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誰かが僕の首を絞めている。
僕はそう直感した。
それは手ではなく、ひも状のものだ。
苦しい。
首と胴体が引き延ばされる。
首が引っ張られる。胴体が引っ張られる。
首が引っ張られる。胴体が引っ張られる。首が引っ張られる。胴体が引っ張られる。
苦しいやめて苦しいやめて苦しいやめて苦しいやめて苦しいやめて…
僕ははっとして目を覚ました。
なんとも嫌な夢を見たものだ。首吊り自殺でもしていたのだろうか。とにかく首が苦しかった。首と胴体が引っ張られてもちのように伸びて、あげくちぎれてしまうようなそんな夢だった。
さて、そういえば今僕は何をしているのだろうか。確か僕は勉強していて、気分転換がてら散歩をしに出かけたら突然の雨に見舞われてしまったのだ。それから僕は雨の中で…
この時点で僕は奇妙なことに気づいた。僕の頭上には雲ひとつない、心も軽やかになるような青空が広がっていた。
おかしい。
さっきまでは今日1日は止みそうにない厚雲が横たわっていたにも関わらずである。それにおかしい点は他にもいくつかあった。
僕は混乱しそうになってというか間違いなく混乱し慌てふためき、とりあえず時系列と場所、自分の状態を順に整理していこうと考えた。普段受験勉強で散々繰り返した情報整理というやつだ。国語の読解や数学の計算も分かっていることを挙げて整理整頓し少し遠目から薄目で見てみることで答えを導き出すことができる。
さて、まずはここはどこかということだ。とりあえず外であるということに間違いはない。しかし辺りを見回すとなんと言えばいいのか、知っている場所なのに知らない場所というか、見たことない場所なのに懐かしい場所というか、とにかく奇妙だった。
というか、一言でいうと、低い。低空飛行なのである。
僕はさっきから考え込んでいるということもあってじっとその場から動かないという選択をとっているがそれにしても低い。現在進行系で腕立て伏せでもしていなければこんな光景は目にすることはない。
考えれば考えるほど僕は底なしの沼に足を取られるような感覚に陥った。こんなときはむしろ考えない方が正解なのではないか?僕はそう思った。
考えることを諦めかけたそのときだった。
「シバタくん、こんなところにいたの!」
それはどうやら僕にかけられたセリフのようだった。僕は藁にもすがる思いで希望をたくし声の主の方を見た。
見た瞬間僕は度肝を抜かれた。その人は巨大だった。巨人。
全長にして五メートルはあるだろうか。
く、くわれるっ!!
しかしそれは僕の勘違いであることがすぐに分かった。先程状況整理の際僕は腕立て伏せをしているという結論に至ったわけだ。腕立て伏せをしている人から見れば普通の人は相対的に大きく見えて当然だ。
僕は焦る気持ちを抑え冷静であろうとした。冷静で、背筋の伸びた高校生を演じ、礼儀正しくその人にここはどこか、と尋ねようとした。
腕立て伏せをしながらである。
「ワンワン!」
しかし、そうはとんやがなんたらである。
僕は確かに尋ねたはずだった。ここはどこですか?と
ここはどこですか?
「ワンワン!」
こ…ここはどこですか?
「わ…ワンワン!」
…うそだろ!?
「…ワンンン!?」
僕はどうやら、犬になったようである。
声の主もよく見れば、先日のスカートおばさんだった。
僕は先日交通事故と思しき接触を起こした柴犬に意識が乗り移ったようである。目線が低かったのは腕立て伏せをしていたのではなく、通常姿勢をしている犬だから、というわけだ。
なるほど、僕は犬になってしまったというわけか。
うん。
全く意味がわからない。
謎が謎を読んでいるぞ!
だ、誰か弁護士を呼んでくれ!
医者か!?
わかった!救急車!
錯乱状態である。
「ほら、いくよシバタくん」
スカートおばさんは錯乱した僕の首を引っ張りそう言った。シバタくんとは僕のことだろうか。柴犬だからシバタくんとは、単純過ぎて逆に新鮮な感じがし、どこか面白おかしいものである。
って、言ってる場合か!
今すぐ僕はこのスカートおばさんから逃げ出しそして…
そして…どうする?
逃げ出したところでどうなる?僕は今犬の姿だ。僕の知り合いもしくは家族に助けを求めたところでうんともすんとも言わずワンというだけである。煙たがられ追い払われるのがオチだ。
僕はスカートおばさんと散歩し続ける日常を思い浮かべた。
このまま犬のままだったら?シバタくんのままだったら?
考えただけでもぞっとする。
とりあえず、とりあえずだ。
「ほら、行くよ!シバタくんっ!!」
この理不尽に首を引っ張る飼い主から逃げ出さねば!
「どうしたの?具合悪いの?」
そう言って近づいてくるスカートおばさんを見て、僕はある恐ろしい可能性に気づいた。
パンティを覗いてしまうという可能性である。
今まで18年間守ってきたおパンティの純潔を今ここで雲ひとつない青空のもとフリフリのスカートをはいたおばさんのパンティをみてしまったとなれば、僕は五条さんのおパンティを純粋な心で拝むことができない。
汚れ。
それは純粋なおパンティを真っ向から裏切る行為だ!
逃げる!
逃げる!
絶対逃げる!
「朝ごはんあんまり食べてなかったしなあ…」
まずい!スカートおばさん、しゃがみこむつもりか!?
しゃがみなどすればその中身など一瞬であらわになってしまうだろう。おばさんの黄ばんだパンティなど僕は命に代えても見たくなかった。
「ワン!!」
「うわっ!なに!?」
僕はスカートおばさんにひと吠えし、怯んだ隙にリードを振り切り逃げ出すことに成功した。
危なかった。
僕は突然の危機を冷静に回避できた自分を褒め、これはこれでなんとかなるのではないか?と安直な考えを持ち始めていた。




