子はない。いつもより大きく見えること以外、日常と変わらぬ様子だった。

僕は落胆しうつむいた。

仕方ない、次は家に行ってみよう。

そう思ったときだった。


「うわあ!ワンちゃんだ!」


本屋からでてきたのは、五条さんだった。


五条さんだった。


五条さん!!!?


僕の垂れ下がっていた尻尾は瞬時に青空を仰ぎブンブンと左右に揺れた。尻尾を振っているからか自分でも喜びが溢れて抑えきれていないことがわかった。

これはやばい。

嬉しい。

嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しい嬉しいいいい!!!

犬の姿になるとこんなに嬉しさが無意識に態度に表れるなんて知らなかった。そう考えると人間は損な生き物だ。嬉しさを素直に伝えられないなんて、犬の僕からしたらなんの意味もない。

五条さんは僕のフサフサの頭を優しくなでた。


「んん?どうしてひもを体に巻きつけているの?かわいいね」


なでなでいただきましたあ!ぎいやああああ!

ひもはですねあのですね少し歩くのに邪魔になったからでしてね、まあ普通の犬なんかには思いつきもしないでしょうしかし僕は実は人間なのです。

そうだ。

僕は下木探。

僕は下木探だよ!五条さん!


「ワンワン!」


突然吠えた犬に五条さんは驚いた。


「おお!ごめんね!びっくりしたよね」


ああ、ごめんなさい、違うんです。

聞いてください五条さんあの、あの、


「じゃあねワンちゃん、はやく飼い主さんのところに帰るんだよ」


あ、まって!


「ワンワン!」


柴犬の虚しい鳴き声がシャッター街にこだました。

行ってしまった…

古びた本屋の前で切ない表情を浮かべた柴犬が一匹、そこにはいた。

いや、違う。

僕は何をしているんだ。

僕の体…


そんなものはどうでもいい。


この千載一遇のチャンスを逃すのか!下木探!

追うんだ!

次はもっとうまく甘えてみせる!

僕は当初の目的を切り捨て、目の前の欲望に身をまかせることにした。これも犬になったことが関係しているのかもしれない。

僕は走り出した。

覚悟を決意した犬。その表情はきっと、たくましいものに違いない。

まず僕は自分が犬であることを認識することだ。僕は言葉で何かを伝えることができない。態度、表情で五条さんに甘えるのだ。

出会ったら最初は寂しい気持ちを伝える。クゥン?と声を漏らし、頬を足に撫で付けるのだ。優しい五条さんならどうしたの?と心配してくれるに違いない。そしてやがては僕がさっきの本屋にいた犬だと気づき、嬉しさの笑みをこぼすだろう。そこで僕はすかさず尻尾を全力で振って喜びをアピール。その際決して吠えたりせず、じっくりと五条さんの対応をまつ。そしてご褒美のなでなでをいただくのだ。ふはははははははは。

ふはははは!

完璧だ!

そう!僕は犬!

犬が人間に甘えることは、右足を出して左足出すと歩けることくらい当然の理である。中身が人間で多少の下心をもっていることなど些細な問題だ。



どん。



鈍い音が頭に響いた。


犬も歩けば棒にあたる。


僕は電柱に頭から思い切り突撃したようだった。犬の姿になれていないせいか、はたまた素敵な妄想を繰り広げていたせいか…


僕の犬の記憶は、アナログのテレビを消したときのようにそこでぷつりと途絶えた。


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